第9話 着工と位置出し

 工業区は収穫が多かった。多くの技師と話もできて有意義だった。

 そしてここにも関所があった。堀川の真北に橋が架かっていたのだ。農業区の関所が南のソウ国の入り口なら、工業区の関所は北のヤン国の入り口だ。関所は2カ所だけで、ブローカーはこの北から出入りするらしい。


 ――と聞いたところでなんと、防壁の重い扉が開いた。そして荷車を引いてやって来たのがそのブローカーだった。


「ちょ! リン! ブローカーと話がしたい!」

「そうか。わかった」


 リンはそう言うと俺達と橋を渡り、門兵に話を通してくれた。そして俺は関所の前でブローカーと対峙する。


 短足、チビ、出っ歯、七三、そして爬虫類のような顔立ち。笑うと不敵で、今にも食われそうな不気味な男だった。


「初めまして」

「トモヒロ・イケワキだ」


 ブローカーから挨拶をされたので、とりあえず俺は名乗った。実は、俺が召喚された親善大使だと言うことは他国に知られたくないと、シイバ家から口を酸っぱく言われている。だから名前だけだ。


「鉄をこのように加工して売ってもらうことはできるか?」


 俺はポケットに入れていた図面を差し出してブローカーに言った。するとブローカーは眉をピクリと上げた。


「珍しい形ですな。これだと機材の投資をしてもらわなくてはなりませんが?」


 そう言われて俺はリンを見た。


「予算は気にするな。お爺様に言って開発費用はなんとか議会を通してもらう」

「わかった。――投資はするから頼む」

「畏まりました」


 ブローカーは図面を大事に懐に入れるとすぐに去って行った。あまり長居はできないのだろう。残ったのは大量の輸入品だ。先に門付近に積まれていた木箱が無くなっているので、それが輸出品だったと思われる。

 ブローカーを見送った俺はリンに向く。


「すまん。勝手に予算……」

「気にするな。発展のための勉強料だ。不測の出費はお爺様も理解している」


 そう言ってもらえて救われる。俺達は再び橋を渡った。


 取材の最後は鉱業区。裾野の東に位置する。幾らからは既に閉山されていて、岩肌がむき出しの広場だ。地盤も表面が硬いので建物を建てられないらしい。


「あ……、もしかして……」


 俺は1つの炭鉱入り口を発見した。デジャブのように映像が浮かぶ。


「そうだ。トモはその入口で発見された」


 やはりか。もちろん興味を持ったので入ってみたが、元の世界に戻ることはなかった。まぁ、戻ってもメンタル地獄しかないし、今や彼女が2人いるこっちの世界を気に入っている。それに取り組んでいる使命にもやりがいを感じ始めている。


 そしてほとんど障害物がないこの鉱業区からカケモリ市国を見渡してみる。すると印象が変わった。富士山のミニチュア版だと思っていたが、富士山のチビデブ版だ。それよりも何と言うか……。


「そう! 仰向けの時のフタバのおっぱいだ!」

「ト、トモ君! 心の声が……!」

「あ……、ごめん」


 ちょっと反省。フタバ、赤面。リン、ジト目。


 やがて俺は閉山された硬いエリアを外れたところで念願のものを発見する。石灰石、粘土、けい石、せっこうだ。セメントの材料である。もう1つ酸化鉄原料がいるが、これはヤン国のブローカーから入手できるらしい。

 加えて閉山された場所には豊富な砕石もある。これで川砂と合わせてコンクリートができるのだ。


 当初一番の懸念だったのがセメントの開発と配管だ。日本で配管は塩化ビニールを使うことが多いので、かなり頭を悩ませていた。しかしシリコンがあるから知恵を絞れそうだ。セメントも鉱業区で解決した。


「これで裾野は大体見終わりました。帰りましょうか?」


 フタバがそう言うので俺達は馬車に乗り込んだ。と言うか、この馬車早い。まぁ、だから朝から動いて、今の昼下がりまでに見て回ることができたんだけど。自動車よりは遅いが、信号がない分移動時間は変わらない印象だ。

 そしてそのスピードだからバッコンバッコン揺れる。


「あんっ!」

「いやん!」


 だから両手に掴んだ花をちちくっていると、勢い余ってデリケートな部分に色々入っちゃうんだよね。ただフタバもリンも喜んでいるようだし、まいっか。


 馬車は山頂の学園まで送ってくれた。まだ明るいし、どうしようかと言うことで、俺たちは当てもなく校庭まで歩いた。


「あ! トモ!」

「おー! 来た! 来た!」

「取材に行ってたんだって?」


 なんと土曜日で休日にも関わらず、校庭で待っていたのはクラスメイトだ。いや、クラス以外の生徒もいてかなりの人数だ。フタバとリンのクラスの生徒が中心だろうか。因みに、俺とフタバとリンはクラスが違う。3人とも普通科ではあるが。


「どうしたんだ? みんな」

「俺達の学園なんだから、俺達にも何か手伝わせろよ」

「校舎建築クラブっていうのを作って、放課後はトモに協力しようって集まったんだ」


 なんと熱い奴等なんだ。染みるぜ。労働者や技術者はシイバ家の計らいで確保してもらえる話になっているが、こいつらの気持ちが嬉しい。そんな感動に浸っている俺の脇でフタバとリンは微笑ましげにしていた。


「それじゃぁさ、まずは基礎を作るために掘削をしなきゃいけないんだ。放課後、労働者と一緒に頼めるか?」

「もちろんだ。任せろ!」

「じゃぁ、私達は皆の軽食や飲み物を用意するね」


 女子生徒までそんなことを言ってくれる。惚れそうだ。――と言うのは、脇の2人を気遣って絶対に口に出さないけど。


「その掘削の前に位置出しをしなきゃならないんだけど、まだ明るいし、今からやるか?」

「今からでもやれることあるならやろうぜ!」


 みんなが乗り気なので、場所を建築現場に移動して今から位置出しをすることになった。予定より2日早まった着工である。用意するのは細紐と木杭だ。


「トモ君、これだけで建物の位置を地面に出せるんですか?」

「うん。見てな?」

「えへへ。またトモ君の魔法にかかるんですね」


 やっべ。フタバが眩し過ぎる。たぶん測量をした時のことを思い出しているのだろう。


 まずは校舎の短辺となる位置。掘ってから基礎の位置を出すわけだが、その時に作業スペースが必要になるので、余掘りをしなくてはならない。

 実際の位置より作業スペースでプラス1メートル。加えて木杭を外に逃がすのにプラス1メートル。その位置に木杭を2本打ち、その2本の木杭を細紐で繋ぐ。これで校舎の短辺から2メートル逃げた位置が示された。


 次に細紐を12メートルに切る。その中間、3メートルとそこから4メートルの位置に印を付ける。残りが5メートルだ。4メートル部分を2本の杭に繋いだ細紐に重ねて、それから印を頂点にピンと細紐を張って三角形を作る。人数が多いので何ともやりやすい。


「お! そうか! これで直角ができるのか」


 リンが解せたようだ。


「そう、これを三四五法さしごほうって言うんだ」

「あ! 3:4:5の三角比ですね! トモ君の魔法ですね!」


 ここでフタバも解せた様子。そして眩しい。今日の夜も頑張っちゃおうっと。


 今度は3メートルの辺が伸びた細紐に重ねてもう1本紐を伸ばす。その先に杭を打ち、これを90度回ってもう1度繰り返す。すると平面が正四角形の校舎から2メートル外側の四角形ができた。


「この1メートル内側の範囲内を月曜日から掘るぞ!」

「うお! 形が出てもっとやる気が出てきたぜ!」


 なんて1人の男子生徒が言うが、甘いな。月曜日からの彼らの表情が不安だ。

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