第10話 掘削工事と丁張

 俺が設計した校舎は南棟と北棟の2棟ある。4階建てで、2階から4階までは渡り廊下で繋ぐ。南棟の1階が校庭に向いた保健室や職員室で、2階から4階が普通教室だ。学年ごとに階で分けられる。

 北棟は全室特別教室で、南棟と同等の容量だ。そしてこの校舎は普通科のみ。これができたら一度精査し、良ければそのプランをそのまま特進科に当ててその校舎を作る。それもできたら、今度は一から設計の工業科、農業科、林業科の校舎だ。


 とにかく俺のミッションはこの普通科校舎の完成だ。それが今後に影響を及ぼす。


「大丈夫? はい、お水」

「さ、んきゅ……」


 放課後の掘削現場から女子生徒と男子生徒の会話が聞こえてくる。着工から2週間が経った。掘削の進捗はまだ4分の1ほどだが、校舎建築クラブの男子部員は一様に体が慣れず、へばっている。

 位置出しをした当初は気合が入っていた部員たちだが、着工すると不安は的中。位置出しとは思いの外面積が狭く感じる。周囲が開放的だからだ。それで実際に掘ってみると予想外の面積と、掘るほどに感じる体積に疲弊するのだ。


 因みにこの学園には運動部が極端に少ない。理由は体育館がないから。アリーナ建築は大空間建築なので無理もない。ただそのおかげで元の世界だと屋内競技をしていた生徒がほとんど帰宅部で、体力の有り余った彼らがこの校舎建築クラブに参加してくれている。

 シイバ家が集めてくれた労働者は、下級市民の人たちと一般労働者の人たちだ。ツルハシとスコップだけの掘削道具にも関わらず彼らの仕事量は早い。しかし労働時間は17時まで。それから部員だが、遅いながらも仕事は進んでいるから助かる。


 一部の女子生徒が掘削人員の男子生徒の補佐をして、残りの女子生徒は俺の補助をしていた。俺は今、丁張ちょうはりを架けている。

 丁張とは建物の位置を細かく出したり、高さの目安を表したりするための仮設物だ。先に行った位置出しの木杭を利用し、更に細かなピッチで木杭を打ち、板で繋ぐ。その板に高さの基準を記したり、向かい側の板と糸を張ったりして建物の位置を示す。

 角度を測定する測量機器、トランシットがないためやはり直角は三四五法を応用している。そして困るのが高さの測定だ。高低差測定の測量機器、レベルはない。


「親善大使様」

「あ、メイドさん!」


 するとやってきたのはシイバ家のメイドだ。黒いメイド服は所々白のレースが施され、カチューシャとツインテールが可愛らしい。このメイドさん、食べちゃダメかな? 手を出したら絶対リンにバレるよな。――却下。


「ご要望の品ができましたので、工業区に取りに行ってまいりました」

「うおっ! これ、これ! 待ってました!」

「トモ君、それはなんですか?」


 俺がメイドから受け取った品を見て顔を寄せて覗き込むのはフタバだ。どうやらこの国では見慣れないものらしい。医療家系の娘とは言え知らない様子なので、この国の医療もまたそれほど進んでいないと思われる。


「これはチューブって言うんだ」

「チューブ? この管みたいなものがですか?」

「そう。チューブ、イコール、管」


 俺が工業区の技師に頼んでいたのはシリコンチューブだ。まだあまり細かなものは作れないらしく、ホースより少し細いくらいだ。


「これは何に使うのですか?」

「水平器具」

「水平器具ですか? 直角の他にトモ君はまた魔法で水平も出せるんですか?」


 あぁ、本当フタバって眩しいな。疲れも吹っ飛ぶよ。


 俺はチューブに水を入れた。このチューブはかなり長いので、水の量も多い。そしてその一端を俺が持ち、反対側を女子生徒に持ってもらった。俺の補佐にフタバがつき、反対側の女子生徒にも1人補佐がいる。

 そしてこのチューブは弛む。この弛みが重要だ。


「水の上端部を丁張の真ん中あたりに合わせてくれ!」

「オッケー!」


 距離が遠いので俺と反対側の女子生徒は大声で会話を交わす。丁張の板は地面と垂直に向いていて、その表面にチューブ内の水の上端部を合わせる。


「できたよー!」

「了解!」


 俺は自分の手元を見てからフタバに指示を出す。


「水の上端部がある丁張の部分に印をつけてくれ」

「わかりました」


 フタバは鉛筆で丁張に印を描いた。同じことをするように反対側の女子生徒たちに指示をした。

 次は印を付けた丁張を直線で結ぶ。その線の描き方は元いた世界で今も昔も変わらないやり方、墨出しだ。糸に墨を染み込ませて女子生徒2人が両端の印で押さえ、糸の真ん中に立った俺は弓の如く引っ張って放した。


「わっ! 板に直線が描けました」

「へへん。とは言え、これは木造建築があるこの国だから、既にある方法らしいぞ?」

「そうなんですね。大工さんたちの知恵の賜物ですね」


 そう、既にこの国では使われている手法だ。だから俺は大工から墨壷を1つ譲ってもらって墨出しができたのだ。


「この線が水平なんですか?」

「そう。水の両端を結んだ線は水平線だから」

「すごーい。でも、丁張に水平線を描いただけで、これからどうやって建物の水平を出すんですか?」


 そう、まだ丁張に水平線を描いたに過ぎない。これはあくまで基準であって、実際は基礎の上端や床スラブなどを水平にしなくてはならない。


「これを丁張の4周全部に描くだろ? それで対面の丁張同士でこの線から糸を引っ張るんだ」

「あ! そうするとその糸が水平ですね」

「そういうこと。そこから下げ振りを下ろして、知りたい高さを測るんだ」

「なるほど。凄い知恵です」


 フタバが感心して納得を示した。

 因みにりとは先の尖った左右対称の石に糸を繋げた振り子のようなもの。糸からその石を垂らすことで、垂直に下りる。この道具も既に工業区の技師から加工をしてもらって入手済みだ。


「こんにちはー!」


 すると今度は荷車を引いた商人がやって来た。かなりの数の荷車だ。対応は俺がしてその荷物を確認する。


「うほっ!」


 俺の目は輝いた。そこには紙袋に入った粉が大量に積まれていた。


「ご要望のせめんと? です」

「ありがとう」

「言われたとおりの配合にしてますが、一回試験はしてみてください」

「了解」


 そう、紙袋の中身はセメントだ。この商人は他に川砂と砕石も持って来てくれた。とにかく川砂と砕石は邪魔にならないところに置いて、俺はこのセメントを使ってモルタルを作ってみることにした。

 モルタルとは簡単に言うと、コンクリートから砕石を除いた建材だ。土間の仕上げや、タイルを貼る時の接着剤に使われたりする。用途は他にも多様だ。


 まずは木製樽を用意。その樽に水、川砂、セメントを入れる。そしてスコップで撹拌かくはんする。


「うへ……、しまったな……」

「大変な作業ですね……」


 一緒に混ぜ混ぜするフタバが汗を流して言う。明らかに力仕事なのだが、男手は皆掘削中だ。あまりフタバに負担をかけないよう俺が頑張る。

 しかし、撹拌機がないのでしまったなと思う。モルタルくらいなら人力でなんとかなっているが、コンクリートは量が多いし砕石が混ざるためミキサー車並みの動力がいる。知恵を絞らねば。


 やがてできたモルタルは俺が元いた世界のものとそん色なかったから安心した。


 やがて掘削は一応1カ月で終わった。しかし一応だ。あくまで一応だ。

 重機があれば状況は全然違ったのかもしれないし、もしかしたらこの国の特性が想像以上なのかもしれない。しかし困った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る