第15話 開戦

 警報サイレンの後、ノックもせずにいきなり部屋に入って来たのはツインテールのメイドだ。て言うか、鍵かけていたのに……。まぁ、合鍵だろう。


「リン様! 親善大使様! フタバ様! ご主人様がお呼びです! すぐに応接間へ!」


 かなり慌てた様子で、俺たちに向かって床に放られた服や下着をぽんぽん投げ渡す。リンもフタバも顔を真っ赤にして毛布で体を隠していた。そう、俺たち3人は全裸だ。メイドは俺たちの現状を全く気にしている様子がない。尤もかなり慌ててはいるが。


 俺たちが寝室で服を着ている間、メイドはリビングで待っていた。


「ご主人様って?」

「お爺様だ」


 市長か。とにかく警報サイレンの後だ。リンもフタバも切迫した表情だ。行為翌朝の惨状を見られたことに対する恥じらいはもうない。正確に言うなら恥じらっている余裕はもうない。


 着替えた俺たちはメイドに連れられ応接間に入った。そこは小会議室ほどの広さで、立派なテーブルが置かれ、10人ほどがそのテーブルを囲える。

 その上座に着いているのはリンのお爺さんで市長。その脇に年配のマダムがいるが恐らくリンのお婆さん。反対脇に中年の夫婦がいて、こちらが学園理事長のリンの父親と、俺はお初にお目にかかるリンの母親と思われる人だ。


 俺たちがテーブルに着くと市長が話し始めた。


「ソウ国が攻めてきた」


 ドクン。俺の心臓が大きく脈打った。


「そうですか……」


 リンが深刻そうに顔を伏せた。尤もこの場の全員が深刻そうで、フタバに至ってはどこか落ち着かない様子も見せる。

 防壁があるのだから頭では可能性があると思っていたはず。しかし平成の日本を生きてきた俺だ。平和ボケしているその精神にこの事実は現実味がない。


「防壁はどのようですか?」

「ビクともしておらん。よじ登る輩もいるようだが、弓と槍で落としている」


 確かにあれだけの防壁だ。侵入をするならよじ登るしかないだろう。万が一防壁を超えたとしても幅1キロの川だ。防具と武器は捨てて泳がなくてはならならず、そんなの非現実的だ。鎖国にはもってこいの籠城地形が活きている。


「兵は足りていますか?」

「既に下級市民は徴兵させた」

「堀川の東西は?」

「それに関しては今のところ穏やかだ。ソウ国も国境を隔てたヤン国から動向を探られたくないのだろう」

「今後他の市国民はどのように?」

「一部を除いて三交代で徴兵する」

「一部とは?」

「校舎建築の資材を作っている職人だ」

「え!?」


 ここで俺は声を張った。会話を割られてリンと市長は俺を見る。俺が驚いたのは徴兵ではない。守る国だから徴兵は致し方ないと理解できるから。俺が驚いた意図とは。


「校舎建築は続けるんですか?」

「もちろんです」


 当然だと言わんばかりの市長の力強い返事だった。


「作業員は?」

「授業を一部免除すると倅が言うので、学生を使ってください」

「えっと、開戦したんですよね?」

「そうですな。我々は迎え撃っているので開戦と言って相違ないでしょう」

「それなのに国防に集中せず校舎建築を続けるんですか?」

「ふぅ……」


 すると市長は大きく息を吐いた。そして視線を一度落とすと真剣ながらも少しばかり穏やかな表情になって俺に視線を戻した。


「敵国に送り込んだスパイからの情報によると、ソウ国が攻めてきた理由は校舎です」

「校舎ですか?」

「はい。敵国側から山頂南に建つ4階建ての校舎が脅威に見えたそうです」

「それなら尚更!」


 大方、双眼鏡でも使って見たのだろう。校舎が軍事上脅威に見えたということか。それなら尚更校舎を建てている場合ではない。

 しかし市長は言う。


「敵国にとって校舎がどのように見えているのかはわかりません。しかし彼らに校舎が脅威だと思うのなら完成させるべきです。当国の威厳を示すチャンス。ここで引いては余計に舐められ、攻められます」


 そういうものなのか? やはり平和ボケした俺の思考でその価値観は理解できない。そんな俺の怪訝な表情を読み取ったのか、市長は更に続ける。


「工事を止めたくない理由はもう1つあります。北のヤン国です」

「ヤン国ですか?」

「はい。ヤン国からはブローカーが出入りしています。ここで交易を止めては、ソウ国から攻められていることを悟られかねない。そんなことになればここぞとばかりにヤン国からも攻められ、万が一2カ所の関所が破られれば当国はひとたまりもありません」


 これには納得してしまった。コソコソしているブローカーでもその動きで悟られる可能性はあるのだろう。

 国のことが心配で肩を落とす。せっかく親しくなった裾野の人たち、彼らが徴兵される。下級市民の人たちは既に徴兵されている。学校の友達は山頂で校舎建築だからまだ今のところは安全かもしれないが。


「これから親善大使様はこの屋敷を生活拠点としてください」

「え? どうしてまた?」


 俺は市長からの指示に首を傾げた。


「万が一敵国の隠密が既に侵入していたら、校舎建築の責任者は狙われて危険だからです。安全なこの屋敷で生活してもらい、更に護衛を付けます」

「わかりました。フタバは?」

「フタバ君は寮に戻ってもらいます」


 すると隣でフタバが膝の上でギュッと拳を握った。心なしか震えているようにも見える。


「ちょ! フタバは俺の大事なアシスタントです!」


 怒鳴ってはみたが、なんて都合のいいことを言っているのだろうと思う。脳裏に浮かぶのは今まで良くしてくれている学校の友達だ。寮にいる生徒もいれば、中腹の自宅から通っている生徒もいる。俺たちだけ安全だなんて。

 隠密の可能性を考えると俺が狙われる可能性は十分にあるから、納得せざるを得ないのも事実なのだが、やりきれない。


「わかりました。万が一のことがあっては校舎建築に支障が出そうな事案ですので、彼女もこの屋敷としましょう」


 するとここで市長の秘書が入ってきてこの座談は終わった。市長は緊急市議会に出なければならないらしい。立場上当然か。


 俺とリンとフタバはVIP客室に戻った。当面俺たち3人はここで生活をすることになり、リンがメイドに世話を指示した。リンは自分の部屋があるものの、この部屋で一緒にいるようだ。


「はぁ……、当然デートは流れるよな……」

「そうですね。仕方ないですね」

「トモ、この国の歴史を少し話そう」


 すると徐にリンが言うので、俺はそれに興味を示した。この戦争に直結する話だと思ったから。


「およそ100年前ここは南北が統一された国で、このカケモリ山はどの州にも属さない独立した市政を敷いたカケモリ市だった」


 統一国家だったのか。だからこそ通貨が同じなのか。


「しかし南のソウ地域と北のヤン地域では派閥があり、川を隔ててけん制し合っていた。そして互いにカケモリ山の利権を主張していた」

「資源か?」

「そうだ。どちらの地域もカケモリ山から住民を移住させ、資源採掘専用の山として開拓し、自分の地域が管理するという主張だ」

「けど、カケモリ山の先住民が反発した……?」

「察しがいいな。それでカケモリ市は市国として独立した。その時にソウ国とヤン国の間で内戦が起き、両国も分裂国家となった。それにうんざりしたカケモリ市民が堀川に架かった橋を一部落として数を減らし、鎖国が始まった」

「その時に防壁もできたのか?」

「防壁ができたのはもう少し後だ」


 なるほど、納得した。とは言え、俺の仕事は校舎建築。身の危険や国境の兵の心配はあるが、自分の仕事に集中しなくてはならない。俺は気を引き締めた。

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