第13話 コンクリート打設

「なんだこれは!」

「すっげー!」


 作業員たちの目が見開く。建築現場の隣は学園の中等部で、その校庭が広がる。そこで運動をしていた中等部の生徒たちも駆け寄って見に来た。

 ふむふむ、俺はJCもイケるぞ? パンツインしたその綿の体操着から覗かせる発育途上の肢体も美味しそうだ。


 建築現場に登場したのはなんとポンプ車だ。と言っても、全て手動。せめて電動にしたいと思うが、如何せんこの国の電気容量は小さい。泣く泣くポンプ車はミキサー車と同じ木製のバッコンバッコンで、移動も手押し。

 ただここまでならミキサー車で既に見ている作業員たちだが、今回驚いたのは太く長いホースだ。ホースの皮の厚みはかなり分厚く、中を流れるコンクリートの圧に耐えられるよう密にしてある。そして4階の屋上まで十分届く長さにしてもらった。

 かなり製作が大変だったようだが、その分国から大きな報酬をもらえたようで、ゴムの木農家の人たちは喜んでいた。


 そして加えて荷車で運ばれて来たのは数本の鉄製バイブレーターだ。特大サイズの男の一物ほどの太さにその倍の長さはある。中にはモーターが入っていて、電源を入れればブルブルと振るえる。因みに電源は石炭を持って来て、現場発電だ。

 ただ毎回毎回こんな発電をするのも資源の浪費となる。今だけだ。俺は既にこの国にある資源と技術で、新しい電力開発をリンの祖父である市長に進言している。その市長も乗り気で、取り計らってくれた。


 そして意識を現場に戻し、今日はこれから1階の柱壁と2階の床梁と床スラブのコンクリート打設である。開始は俺の授業がない午後からだ。


「トモくーん!」


 すると愛しの彼女の声が聞こえた。俺が声の方向に目を向けると、少し離れた場所にある高等部の校舎から身を乗り出し、こちらに向かって手を振るフタバの姿があった。


「頑張ってくださーい!」


 なんて麗しい笑顔なんだ。


「トモー! 影ながら応援するぞー!」


 するともう1人。こちらも愛しの彼女リンが校舎の窓から身を乗り出して手を振っていた。いつ見ても美人だな。俺は二人に手を上げて応えた。

 今はまだ昼休みなので、高等部の生徒が多数窓から現場を窺っていた。俺は工事のためにさっさと飯をかき込んだからちょっと腹が苦しい。それはさておき、打設だ。俺は集合した作業員に言う。


「バイブはできるだけ鉄筋に当てないように気をつけて」

「はい」

「ポンプは遠心力で凄い力になるから、ぶつかって転落とかしないようくれぐれも注意して」

「はい」

「それから梁の部分は窪んでるから誤って足を落とさないようにな」

「はい」


 皆真剣に聞いてくれる。型枠が開いているのは空気抜きを除き2階の床スラブの上面のみ。そこからまずは柱壁にコンクリートを流し、次に梁を経て2階の床スラブだ。


 そしてこれは基礎の捨てコンクリートを打設した時に気づいたのだが、この国には左官がいない。今までコンクリートがなかったのだから当たり前だが。工業区で鉄製のコテを作ってもらい、1階の床スラブを打設した時に俺が左官の指南したものだ。

 そもそも俺、左官の技術はない。入社最初の2年は現場を覚えろと言われて工事部に配属されていたから、その時の見様見真似だ。心もとない。ただそれでもこの目で見ていただけ、あの時の配属が今に活きて良かったと思う。


 それから俺が今作業員たちに言った注意事項だが、元の世界の現場監督なら標準的に誰もがしている喚起だと思う。それを俺は惰性に任せず、かなり本気で言っている。

 もちろん元の世界の現場監督が惰性にしているという意味ではないが、俺の場合はなぜならこの国にはプラスチックがないから。つまりヘルメットがない。

 

 そもそも建築基準法もなければ、労働基準法も内容が違う国だ。ヘルメット違反で罪には問われない。他の資源でヘルメットを作ることも可能だと思うが、まだそこまではしていない。ただ、絶対必要なものなのでいつかは用意したい。

 て言うか、そもそも俺に化学の知識があったら、もしかすると他に何かできているかもしれんが。そこは専門外なので、この国の人たちには触れない。


「それじゃぁ、始めるぞ!」

「おー!」


 返事がそんな掛け声か。それこそ祭りか出陣だな。まぁ、いいけど。俺はミキサー車とポンプ車を地上に残し、2階の床スラブの上に上がった。

 て言うか、この校舎建築で初めて丸太足場に乗ったけど、マジで怖ぇ。安定感のある鋼管足場にしか乗ったことないんだよ。2階の床とは言え足が竦んださ。これが4階の屋根まであるのか……。


「それじゃぁ、まずはミキサー隊! かかれー!」

「おー!」


 ちょっと俺も雰囲気に乗っかり、上から地上に向けてそんな言い方をしてみた。すると作業員たちから活気ある反応が返って来たので気持ちいい。

 既にコンクリートの材料はミキサー車の周囲に配置されてあったので取り掛かりは早い。着工からもう数カ月かかっているので、ミキサー車も3台ある。そのうち1台は俺が来る時間を逆算して既にコンクリートを完成させ練り続けていた。


「よぉし、次! ポンプ隊! 手押し開始!」

「おー!」


 バッコンバッコンが始まった。尤もミキサー車の方は既に始まっていたが。そしてポンプの先端はと言うと、勢いよく風を吹き出し床スラブの鉄筋を揺らしている。


「よぉし! 打設開始だー!」

「おー!」

「生コンをポンプ車に投入しろー!」

「おー!」


 男たちの雄叫びが上がってすぐ、最初のミキサー車から生コンがポンプ車に投入された。バッコンバッコンをやっている男たちは何十人もいて、この暑い季節、汗が滝のように噴き出ている。

 俺の足元にはポンプの先端があり、そのポンプを2人の男が脇に抱えて今か今かと構えていた。その先端からはゴロゴロと砕石が転がる音がする。


 チョロ……。


「お!」


 ガサガサ、ドバー!


「おー! 出てきた!」

「うおー!」


 ちょっと感動した。俺の感嘆に続いてスラブ上の男たちも歓声を上げた。

 最初は小さな石ころが頻尿の如く出て来て、やがて大きな砕石が転がるように出てきた。そしてそれに続いたのが、生コンだった。


「よぉし! 柱から打設しろ!」

「おー!」


 ポンプを抱える作業員が足並みを揃えて移動する。それについていくのはバイブレーターを手にした作業員たちだ。俺は一度スラブの縁から地上に顔を覗かせて壁際の作業員に向かって叫んだ。


「流し始めたぞー!」

「おー! もう来てるってよ!」


 地上の作業員は俺の言葉に答えてから、室内側にいる作業員に窓の開口部から声を通して伝えた。そして屋内側と屋外側からトントンと木槌を型枠に叩きつけた。

 バイブレーターはコードが伸びているので1フロア分くらいなら十分に届く。しかし暗くて狭い型枠内の壁。実際にどこまで届いているのかわからない。だから振動の補佐として型枠の両側からも木槌で叩くわけだ。


 そんなこんなで打設が進むと最初のミキサー車から生コンは空になり、2台目のミキサー車から生コンが投入された。3台目はもうすぐ完成で、1台目はまた作り始める。それを繰り返し、この日のクンクリート打設が終わった時はもう夜だった。

 やはり時間的な懸念は完全に解消とはいかなかったが、それでも及第点だろう。作業員は残業をしてくれたし、夕方には部員も集まって松明を焚いてくれた。おかげで視界を確保したまま、無事1階の柱壁と2階の床梁、床スラブのコンクリート打設は終わった。

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