第6話 製図道具

 清々しい朝だ。窓から差し込む日光も心地いい。


 俺はフタバのベッドで寝た。今フタバは俺の腕枕に収まりながら天使のような寝顔を浮かべている。お互いに服は着ていない。

 元の世界では俺が思いを寄せていた住田双葉と瓜二つのフタバ。36歳の俺が17歳の体になって、そのフタバと合体したのだ。この高ぶる気持ちを何と表現したものか。


「交わりってとても素敵なことなんですね」


 これは昨晩2回目と3回目の間の賢者タイムの時、俺の腕枕に収まるフタバが言った言葉だ。愚息の回復も早いしスタミナもあるので、17歳の身体最高だと思う今日この頃。

 その時の会話でフタバは俺の彼女にもなってくれた。転移初日でいきなり彼女ができてよだれが出そうだ。


 ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ。


 寝顔の可愛いフタバの顔中にキスをしまくる俺。するとフタバはくすぐったそうに顔を歪め、やがて起きた。


「あ、トモ君。おはようございます」


 一瞬だけ目を合わせたフタバはそんなことを言いながら俺の胸に顔を埋めた。耳が真っ赤なのでこの状況が恥ずかしいのだろう。そんなフタバの頭を優しく撫でて俺も「おはよう」と言った。それから少しして2人ともベッドから起きた。


 今日は製図道具を集めるつもりだ。鉄筋コンクリート造4階建ての図面だから、数十枚用意しないといけないと思う。しかもCADソフトどころか、パソコンだってないから全て手描きだ。


「フタバ、今日から製図を始めるけど、フタバも覚える?」

「え? 教えてもらえるんですか?」


 部屋で朝食を取っている時の会話だ。フタバはそのクリクリした瞳を輝かせている。


「そりゃ、アシスタントだからもちろん」

「嬉しいです! なんでもやります!」


 やる気があって微笑ましい。とは言え手描きだ。学生時代と建築士の試験でしかやったことがない。CADに慣れている俺なので、これにはげんなりする。


 朝食後、俺とフタバは二手に分かれて製図道具の調達にかかった。フタバは定規となりうる真っ直ぐに線を引ける道具に心当たりがあるとのこと。俺はそれ以外の道具調達のため、シイバ家の屋敷に出向いた。


「これは、これは、親善大使様!」


 出迎えてくれたのはリンの父親でシイバ学園の理事長。そしてその脇で――脇と言っても上座だが――愛想のいい笑顔を見せるのは市長で、このカケモリ市国の首脳であるリンの祖父だ。俺はかなり丁重に扱われている。


「測量も終わったので、今日は製図道具を見繕いたくて相談に来ました」

「お仕事が早いですな。全面協力をしますので、何でもご所望ください」


 そう市長に言われて俺はリンの部屋に通された。女の子の部屋……なんて浮ついた気持ちはない。メイドが2人しっかり付いて来ているから。

 とは言え、お嬢様。この屋敷は組積造ながら太い丸太梁を架けて屋根を構築しているので、2階にあるリンの部屋は広い。ベッドやタンスなどは高級感があり、カーテンもお洒落だ。

 俺が室内を見回しているとリンが言った。


「何がほしい? トモ」


 やはりこのリンだけはどこか高圧的だ。まぁ、こういう性格なのだろう。美人だから気にしないけど。


「画材のベニヤパネルが2枚と、幅10センチくらいの木の板がほしい。木の板は、30センチと40センチが2枚ずつ取れる量」

「お安い御用だ。他には?」

「筆記用具に紙をできるだけたくさんと……それから直角定規ってあるか?」


 直角定規には心当たりがないのかリンはメイドに目配せをした。するとメイドが言う。


「工業区に行けば、三角のそのような道具を使っている職人がいると思います」

「調達に行ってくれるか?」

「畏まりました」


 リンとメイドの間で話は決まった。するとすぐにメイドが部屋を出ようとするので、俺が待ったをかけた。


「それって目盛あります?」

「それは普通の短冊定規だけですね」


 それなら測量の時に使った1メートル定規と同じか。とは言え、製図にあの長さは使いづらい。


「30センチか20センチくらいの短冊定規は?」

「それも工業区にはあると思います」

「あ、じゃぁ、それもおなしゃす」

「畏まりました」


 今度こそメイドは部屋を出た。するとリンがもう1人残ったメイドに目配せをして、そのメイドも部屋を出た。恐らく工業区以外からの調達に走るのだろう。とは言え、これで女の子の部屋に2人きり。少しだけドキがムネムネしてきた。


「ところで、トモ? 図面はどれくらいでできる?」

「フタバの覚えるスピードにもよるけど、2カ月くらい?」

「1カ月で描け」

「無茶言うな――」

「そう言えば」


 俺の言葉を無視してどこか不敵な笑みを浮かべたリン。なんだ、この今にも揶揄うぞという視線は。


「フタバとはヤッたのか?」

「ぶっ!」


 吹いた。尤も何も口には入っていなかったが。


「そう言えば! お前な、女子棟なら女子棟って言えよ! びっくらこいたわ!」

「ん? 言ったぞ? 鍵を渡す直前に」


 そうだったのか……。聞いてなかった。


「で? ヤッたのか?」


 なんなんだ、このお嬢様は。そういう下世話なネタが好物なのか? 昨日の朝は愚息を確認した俺に対して恥じらいを見せたくせに、人のネタになると突っ込んで聞いてくるのか? ん? 突っ込む?


「そうだ! 取引をしよう!」

「ほう、私に取引を持ち掛けるとはいい度胸だ」

「図面を1カ月で描く。それができたら中間ご褒美をくれ」

「それは校舎の完成とは別の褒美ということか?」

「そうだ」

「いいだろう。但し、私だけで叶えられものだぞ」

「問題ない」


 くっくっく。俺は今内心ほくそ笑んでいる。


「で? フタバとはヤッたのか?」

「ヤッた」

「きゃっ!」


 途端に顔を真っ赤にして口元に手を当てて驚くリン。なかなか可愛い反応じゃないか。


「付き合っているのか?」

「そう言う話になった」


 食いついて来るなぁ。て言うか、俺の興味は自分の話をすることにはない。


「因みに中間ご褒美の希望はもう決まってるんだが?」

「なんだ? 言ってみろ」

「お前も俺の彼女になってヤラせろ」

「……」


 半口を開けたまま固まるリン。やはりだ。こいつは人のネタは食いつくくせに自分のこととなると初心だ。しばらく固まっていたかと思うと、途端にモジモジし始めた。


「お、お、お、お前は私も彼女にしたいと言うのか?」

「そうだが?」


 開き直った俺は随分横柄な態度だ。自覚できる。ゲス俺。


「ひ、非常識だぞ、女を2人もなんて」

「だって2人とも可愛いんだもん」

「かぁぁぁぁぁ」


 リンの顔から今にも蒸気が上がりそうだ。


「わ、わかった。お前は親善大使様だ。私でお慰みになるなら、そしてそれが意欲になるなら、その取引を甘んじて受ける。フタバには私から言って理解を求める」


 いえーい! さすがは学園を牛耳る生徒会長。根回しも完璧だ。


「但し! 本来こんなことは倫理に反する。私とフタバだけにしろ」

「わかった。それは約束しよう」


 とは答えたものの、親善大使を利用してハーレム実現の目論見は外れたからガッカリだ。いや、ハーレムの定義は複数だからこれもハーレムか。まぁ、本当に可愛い2人だからここは理解して飲み込もう。


 と言うことで俺は翌日から、学校が始まって授業がありながらも1カ月で図面を完成させた。フタバの覚えが早かったのも助かるし、フタバが調達したのはなんと天然樹脂。それによる定規は綺麗な直線が引けた。


 それで6月になったある日の放課後、俺は意気揚々と図面一式――設計図書せっけいとしょと言う――を持って生徒会室に出向いたのだ。

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