第11話 配筋工事と型枠工事

 セメント袋は仮設で作った木造ステージの上に保管した。更に柱を立て、幌で覆って通風を妨げた。

 ここは日本と気候が近い。だから湿気はある。セメントは湿度が高いと硬化してしまうし、風を受けると風化してしまう。それによって品質が落ちるから高床且つ防風での保管だ。


 それはともかく、さて困った。午後の授業がない俺は昼一番、掘削された2つの四角を見て悩む。南棟と北棟の校舎部分の四角だ。


「どうした? トモ」

「ぎょっ! リン! 授業は?」

「私に係れば授業ごときサボったところで勉強は遅れん」


 いやいや、そうかもしれないが、俺は人生経験36年で、あなたは17年だよ? 一応出席しておいた方が? ――と思うが、学園を牛耳る生徒会長で、理事長の娘だ。成績も優秀だし何とでもなるのだろう。


「で? どうしたんだ?」

「うん。基礎の根入れが足りないんだ」


 そう、実は掘削が終わって深度が足りていない。理由は地盤の固さ。わずか1メートルで岩盤にぶつかってしまった。フタバからの事前情報のとおりだ。

 当初の設計で基礎の根入れは2メートルの予定だった。これは杭補強などを必要としない前提の、建築士の試験で習った雛形設計をもとにしてある。そのため基礎と地盤の接地面積が広いべた基礎を採用した。


「根入れが足りないとどういう問題があるんだ?」

「建物の安定。建物は地中に埋まってるほど安定するんだ。特に鉄筋コンクリート造の建物は重いからより深く埋めたい。しかも今回は4階建てだし」

「そうか。それなら逆に地盤を上げるわけにはいかないのか?」


 そう言われて俺は掘削土に目を向けた。それは校庭の予定となる広場に山となって積まれている。労働者や部員が一輪車で一生懸命運んだ土だ。道板を架けては深くなるほど勾配がきつくなる坂を一輪車で駆け上がっていたので、彼らの働きぶりには頭が上がらない。


「そうだな。それしかないよな」


 俺は掘削土で1メーター盛って根入れを確保する決断をした。ただ地盤を上げるので、周囲の地盤と高低差ができてしまう。土留めの処理を何か考えなくてはならない。


「親善大使様。お待たせしました」


 するとやって来たのはシイバ家のメイドだ。彼女が来るのを知らなかったリンが言う。


「今日はどうした?」

「はい。今日はブローカーが関所に来る日であります。親善大使様がご要望された品があると思われますので、親善大使様をお連れする約束になっておりました」

「そうか。――トモ、私も同行していいか?」

「おいおい、授業は?」

「私とお前で課外授業だ」


 そんな理屈を並べるので、俺はメイドとリンと一緒に馬車に乗った。メイドが御者席なので、客車は俺とリンの2人だ。


「あんっ! トモ。もう我慢できない。お願い……」


 イチャイチャしていたらリンが熱くなってしまったので、バッコンバッコンと揺れる車内で励んだ。


 やがて馬車は北の関所に到着し、それから待つこと数十分。ブローカーがやって来た。


「お待たせしました。トモヒロ様。ご注文の品です」


 俺は荷車に載せられた品を見る。とは言え、それはかなりの長さを必要とするものなので、荷車を大きくはみ出していた。


「これを隠しながらここまで来るのは大変でした」


 両手を揉む仕草で何かを訴えかけるようなブローカー。確かにこれは目立つ。幌を被せても荷車からはみ出し、そして大量なので1本1本が細いその品も積み上がっている。加えてこの数だから重量だ。その密輸は彼にもリスクが高かったのだろう。


「メイドさん、運賃の割増量、払える?」

「仰せのままに」

「ありがとうございます」


 俺がメイドに言うと承諾をしてくれたので、ブローカーはその不気味な笑みを強めた。南北を合わせた3国の通貨は同じとのことで、これは助かる。

 そして品物だが、これは素晴らしい。俺の図面と狂いなく作ってある。


「いかがでしょう?」

「うん。問題ない。また時期が来たら追加発注を頼む」

「ありがとうございます」


 今回仕入れた品は鉄筋だ。しかもただの丸棒鉄筋ではない。建材として使われる異形鉄筋だ。鋼を圧延して表面に凹凸の突起を設けた棒状の鋼材である。鉄筋はコンクリートの中に埋まるが、その凹凸がうまくコンクリートと絡み一体感を増す。

 コンクリートは圧縮力に強いが引っ張り力に弱く、ひび割れが生じやすい。それを引っ張り力に強い鉄で補うからこの鉄筋はなくてはならない建材だ。

 それらはシイバ家が手配する労働力に任せて建築現場に運んでもらえることになった。


 翌日、初めてのコンクリート打設が始まる。とは言っても今回は捨てコンと呼ばれるもので、構造耐力を計算されないコンクリートだ。基礎の下に敷かれるもので真っ平にし、そこに墨を出して基礎の位置を描くのが目的だ。つまり原寸大の図面である。


 ミキサー車がないので、人力のコンクリート撹拌装置を作った。木製でかなり大きなものだ。手動で井戸水を汲むようにバッコンバッコンハンドルを上下させ、巨大な籠の中で撹拌させる。労力は男数人。

 その籠の内側がコンクリートで固まらないように皮革でコーティングした。何度も使って固まったコンクリートが剥がれなくなったら取り外して交換だ。撹拌が人力なら移動も人力のミキサー車である。


 捨てコンが固まり、墨出しを経て翌週から始まったのは鉄筋を組む配筋工事だ。鉄筋の継ぎ手は重ねる部分の余裕を多く見て針金で固定する。

 どうしても溶接や圧接が必要な場合は、工業区から技師を呼び、石炭を燃やしてその熱で溶接をさせた。その熱量で大丈夫かな? 不安だ。


 この配筋工事にも苦労があった。かぶり厚さの確保だ。

 かぶり厚さとはコンクリート表面から鉄筋までの空き寸法である。これが適切に確保されていないと鉄筋は腐食しやすくなるし、コンクリートの強度は落ちる。

 一般的にはスペーサーと呼ばれるプラスチック部材を使って型枠表面と鉄筋の距離を確保するが、プラスチックがないので天然樹脂で代用した。


 そして鉄筋が組み上がると始まるのが型枠工事だ。この国には木造建築があるので大工はいる。しかし型枠大工はいない。基本的に俺は付きっ切りで指示をしなくては心配なのだが、午前は授業がある。現場に駐在できるのは朝一番と午後からだ。


「あぁ! ゲンさん! また寸法間違えてるよ!」

「ん? 違うのか? 親善大使さん」

「墨出ししてある場所が型枠の内側表面。その外に型枠を押さえる部材を固定しなきゃ」


 とにかく慣れない職人たちが手を焼いたのが寸法。木造建築は壁をはじめ構造部材が間取りの中心線にくる。これを壁芯と言うが、その壁芯に合わせて部材も中心に施工される。

 一方、コンクリートは型枠の内側に形成される。それに慣れない大工が型枠を立てる位置を間違える。それで俺が何度もやり直しをさせるのだ。


 因みにこの型枠だが、コンクリートが固まったら取り外すものなので、表面には潤滑剤がいる。それを塗らないとコンクリートと型枠がくっついたまま剥がれなくなるから。それは畜産業から入手した動物油脂を使った。これ、大丈夫だろうか? 型枠脱型だっけいまで心配だ。


 さて、いよいよ次は基礎のコンクリート打設だ。ミキサー車は開発したから今回の基礎まではいいとして、問題はそれ以降。基礎が完成して以降のコンクリート打設だ。地盤より高い位置から打設をしなくてはならないわけで、ポンプ車が必要だ。俺は頭を悩ませた。

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