第20話 内装工事と照明器具

 詳しく聞いたところ、メイドは馬を拝借して轍から行先の予測を立てたらしい。結果途中までは先回りになったが、それからは自分の足で俺を探し、俺を発見して助けたそうだ。


 診療所に戻ってフタバと合流すると彼女は取り乱していた。俺に1人で馬車に戻ることを指示したのは彼女だから、責任を感じていたのだ。しかし俺はフタバに非はないと思っているので、精いっぱいフタバを励ました。

 その後、1人残った負傷者を別の診療所まで運び、その診療所で総合病院行きの重傷者を乗せて、総合病院経由で俺たちはシイバ家の屋敷に戻った。


「とりあえず、風呂に入る」

「ご一緒します」

「ぎょっ!」


 俺は返り血を浴びているので入浴の意思を示したのだが、なんと一緒に入ると言ったのはメイドだ。フタバは唖然としている。


「フタバ様、申し訳ありませんが、これから先、親善大使様を決して1人にすることは致しません。行動は全てご一緒させて頂きます。反論は受け付けません」


 フタバは目をパチパチさせるが、メイドは問答無用と言わんばかりに俺を風呂まで引っ張った。


 この日から俺の生活にはちょっと変化があった。俺が風呂に入る時はメイドと一緒だ。メイドが単独で風呂に入る時間も節約するため、一緒に体を洗って入浴する。なんと素晴らしい時間であることか。メイドの曲線美は至高の極みだ。

 そしてトイレも一緒だ。俺が用を足す時のみならず、メイドの時も俺はトイレの個室に連れ込まれる。なんと素晴らしい視姦プレイであることか。


 風呂かトイレでこっそりメイドに手を出したい欲にも駆られるが、フタバとリンを裏切ることはできない。メイドは応じてくれるのだろうが、俺、結局我慢。

 加えて寝室にまで入って来るので、しっかり行為を見られる。


 しかしそんなことをしていると、いくら家にいる時間が短いリンでも気づくわけで、嫉妬した彼女に経緯を問い詰められた。尤も毎週日曜日に戦地と診療所を駆けずり回っていた俺たちは目立つので、隠すこともそろそろ限界ではあった。


 副会長が暗殺に来たことは彼の遺体を保安局に引き渡した時点で公に説明していた。しかし詳細は濁したので、むしろメイドがさすがは護衛だと称えられた。

 しかしリンに対しては違う。正座して肩を並べた俺とメイドとフタバは経緯を事細かに話したわけで、リンの剣幕が舞い降りた。


「愚か者! これから戦地への外出は絶対禁止だ!」


 まぁ、そうなるよね。そもそもメイドが反省をして副会長の襲撃以来、もう日曜日に外には連れ出してくれなかったんだけど。ただメイドが片時も俺から離れないことだけはリンも渋々認めてくれた。なんか俺、役得? いや、不謹慎だ。反省しよう。

 リンは「次はないからな」と前置きをしたうえで、今回の件の詳細を市長には内密にしてくれるとのこと。助かる。


 そして校舎はと言うと、真冬のこの時期、外壁の洗い出しが済んで既に足場が外れている。その凛々しい姿を山頂から南に向けて誇示していた。

 工程は現在、内装工事だ。内壁の造作や内部建具の取り付け、それから設備機器の設置も全て終わり、学生がクロス貼りに励んでいる。床の仕上げ工事ももう済んでいて、壁と天井が校舎建築では珍しい壁紙クロス仕上げだ。


 壁紙はこの国の和紙を採用した。下地は石膏ボードがないためベニヤ板。石膏はあるので開発できるが、併せてビスも開発しなくてはならないので後回しだ。

 しかしいくら丈夫な和紙だと言っても、壁や天井に大きな面積貼り付ければ破れてしまう。それなので俺は壁紙用の和紙を開発した。


 この国には元々ガラスがある。ガラスを細かく砕いた粒子を和紙に混ぜ、強度と粘りを強化した。すると大面積も糊に負けることなく綺麗に仕上がった。

 尤もクロス職人はいない。綺麗にと言っても素材のことで、技術はお粗末だ。所々皺があるし、今回開発した壁紙の耐用年数がどのくらいあるのかもわからない。


 壁紙工事は1階から順に行われた。1フロア完成するごとに次のフロアへ上がり、壁紙が貼られたフロアでは電気設備が取り付けられる。

 蛍光灯ではあるが既に照明器具はあるこの国。これらの入手には困らなかった。そして配線だ。今までスイッチがなかったわけではないが、紐を引っ張るタイプの照明器具が一般的なカケモリ市国。校舎は全室スイッチ式にした。


 コンクリート打設の時に埋め込んだシリコンの空配管はなんとか健在で、配線を通してくれた。と言っても、コンクリートの圧に負けてしまって、所々詰まったので焦ったが。それでも全線開通したから安堵した。

 その配線は内壁や天井裏を伝って、スイッチと天井照明を繋ぐ。更には3路スイッチの知恵も提供して階段や廊下の利便性を高めた。


「わぁ、凄い! 明るいですね!」


 照明器具まで取り付けが終わった1階の職員室で電気を点けるとフタバが唸った。


「うん。今までは壁も天井も木材とか石とかだっただろ?」

「はい、そうですね」

「基本は、下から上に行くに連れて明るい色の内装にすると部屋が広く明るく見えるんだ」

「へー。これもまたトモ君の魔法ですね」


 あぁ、本当、フタバって眩しいな。この照明器具が発する光より眩しいよ。


 床は木製タイルだ。それに天然油脂で作った透明のニス擬きを塗っている。だから茶色だ。そして壁は白で、天井は壁よりも純白。下の床から壁を経て、上の天井に到達する流れの中で順に明るい材料となっている。

 更には照明器具も多く設置したので、室内照度も今までのカケモリ市国の標準よりは高い。電力消費は気になるが、これも市長に依頼してあるアレができたらかなり解決できる。


「トモ君、壁紙を貼ったら校舎は完成ですか?」

「そうだな。クリーニングをして、施主の検査を終えたら完成だな」


 形はできても工事直後の建物は汚れている。だから大掃除はしなくてはならない。


「せしゅ? ……ですか?」

「あぁ。建築を依頼した人。今回の場合、学校法人シイバ学園」

「じゃぁ、理事長が検査をして納得したら完成なんですね」

「そういうこと」


 日本では建築確認の完了検査があるが、この国に建築基準法はない。だからその検査はないし、もちろん建築確認の中間検査も通していない。だからそれはこの国では当てはまらないとしても、建物の完成とは建築主の検査を経てその建築主が納得して初めて完成となる。

 今は2階で照明器具の設置をしていて、3階と4階では壁紙を貼っている。そう、竣工は間近だ。


 すると他に誰もいない職員室でフタバが言う。


「トモ君、メイドさん、実はご相談があるのですが……」

「ん?」

「はい、なんでしょう?」


 ずっと俺の後ろにいたツインテールのメイド俺の隣に来てフタバと一緒に俺を挟んだ。


「日曜日の外出なんですが――」

「なりません!」

「最後まで聞いてください」

「失礼しました」


 メイドはかなり過敏になっているようで、フタバに制されてばつが悪そうだ。


「メイドさんがトモ君に付いていれば、山頂での外出は認められていますし、」


 山頂には建築現場があるからである。


「総合病院にお手伝いに行きませんか?」

「なるほど……」


 俺は唸った。メイドも特に口を挟まないところを見ると反対意見はないようだ。


「お医者さんや看護師さんの邪魔になってはいけませんが、何かできることはあると思うのです」

「わかりました。私から市長に掛け合ってみます」

「ありがとうございます」


 フタバの声が弾んだ。うん、やっぱりフタバは笑顔が一番可愛い。

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