第二幕

第8話 資材調査

 6月2週目の土曜日。この日は2日後に決まった着工に先駆け、市国内を取材だ。俺はシイバ家が用意した馬車に乗っていて、その密室で両手に花を抱えている。フタバとリンだ。イチャラブ三昧である。

 転移して目覚めたその日に、中腹の居住区と商業区は少しばかり見た俺だが、裾野の地域にはまだ足を運んだことがない。それ故にどういう産業があるのか、聞くだけでなくこの目で見てみたかったのだ。


 そして最初の目的地に到着した。


「あぁん」

「うぅん」


 中途半端になってしまってフタバとリンが切なそうな目を向ける。可愛いやつめ。取材が終わったらまた可愛がってあげよう。


 最初の視察は農業区だ。この市国では農業区と工業区が一番広い。故に就労人口も多い。

 この農業区は温暖な南の気候を活かして営んでおりのどかだ。田園地帯が広がる故に遠くまで見渡せるので、その先を見て俺は驚いた。


「あれが堀川か?」

「そうですよ、トモ君」


 転移したその日にリンから聞いてはいたが、さすがに幅1キロは広大で湖にも見える。


「これが国境になっている」


 リンの説明によると、ほぼ円形のこの市国は周囲にこの堀川が巡っている。それは上流域が西から来て下流域が東に抜けていた。この東西に流れる川が北のヤン国と南のソウ国の国境になっている。


 俺は河川敷まで案内してもらい、リンから双眼鏡を渡された。そしてその雄大さに目を奪われる。それは川の広さももちろんだが、川の対岸の10メートルほど先に築造された防壁だ。すでに聞いてはいたし今日だって目にしてはいたが、その石積みの高さ10メートルは存在感がある。


「これって、堀川の外周を回ってるのか?」

「そうです。東西に抜ける川を避けて、南と北に半円ずつあります」


 フタバの説明を耳にしながら俺の目は未だ防壁にある。それこそ日本のお城建築の石垣を思わせるが、そもそもお城の石垣は台形柱に組まれていて中は土砂だ。その上に天守閣が建っている。

 しかしこの防壁は単純に壁で、それだけで独立していた。確かに平面が半円になっていることで安定感は増すが、ち密に積まれたこの壁に脱帽する。


 壁の上部は屋根こそないものの物見櫓のようになっていて、見張りの兵士がいる。背中には矢があって、手には弓を持っていた。どうやら、火薬類はないらしい。


「隣国が攻めて来たら攻撃するのか?」

「そうだ。それから街への周知と、応援兵士を呼び寄せる役目だ」

「それほど戦争の脅威があるのか?」

「あぁ。当国は資源大国だ。だから狙われる」


 なるほど、フタバと地盤の話をした時に聞いてはいたが、山国のこの国は山そのものが資源か。法律を制定してまで掘削を制限しているわけだから、それほど資源を大事にしている。つまり……。


「それで鎖国ってことか?」

「そういうことだ」


 これもフタバから以前聞いてはいたが合点がいった。自給自足が基本で、加えて密輸である程度の潤いを持たせている。この国の資源も少しは北のヤン国のブローカーに流しているのだろう。


 河川敷に立った俺は川の方に意識を変えた。透明度の高い綺麗な水だ。川底が見えるから水深は思ったより深くないように感じる。とは言えあくまで見た感じよりはという意味であって、幅があるから深いことに変わりはない。


「あれって、橋か?」

「そうです」


 俺が目に留めたのは木造のアーチ橋だ。幾つものアーチを築いて幅の広い川を渡り、防壁に向かっている。そしてその先の防壁には大きな木製の重そうな扉がある。


「あの扉は?」

「関所です」

「鎖国なのに人の出入りが認められているのか?」

「はい。受け入れられる亡命者用です」

「受け入れられる?」


 俺は鸚鵡返しにフタバに聞いた。フタバはどこか遠い目をしており、説明はリンが引き継いだ。


「資源がある当国は豊かな生活を求めて亡命を希望する者がいる。例えば、技師や軍事参謀など、能力の高い人間に限って受け入れている。このフタバも亡命者だ」

「え?」


 そう言われてフタバを見ると、彼女の目は遠いままだった。それに構わずリンが続けた。


「フタバの場合は父親が医者で母親が看護師なんだ。だから医療技術を期待して受け入れられた」

「そうです。父も母も今は総合病院で働いていて、その職員寮に住んでいます」

「一緒に暮らさないのか?」

「亡命者の家族は亡命から5年間は離して生活させられます。私の場合は高校を卒業と同時に5年で、それから一緒に暮らせます」


 つまりスパイの可能性などが排除できず、その5年間で信用を得るということか。


「でも歩いてでも行ける距離ですから、時々面会はできています」


 気丈に笑ってそう言ったフタバ。確かに総合病院も学校も山頂にあるから納得だ。あぁ、だからフタバは寮生活か。今まで気にしていなかった。


「逆にこの国から出ようとすると厳罰が下る」


 リンが続けた説明にゾッとした。


「いるのか? そんな人?」

「大抵は大学進学を目指して南か北のどちらかに亡命する学生だ。読み書き自体はこの国が発祥だが、昔当国に紛れていた間者が隣国に伝えてしまい、隣国との学力差は開く一方だ」


 なるほど、と思う。


「家族もろとも亡命するならまだしも家族を残して亡命した場合は、残った家族がこの国に唯一ある身分制度の最下層、下級市民に格付けされる。犯罪者などが落ちる身分だ」


 それはなんと、裾野地域で人格を無視されて家畜同様に働かされることらしい。つまり奴隷だ。ただ、その裾野地域でも奴隷以外は人権を認められた豊かな生活を送れるから、他に身分制度はないと言える。政治などの権力自体はあるが。


 話を聞いた俺は調査に意識を戻した。まず喜ぶべき調査結果が1つ。川砂が綺麗だ。粒度が細かくて指通りがいい。これは間違いなくコンクリートの原料にすることができる。

 対岸は水圧によって岩となっているが、あれは採掘しない方がいいだろう。砕石として使いたかったが川の幅を悪戯に広げてしまい、防壁に寄るから却下だ。


 次に俺が案内してもらったのは放牧区。畜産業だ。ここにもいい発見があった。羊毛だ。尤も毛布や布団があったのだから、どこかで手に入るとは思っていたが、これで断熱材の材料を確保だ。


 そして次が西の林業区。ここは本当に素晴らしかった。丈夫なスギやヒノキが豊富にあり、木材の調達には事欠かない。何より、その加工技術が素晴らしい。日本のプレカット技術並みだ。ただ加工の動力が電気か石炭なので、発注から時間はかかるとのこと。


 次に赴いたのは北の工業区。ここで俺は一番驚いた。


「これ、シリコンか?」

「そうだ」


 得意げになって言うリンだが、そもそもシリコンという言葉が通じて良かったと胸を撫で下ろす。さすがは仮称平行世界だ。

 シリコンを発見したことでもしかしたら2つある懸念事項のうちの1つ、配管が解決するかもしれない。この国にビニールやプラスチックはない。これは先の聞き取り調査でわかっているし、原料もないことが既に判明している。

 ただし、配管にするには色々障害がある。


「この国でお湯ってどうしてんだ?」

「お湯は電気で沸かしています」

「寮の大浴場はさすがに無理だろ?」

「一般家庭は薪風呂か石炭風呂ですが、寮は温泉です」


 なんと、源泉があった。本当に火山国ではないのか? 疑わしいが、まぁ、地盤がよほど固いから影響がないのだろう。


「温泉の配管は?」

「北から輸入した鉄です」


 鉄か。腐食が心配だ。それでも鉄の入手ができるとわかってこれはポジティブだ。

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