第14話 型枠脱型
夏休みに入ると部員たちが付きっ切りになってくれて作業効率は増した。俺も朝から現場に付きっ切りになれたので、工事はスムーズだった。
同じ工程をフロアの数だけ繰り返し、そして秋になったとある土曜日。この日までに4階の屋根スラブまでコンクリートの打設は終わり、今は
但し、梁下や床下、それから屋根の下は日本の基準だとコンクリートの圧縮強度が設計基準強度に達するまで取り外してはならない。だからそれに倣い、下の階のから丸太を立てて支えられた下面の型枠だけは健在だ。
因みにコンクリート強度を測定する器具はない。だからどの程度で設計基準強度に達したかなんてわからない。正直、どのくらい養生期間を置いたらいいのかもわからない。工事歴2年とは言え、それ以降ずっと温々と室内で設計をしていたから。
壁とかの側面ならこの季節、6日以上で脱型できるがスラブ下面は1カ月以上置いてみようと思う。
「トモ君、凄いですね」
「うん。トモ、これは壮大だな」
俺の両脇で校舎を見上げて感嘆の声を上げたのはフタバとリンだ。笑顔と言うよりはどこか表情を無くしたように校舎に見入っている。そんな反応を見せられて俺もちょっと得意げだ。
校舎の型枠は既に外部は取り外された。今は内部の取り外し作業中だ。もちろんスラブ下面は除く。そして外部の型枠が外された校舎はグレーのコンクリートの顔を出し、堂々とそびえ建っていた。
この国の人には見慣れない建造物だ。後に足場も解体されればもっと見やすくなるだろう。この日は国中からこの校舎を見に、多くの人が山頂に集まっていた。
「すげーな」
「でけー」
「普通科はこれが完成したらここで勉強するのか」
「いいなぁ」
ギャラリーのそんな声が聞こえる。そう、まずは普通科だけの校舎だ。俺はリンに問い掛けた。
「あのさ、学園の全学科の校舎ができたら今の木造校舎は取り壊しだよな?」
「その予定だ」
「もう跡地利用は決まっているのか?」
「議会ですったもんだしているらしい」
「そうか」
「結局は議会だ。行政機関をって声が多いらしい」
「なるほどな」
それはちょっと寂しい。確かに必要な施設だとは思うが、せっかく学園都市と行政区が区分けされた山頂だ。教育現場か、少し医療が食い込んでいるのだから医療施設を考えればいいのにと思う。議会出席者は自分の職場を優先的に最新にしたのだろう。
「て言うか、そもそも学校法人だろ?」
「あぁ。当国は中学まで義務教育で小中学校は国中に散らばっているが、高校は中等部を複合したこの学園だけだ」
「それならこの土地ってシイバ家の土地じゃないのか?」
「違う。国から安く賃借してもらっている土地だ」
「なるほどな」
だから跡地利用が議会で議論されるのか。確かに上物の建築費用は全てシイバ家から出ているわけだし。但し、市国が協力的で重機や資材の開発費用だけはシイバ家が立て替えた後、国が負担してくれている。まぁ、市長と学園理事長は親子だし。
「せっかくなら病院か図書館か大学でも作ればいいのに」
「大学は無理だ」
「なんで?」
「教授を雇うために多くの移民を受け入れなければならない。この国に教授が務まる者はいないから」
これもなるほどと思う。答えてくれたリンは校舎を見ていて、それはフタバも同じなのだがどこか遠い目のように感じた。この国で大学進学ができればと思ったのだが、現状は亡命に頼るのみ。同じ亡命者のフタバには思うところがあるのだろう。
「そうだ!」
するとフタバが思い出したように明るい表情で俺を向いた。
「これで工事は中間点くらいですか?」
「躯体ができて後は仕上げ工事と設備工事だから中間だと言って差し支えないかな」
「私、会長と話したんです」
そう言うので俺はリンを見た。するとリンも穏やかな笑顔で俺を向いていた。高飛車な奴だけど、こんな表情もできるんだ。そう思ってから俺はフタバに向き直った。
「ひとまずここまでお疲れ様ですってことで、私と会長でできる範囲で、1つだけトモ君のお願いを聞きたいと思いまして」
「ぬおっ!」
それを聞いて俺はフタバとリンを交互に見る。すると次の言葉はリンから出た。
「あぁ、そういう話をしていた。中間ご褒美と言うやつだ。お前はそういうのが好きだろ?」
「うほーい!」
俺は両手を上げて喜んだ。それをフタバとリンは微笑ましそうに見ていた。
「じゃぁさ、じゃぁさ。明日休みじゃん?」
「そうだな」
「俺、夏休みすら校舎建築ばかりで遊んでないから、思い出がほしい」
「具体的にはどういうものですか?」
「3人でデートがしたい!」
すると少しばかり頬を赤く染めてフタバもリンも嬉しそうにはにかんだ。
「その前に、明日は休みなんだからリンが俺たちの部屋に泊まりに来いよ? 3人で一緒に寝ようぜ?」
「なっ! お前はまたそういうことを! 頭の中そればっかりか!」
「建築を除いたらそうだな。て言うか、リンも好きなくせに」
「むむー。そうは言っても、お前に抱かれるところをフタバに見られるではないか!」
「そ、そうですよ! トモ君!」
まったく。客車ではイチャイチャさせてくれたのによく言う。とは言え、確かに服を脱ぐ以上のことは客車でも2人きりの時だけだな。
「ご褒美くれるんでしょ? て言うか俺、3Pしたいし」
「なっ! さ、さ、さん……」
「あわわわわ……。ト、トモ君!」
2人とも狼狽えちゃって可愛いな。するとフタバが目をギュッと瞑って拳に力を入れて言った。
「て言うかそもそも! 寮は連れ込み禁止です!」
「は? 女子寮なんだからリンはいいだろ?」
「同性でも19時以降はダメだという寮の規則だ」
「はぁあ? 学園理事の娘で生徒会長のリンでもか?」
「当たり前だ! 私が率先して規則を破ってどうする! それをするなら自分の職権を乱用して規則を変えてからやるわ! けど今日は休みだから生徒議会も開けない!」
なんか開き直ったような発言にも聞こえたけど、概ね納得。しかしがっかりだ。自分でもわかるほど悲壮感に満ちた顔になった。
「て言うことは、無理なんだ……」
「うぅ……」
「あわわわわ……」
すると狼狽えるリンとフタバ。彼女たちはなんだかんだ言って俺に甘い。なんとかしようとか、代案でもとか考えているのだろうか? するとそれは的中した。
「ど、どうしてもと言うなら……そのぉ、うちに来るか?」
「え!? いいの!?」
「フタバも良ければだが……」
「いいんですか? 会長」
「あぁ。VIP用の客室にキングサイズのダブルベッドがあるし、そこは浴室も完備だ。十分3人で過ごせる」
「行ぐっ!」
返事に力を込め過ぎてしまった。しかしVIP用があるとは、恐れ入る。あれ? いや待てよ。
「俺、こっちの世界に来た初日、そんな部屋じゃなかったよな? 俺、親善た――」
「フタバはいいか?」
人の話を聞けぃ!
「よ、よろしくお願いします。やっぱりトモ君には喜んでもらいたいので」
「そうだな。それは私も同感だ」
むむ。そんな言葉を言われると一瞬でご機嫌になっちゃうのだが。
「それでは決まりだな」
と言うことでこの日の夜の予定は決まった。
夕食はリンの家でご馳走になり、3人で一緒に風呂に入って、大きなベッドで俺は念願のプレイに励んだ。
しかしそれは翌朝だった。
俺は警報サイレンというものを初めて生で聞いた。戦争ものの映画で聞いた音そのもので、耳をつんざくようなけたたましい音量だった。俺たち3人はベッドから飛び起きたのだ。
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