第18話 断熱工事と衛生設備
日に日に戦火は激しくなり、少しずつではあるが死者は増えている。学園生徒の親に負傷者は出ているものの死者までは出ていないようだ。しかし、国内に死者はいる。平和ボケした俺にはたった1人でも死者がいる事実が辛かった。
それでも市国の命により、建築工事は続く。建物はサッシを全て取り付け、外壁のタイルを貼り終えた。そろそろ足場の解体が見えてくる。
今盛んなのは内部工事だ。まずは断熱材。これは最初に裾野を調査した時に発見した羊毛を利用した。ただし化学物質がない国なのでビニールがない。羊毛をどのようにして梱包するかが課題だった。
例えば毛布。しかしそれだと薄すぎる。それならば毛布を幾重にも重ねるのか? それだと毛布が大量に必要で、その制作にかかる工程が非効率だ。
そんなことに頭を悩ませながら図面を見ていた時だった。俺は閃いた。
「フタバ」
「はい、なんですか?」
「この紙って意外と丈夫だよな?」
「そうですね。定規を滑らせても破れなかったですから」
そんな会話から俺は製紙工場に出向いた。これは開戦前だったので、リンとフタバを連れてツインテールのメイドが走らせる馬車で。尤もそのメイドは今や護衛だが。建築現場でも離れず俺を見ている。
話を戻し、その製紙工場で作っているのは和紙そのものだった。あくまでメディア情報しかない俺の浅い知識でそう思っただけだが。
俺は工員に聞いた。
「例えば、厚さ4センチから5センチくらいの紙袋を作って、その中に羊毛を入れて、立てても落ちないようにできる?」
「そうですね……。完全には無理かもしれませんが、中に糸を架けたら幾分マシかもしれません」
「なるほど。羊毛はこっちで支給するからそれって作れる?」
「わかりました。やってみます」
と言うことで工員の人が挑戦をしてくれた。そしてできた断熱材が今、現場に大量に搬入されている。
それは幅50センチ弱、長さ1メートルほどの紙袋で厚さは4センチだ。中には糸で落下を抑えた羊毛が詰まっている。と言っても、断熱材は詰め過ぎても断熱効果が薄れるので適量だ。
そして今日はその断熱材の施工である。
まずは外壁の内側に角材の縦胴縁を50センチ間隔で設置する。胴縁の厚さは4・5センチだ。胴縁は釘留めで、コンクリートに打ち込むだけの強度のある釘は、北のブローカーに発注した。かなりマージンを取られたが……。
そして胴縁と胴縁の間にはめ込む形で断熱材を敷き詰めていく。中の糸は井桁に張ってあるらしいので、縦横どちらに施工してもいいとのこと。工員のきめ細やかな仕事に恐れ入る。断熱材は粘着紙テープで胴縁に固定した。
断熱材を敷き詰めたらこれをベニヤ板で隠す。そのベニヤ板は胴縁に釘打ちだ。これで外壁の内側の壁施工が完了である。
今回は躯体の室内側に断熱材を施工したので内断熱工法だ。外断熱工法は躯体の外側に断熱材を施工する工法だが、和紙が濡れるので最初から選択肢になかった。もちろん濡れても構わない断熱材か、若しくは断熱材を濡らさなくて済む素材があれば検討はしたが。
断熱材は6面で囲わなくてはならないので、屋根裏と最下階の床下にも必要だ。本来はコンクリートを打設する時に予め、発砲断熱材を敷き詰められれば問題なかったのだが、生憎発泡スチロールはない。
よって、1階の床下と4階の天井裏に壁と同じ断熱材を隙間なく敷き詰めた。これでこの校舎は
「トモー! 焼き物工場の人が来たよー!」
俺は女子生徒に呼ばれたので駆け足で屋外まで出た。すると荷車いっぱいの荷物が届けられていた。
「これ何? 見たことない焼き物だけど?」
「へへん。便器」
「便器!?」
女子生徒は驚いて体が仰け反った。
そう、断熱工事と並行して始まるのは設備工事だ。既に配管はセットしてあるので、これからは設備器具の設置だ。そして届いたのは幾つもの洋式便器。女子生徒は見慣れない陶器が便器と言われて驚いたのだ。
この国には今のところ1階にしか設置できない汲み取り式の穴が主流。所謂
「これ、各階の設置場所に運ぶから男子をみんな呼んで来て」
「わかった」
この後、男子総出で便器を運んだ。なかなか重いから4階の設置場所への搬入は大変だった。そもそもレッカー車がないので、材料の荷上げは全て人力だから骨が折れる。
「うわっ! ナニコレ! 椅子に座るみたいにして用が足せるじゃん」
今俺の目の前で据えつけた便器で実演しているのは女子生徒だ。まぁ、制服は着たままだからいいが、ちょっとは恥じらいを持ったらどうだろうか? ゲスの俺が言うのもなんだが。
ただウォシュレットはないし、暖房便座でもない。便座シートを裁縫で女子に作ってもらうとしよう。
「トモ! これ押すと水が流れるのか?」
「そうそう」
一方、男子トイレで小便器の前に立って興奮するのは男子生徒だ。あんまり流し過ぎるなよ。屋上のタンクの水がすぐ空になるから。
そう、屋上にはタンクがある。それは酒樽工場から人員を寄越してもらい、屋上に直接作ってもらった。つまりタンクとは木製樽だ。
この国の生活用水は基本的に湧き水である。地盤が硬いため一部湧き水に恵まれない家庭や施設もあるが、そういう場所には水路を引いている。
この学校は元々湧き水があったのでそれを利用している。地上で汲み上げた水を、生徒がバッコンバッコン手押しポンプで屋上まで上げる。樽が空にならないように、掃除当番の如く水汲み当番を新設予定だ。
「トモ」
「あ、リン」
便器の据え付けをしているとやって来たのはリンをはじめとする生徒会だ。て言うかここ、男子トイレなんだけど。工事中の未使用エリアだからいいけど。
「順調のようだな」
「まぁな。進捗確認?」
「そうだ」
腕章を付けた生徒会役員が勢揃いしているからそうだと思った。
「トモ。いつもありがとうな」
そう言うのは副会長だ。彼はいつも健やかな笑みを浮かべていて女子生徒に人気があるらしい。それこそ俺が転移してくるまでは、リンと並んで美男美女だから付き合えばいいのにと言われていたとか。
まぁ、そのリンも俺が頂いちゃったけどね。リンが俺にばっかり構うから俺たちのいい関係は周知の事実だし、寮でのフタバとの同室も周知の事実だからこちらも然りだ。親善大使最高。
「何かあったら協力するから遠慮なく言ってくれ」
「さんきゅ」
と、副会長に答えはしたものの、シイバ家に言えば大抵なんとかなっちゃうから彼に頼ることはないだろう。それこそすぐ隣にいるツインテールのメイドとか。
「あの……」
「なんでしょう? 親善大使様」
俺は生徒会が離れたところでメイドに声をかけた。因みに俺がいるのは男子トイレのままだ。工事中の未使用エリアだからいいけど。
「近くない?」
「私は護衛でもあるのだから当然です」
今メイドは俺の腕に密着状態だ。確かに嬉しいんだけど、男子トイレって言うのが複雑だ。
それはさておき、俺は男子トイレを離れて周囲に誰もいない時に後ろを付いて歩くメイドに聞いた。
「幼馴染、元気だったんだな」
「むむ。バレていましたか」
「うん。いつも周囲に気を張ってるメイドさんの動きが止まったし、たぶんその視線の先に幼馴染を発見したんだろうなぁって。それで駆け付けたいような動きも見せなかったから、負傷はしてないんだろうって」
「私もまだまだですね」
メイドはいつものとおり、仏頂面で言ったと思う。
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