第17話 防衛戦線

 日曜日は休校且つ休工だが、防衛戦線となっている南半分の防壁では戦争が続いている。今VIP用客間にいるのは俺とフタバとツインテールのメイド。リンは生徒会のため日曜日にも関わらず出校している。

 今同室にいるこのツインテールのメイドだが、なぜか彼女が俺の護衛だ。心もとない。


「メイドさん。外出したい」

「なりません!」

「なりませんじゃありません!」

「必要なものがございましたら他のメイドに言って計らいます」

「国の一大事に俺だけ温々ぬくぬくとVIPルームで休日なんて無理だ。そもそも俺は人生経験36年であって、徴兵されない高2じゃない。必要なのは南の防壁まで行くことの外出許可」

「防壁!?」


 メイドは目を見開いた。マズい。これはこってり絞られる。


「なんと言うことをおっしゃるんですか! そんな危険なこと、ただの外出よりも許可できません! 私は市長である本来のご主人様から、終戦するまでは親善大使様を主とし、命に代えてお守りするよう命を受けております。それなのに……」


 以下、割愛。この後説教は数十分続いた。それをフタバは困り顔を浮かべて見ていたのだが、俺の次の言葉でその表情も一変する。


「外出以外なら主人である俺の言うことを何でも聞くの?」

「もちろんです」

「じゃぁ、ヤラせて」

「畏まりました。仰せのままに」

「ちょっと!」


 ここでフタバが口を挟んだ。フタバはぷくっと頬を膨らませていた。しかしメイドはフタバに仕えていないのでフタバのご機嫌は気にするとこなく、服を脱ごうと手をかけた。


「冗談だって、メイドさん」

「性交をしたいのではないのですか?」

「えっと、したいけどフタバに泣かれそうだし、リンに知られたら殺されるからできない」

「そうですか」


 そう言ってメイドは手を下ろした。


 そう、このメイドにとって今や俺が主。彼女はリンのご機嫌も今では関係ないのだ。だから俺がゲスな注文をしても応じようとする。

 しかも俺の護衛でもあるから絶対に傍から離れない。夜中、俺がフタバやリンと励んでいても隣のリビングにいる。間違いなく声は丸聞こえだ。但し、このメイドの本来の主は市長だ。


「外出させて」

「それだけは聞き入れられません」

「じゃぁ、メイドさんに誘惑されてリンがカンカンに怒ってるって市長に言う」

「むむ!」

「フタバ、話合わせて」


 俺はフタバに耳打ちをした。するとフタバは困惑したように俺とメイドを交互に見る。これは周り巡って本来の主の機嫌を損なう話だ。メイドは悔しそうに奥歯を噛んでいた。


「ダ、ダメです!」

「え?」


 それはフタバの声だった。俺に甘いはずのフタバから強い拒否反応が返ってきて、それがあまりにも意外で俺は唖然とする。


「トモ君はこの国にとって大事な親善大使様なんです! だからそんな危険なところに行くための嘘には協力できません!」

「フタバ様、よく言ってくれました」


 メイドはフタバに目を細めた。ちくしょう、味方はなしか。それなら色々探る方向で頭を切り替えよう。


「因みに今の戦況は?」

「いいとは言えません。まだ敵国の侵入を許してはおりませんが、何やら大掛かりな兵器を用いて防壁の破壊工作に打って出たと聞いております」

「大掛かりな兵器?」

「私もそのようにしか耳にしておりませんので、詳細は把握しておりません」


 なんだろう、それ。


「メイドさんはそれを聞いて心配じゃないの?」

「心配に決まっています。私の幼馴染が徴兵されております。しかし私は私の仕事をこなさなくてはならない故、ここを離れられません」

「幼馴染?」

「はい。一度は将来を誓った仲です」


 なんと! て言うか、今でも心配ってことは、今でも想っているってことだよな? それでいて主だからと俺からの性交の依頼は受けようとしたのか。ちょっと俺、自己嫌悪。反省しよう。


「その幼馴染は今日が出兵の当番なの?」

「いえ。彼の場合は、彼のお兄さんが大学進学のために亡命をしました」

「あ……、もういいです。辛いことを言わせちゃってごめんなさい」

「いえ」


 これにはフタバも目を伏せた。逆の立場だから、逆恨みをされてもおかしくはない。それなのに良くしてくれるメイドだ。気まずくさせちゃったな。

 つまりメイドの幼馴染は下級市民に落ちてしまった。それで縁談も破談になったのだろう。そして戦争中の今、毎日出兵させられているということか。


「ごめんさない!」


 するとフタバの声が響いた。どうしたんだ?


「やっぱり意見を変えます」

「は?」

「フタバ様、ご勘弁を!」

「本当にごめんなさい。メイドさん、気になりますよね? その男の人のこと。私はこちらに亡命した身。それで今や亡命元から攻められています。親善大使様であるトモ君がここに居られないって言ってるのに、私が安全なのは辛いです!」

「ほ、本当にご勘弁を……」


 せっかく綺麗な顔をしているのに普段は仏頂面のメイドが、初めて感情を垣間見せた。ほんの少しだけ、声を震わせたのだ。


「行きましょう! メイドさん」

「ぐっ……」


 この後はもう押し問答がなかった。メイドは護衛を任されている身ゆえに、北の工業区まで資材の下見に行くと言って俺たちを馬車に乗せてくれた。しかし山頂を下りてから中腹を半周回って向かったのは南の農業区。そして更にその先の防衛戦線だ。


「もしバレたらこの命で償います」


 馬車を走らせる前はそんなことを言っていたが、バレたところでそんなことはさせないけど。


 そして到着した関所に繋がる橋。その橋を馬車で一気に駆け抜けた。


「なっ! 親善大使様!」


 防衛戦線の現場責任者だろう。武装した男が目を見開いた。


「ここは危険です! 今すぐに下がってください!」

「私が付いております!」

「むむ! これは……。わかりました」


 メイドに口を挟まれて引いた男。なぜ? このメイドは何者だ?


「壁の破壊工作をしてるって聞いた。俺なら何か考えられるかもしれない。防壁の天辺まで案内して」

「わかりました。但し、こちらからも護衛の兵を数人付けます」


 これでメイドの他、現場の兵にも囲まれて俺は防壁の上まで上がった。フタバは危険なので馬車で待たせた。とは言え、医者と看護師の娘。何もしないわけではない。負傷した兵士を客車に運び込み、応急手当てを施していた。


 俺は防壁の天辺まで上がって驚愕する。なんと国境の外には多数の兵がいたのだ。もちろん敵国の兵だ。火矢を撃ち込み、こちら側はそれを躱しながら石積みをよじ登る敵を弓や槍で落としていた。

 そして俺が一番驚愕したのが巨大兵器だ。それはなんと丸太で組まれた数台の投石器だった。巨大なので、飛ばす石も岩と言い換えられるほどでかい。その岩を防壁にぶつけているのだ。


「とうとうこちらには死者も出ました」


 兵士の言葉に絶望感が襲う。気持ち悪い味が体中に広がった。


「すぐに対策を考えます」

「はい。お願いします、親善大使様」


 それだけしか言葉を交わせなかった。この後、メイドが兵士に俺が来たことの口止めをして、俺たちは馬車に乗り込んだ。

 その直前。御者席に足をかけたメイドの動きが一瞬止まった。そして遠くを見ていた。しかしそれは一瞬のことで、メイドが御者席に座ったので俺は客車に飛び込んだ。


 客車には詰めるだけの負傷者を詰め込んでいて、フタバが応急処置をしていた。途中の診療所で俺たちが来たことへの口止めをしながら彼らを下ろし、俺たちは屋敷に帰った。

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