第16話 外装工事と建具工事

 防壁の周囲では市国民の兵が命をかけて防衛線を張っている。そんな中、校舎建築は続くわけで、肌寒くなってきたこの季節の空気は澄み始め、山頂から微かに見える防壁にはかろうじて砂ぼこりも確認できる。


 裾野や中腹の診療所では怪我人が頻繁に運ばれているとかで、重傷者はそこで応急処置を施した後、山頂の総合病院まで運ばれてくる。寒いのに服も着せられず包帯を巻かれ、傷口に貼り付かない幌だけを被せられた兵士の姿を見た時は胸が痛んだ。

 ただ幸いなのはまだ死者が出ていないことだが、しかしそれもいつまで続くかわからない。


「俺の親父、今日出兵させられてんだ……」

「私のお父さんは明日。無事に帰って来てくれるかな……」

「ソウ国は火矢を撃ってきてるらしいぞ……」


 建築中の屋上では作業員として働く生徒の不安そうな声が聞こえる。言葉にあるとおり火矢が撃ち込まれているようで、もしかしたら砂ぼこりに見えているのは煙なのかもしれないと思った。


 この国の防壁は外周約60キロメートルある。それを一度に600人の兵が天辺に昇って見張りをする。1人当たり100メートルの役割だ。それが今は南半分が戦線。

 もちろん北半分の人員を割くことはできないので、徴兵によって増員している。特に関所は多くの人員を配置しているから単純な人員計算はできない。

 それで下級市民はおろか市民も徴兵されているわけで、それは生徒たちの親も例外ではない。よく作業中の足場や休憩中の屋上で、不安そうに南の防壁を眺める生徒がいる。


「皆さん、お茶を入れましたよ」


 今は休憩中なのでフタバがお茶を運んでくれた。俺のアシスタントとして女子の中では比較的重労働をしているフタバだが、こういった世話も怠らないから頭が上がらない。俺はフタバに笑顔を見せ「ありがとう」と言ってお茶を受け取った。


「これ、毒とか入ってないだろうな?」


 しかし俺にお茶を渡したフタバが離れた後に聞こえたのは男子生徒の声。俺ははっとなって男子生徒とフタバを向く。


「もちろん大丈夫です」


 一瞬瞳が暗くなったフタバだが、気丈に笑顔を浮かべて答えた。しかし男子生徒と一緒にいた女子生徒が言う。


「私はいい。自分で煎れるから」


 言葉を発したとは言え、半ばフタバを無視するように女子生徒はフタバと目も合わせず立ち上がった。すると男子生徒も続いた。


「じゃぁ、俺もそっちのをもらうわ」

「そうですか……」


 肩を落としたフタバに胸が痛んだ。俺はフタバにそっと近寄った。


「じゃぁ、このお茶、俺が全部もらうよ」

「トモ君……」

「水分補給は大事だし」

「あ……、う……」


 その後フタバは何かを言いかけたが、声が震えるようで結局言葉は続かなかった。


 開戦してから知ったことであるが、フタバの亡命元は敵国のソウ国であった。今までは仲良くしてくれた生徒たちだが、開戦と同時に手のひらを返し、フタバを疎むようになった。スパイじゃないのか? など、謂れのない言葉を向けられ、風当たりは強い。

 ただその生徒たちは親が出兵させられているのだから、精神面を考えると責められない。フタバもそれは理解しているようでいつも気丈だ。


「俺は味方だからな」

「ありがとうございます。でもお父さんとお母さんも頑張ってるから、私が弱音なんて吐けません」


 フタバの両親は総合病院で働いている。市長に聞いたところ、開戦後はやはり難しい扱いを受けているようだ。それでも真摯に自分の仕事に向き合い、怪我人の処置に当たっているらしい。だからフタバも無理をしている。

 そんな今では珍しくなくなった光景の休憩を経て、工事は再開された。今は外壁工事と建具工事の真っ只中だ。


 この国には陶器を作る技術が既にある。だから外壁は防水性に優れ、メンテナンス性がいい陶器質タイルを採用した。因みに日本でコンクリートの外壁は吹付け塗装が安価だが、生憎この国にその原料はない。

 今はコンクリートが剥き出しの外壁に一定間隔で水平垂直の糸を張り、それを基準にモルタルでタイルを貼っている。1階の外壁は既に終わっていて、糸を外した目地にシリコンチューブを充填する。それ以外の目地がモルタルだ。

 コンクリートやモルタルは気温によって膨張伸縮をするので、ひび割れを起こしやすい。そのため緩衝材となるシリコンが必要なのだ。これを伸縮目地と言う。


 仕上がりの方はと言うと、まぁ、美しくないのだが、それには目を瞑りたい。まだ労働経験の少ない高校生ばかり。職人でも何年もの修行を積んでやっとできるタイル貼りだ。むしろこれもこの世界で初めてできる鉄筋コンクリート造建築物の味だと思いたい。


 それから建具工事だが、内部建具は問題ない。既にこの国で普及している木製建具を使用すればいいから、きたるその工程のために既に発注は済んでいる。

 問題はタイル工事に先立って行われている外部建具だ。所謂窓。所謂サッシだ。


 この国には既にガラス生成の技術がある。しかし今まで単板ガラスのみの知識しかなく、しかもサッシ枠は木製だ。俺は複層樹脂サッシを開発した。


 製図道具の調達の時に天然樹脂があることを把握した。そのため、樹脂によるサッシを作ってもらった。更には複層ガラス。単純にガラス板2枚という構造だが、これが重要だ。

 ガラス板を2枚にすることで中間に空気層ができる。これが断熱効果を生む。冬も温々ぬくぬくだ。そして空気層は防音効果もある。窓を閉めれば屋外の音に阻害されることなく、授業やテストに集中できる。


 こうしてできたサッシをはめ込むわけだが、日本で普及している湿式工法の場合、アルミサッシならコンクリート壁に開けられた開口部にセットして、躯体に打ち込まれたアンカー鉄筋に溶接する。それでサッシを固定し、周囲をモルタルで埋める。

 しかし今回は樹脂サッシ。さて、どうしたものか。

 と言うことで俺は樹脂サッシに予め、アンカー用の型を入れてもらった。躯体に固定されたアンカー鉄筋をこの型に差し込みサッシを固定する。それから周囲をモルタルで埋めた。


 これに対してモルタルを使わない乾式工法もあるのだが、今回の建物構造には適さないので、検討外だ。

 工法はともかく、作業員は左官経験のない高校生ばかり。充填に使ったモルタルを綺麗に均せない。おかげで外壁の外側も内側も凹凸だらけだ。仕方がないから、これも味だと思って飲み込もう。


 そんな感じで工事を進め、日が暮れて高校生は皆下校する。今や市国のお墨付きがあり、参加するのは校舎建築クラブの部員だけではない。学校中の生徒が当番を組んで授業を休み、建築現場に出向いている。因みに俺はとうとう毎日付きっ切りになった。


「トモ君、今日もお疲れ様です。帰りましょうか?」

「うん」


 俺は寄って来たフタバの頭を一度グッと押すと、フタバは嬉しそうに目を細めた。そして俺と手を繋いで下校した。


 帰宅先はリンの自宅のVIP用客間だ。今や俺とフタバとリンの生活部屋。しかしリンがいることは少ない。


「会長、今日も遅くなりますかね?」

「さっきメイドさんがそう言ってたな」


 リンは生徒会長故、遅くまで学校にいる。戦況を把握し、徴兵された生徒の親の安否確認を行い、校舎建築に出向く生徒の割り当てに追われている。その他にもやることは多々ある。

 安全のためにこの家にいることを半強制された俺たちだが、結局は各々の役割のため外出ばかりで、常に護衛が付いている状態だ。この緊張状態は精神力を削られる。

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