第三幕

第22話 施主検査と竣工

 破られた南の関所の扉は、休戦中の夜中に大きな石を幾つも積み上げて塞がれた。南には出入口がなくなったので、これでソウ国に対しては完全に鎖国だ。亡命者の受け入れももうできない。

 尤も混乱期の今、戦火真っただ中の関所を通って亡命者が来ることはないのだが。


 ただこれによって市議会が懸念していることもある。関所が塞がれ、ソウ国の兵が防壁の上からいいように攻撃をされるばかりで、行き詰った彼らが徐々に東西に広がっている。

 それはつまり、堀川の東西に流れるソウ国と北のヤン国の国境に近づいているわけで、ヤン国に戦争中であることを悟られるのでないかという懸念だ。


 ただ俺は感心もするわけで、それは関所こそ一度は破られたものの、ソウ国が巨大な投石器を駆使しても損壊を許さない石積みの防壁だ。ある程度のダメージは受けているが、相手の兵が流入するほどの損壊が今のところはない。


「ほう……」

「素晴らしいな、これは……」


 一方俺は3月最初の土曜日、仕上がった校舎を、理事長をはじめとする学園幹部に見せて回っている。つまり施主検査だ。そんな施主一行が1カ所1カ所部屋を見回る度に感嘆の声を上げるので誇らしい。


 やがて全室を見て回ると俺たちは校庭に移動した。そこには作業員として校舎建築に携わった生徒も多数集まっており、施主からの所見を固唾を飲んで待っていた。


 ただ校庭に出るといつも思うのが、基礎の根入れ深さを確保するために1メートル上げた地盤だ。周囲と高低差を作ってしまい、その処理が単なる坂となっていて不格好である。これは後に外構工事として擁壁を築造しなくてはならないなと思考する。


 そしてその時は来た。リンの父親である理事長が生徒を前にして声を張った。


「素晴らしい! 文句なしだ!」

『うおー!』

『きゃー!』


 生徒たちの歓声が上がるとともに、俺の顔も綻んだ。俺の脇に立っている生徒会長のリンとアシスタントのフタバも笑顔を見せる。


 理事長は文句なしだと言ったがもちろん荒さはある。重機や資材の問題も然ることながら、経験のある職人もいないわけで、現場作業員は躯体工事の後から生徒だった。左官工事での凸凹に、壁紙の皺など、平成の日本なら間違いなくクレーム物件だ。

 それでも、それでもだ。文明が遅れたこのアナログ世界で、あの手この手を使って鉄筋コンクリート造4階建ての校舎を建てた。それはこの国では初めて見る建造物で、市国民誰もがその凛々しさを誇っている。


 そして理事長の言葉は続く。


「この校舎は我が国の誇りであり、象徴だ! 敵国に対して我が国の技術を示すことができた! 私はこれを作った親善大使様と君たち私の学園の生徒を誇りに思う!」


 パチパチパチ……。


 どこからともなく手を叩く音が聞こえたかと思うと、それは派生し盛大な拍手となった。

 躯体工事までは国の労働者や下級市民の人たちも建築に携わってくれた。俺は彼らへの労いも胸に、施主検査が終わったこの建物を竣工と認識した。すると途端に武者震いと共に達成感に包まれた。


「え? トモ君?」

「トモ……」

「ん? ん? 光った?」


 前触れなんて何もなかった。俺の体が一瞬だけ光ったのだ。それはこの場にいる多くの生徒まで気づくほどの光だった。フタバは俺同様驚いた様子を見せるが、リンは俺たちに反して嬉しそうにしていた。


「どういうこと?」

「場所を変えよう」


 ちょうど演説も終わったところだったので、俺とフタバはリンに促されて新生徒会室に行った。そう、新校舎の生徒会室だ。施主検査の合格も出たので、これで新年度からは晴れてこの校舎も使用可能である。


「トモ、申し訳ない」


 するとその生徒会室でリンが突然頭を下げた。俺はわけがわからず困惑する。


「ちょ、どうした? 話ができないから頭を上げろよ」

「はぁ……」


 リンは頭を上げると一度息を吐いた。その表情は言葉のとおり、恐縮そうだ。フタバはずっと怪訝な表情を見せるだけで、話は俺とリンの間で進む。


「実は、私はお前とできない約束を交わしていた」

「あ……、もしかして他の人の召喚ができない?」

「すまいない」

「正確に言うと、人を特定した召喚ができないんだろ?」

「気づいていたのか?」

「あぁ。リンは当初、俺にどんな技術があるのかもわかっていなかった。それはつまり召喚してこの世界に来た人物を特定していなかったってことだろ?」

「そうだ。あくまで占いでは『発展をもたらす人物』と出た。それからその人物がこの国にやってくる日付だ。それに合わせて私は召喚の儀を執り行った」


 つまり、校舎建築の報酬として俺が要望した人物の召喚は叶わない。俺が要望したのは、俺を貶めた元の世界の上司だ。しかし彼を特定して召喚することは叶わないのだ。


「けど、リンのお母さんに召喚の儀はできるんだろ?」

「あぁ。私の母方の血筋の女は皆、召喚の儀で人生で1人だけ召喚できる」

「それならまたいい占いが出た時にお母さんが召喚の儀をやればいいさ」

「許してくれるのか……?」

「許すも何も、できないものできないんだ。仕方ないだろ? 俺の報酬は追ってまた考えるよ」

「心が広いんだな」


 そんなことを言われても気恥ずかしさを覚えるばかりだが、言ったようにできないものはどうしようもない。


「私はどうしてもトモに技術の伝承をしてほしくて嘘を吐いた」

「それで俺は校舎建築が使命となったわけだ」

「そうだ。そしてトモはそれを達成した。だから体が光ったんだ」

「そう、それ。体が光ったのってどんな意味があるんだ?」

「それはトモがこの世界の人間であると認められたことになる」

「ん? 俺ってこの世界に召喚されてこの世界で生活してたのに、今まで認められてなかったの?」

「あぁ。肉体だけがこの世界にあったに過ぎない」

「それってどう違うんだ?」

「えっとだな……、具体的に言うとだな……」


 途端にモジモジし始めたリン。どうした? こんな時のリンと言えば浮かぶ話の方向性は1つしかないのだが。


「この世界の女がトモの種で身ごもることができるということだ」

「かぁぁぁぁぁ」


 ボンと音を立てるかのように赤面したのは黙って聞いていたフタバだ。まぁ、言葉を発しているリンも真っ赤なんだが。

 しかしこれで納得した。だから今まであれだけ励んでもフタバもリンも妊娠をしなかったのか。確かにこの世界で認められていない人間の血が繋がったらおかしいわな。


「ト、トモ君……」


 するとフタバが俺の手を握り上目遣いで乞うように見てくる。その表情は止めてほしかった。17歳の多感な体の俺はそれだけでイキそうだ。


「トモ……」


 リンまで。しかも普段高飛車なリンがモジモジしているからそのギャップがズルい。こちらからもまたイカされそうだ。


「今日は市長との面会の予定もあるから、夜まで待っててな?」

「たくさん可愛がってくれるか?」

「もちろん」

「たくさんいいことしてくれますか?」

「もちろん」

「よろしく頼む」

「お願いします」


 ぐふふ。頑張っちゃおうっと。


 フタバは子供に憧れている気持ちを吐露したこともあるが、彼女には申し訳ないけどこれからは気を付けよう。大学がないこの国だから学生生活はあと1年だ。それまでは我慢してもらおう。

 とは言え、これで俺は存在そのものもこの世界で認められた。そしてこの市国民だ。少し前まで防壁にも行って生で戦場を見てきた。それをもとに練ってきたアイデアを今日、市長に進言する。

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