第5話 敷地測量
中腹の街の代表的な場所は見たので、午後からは建築用地を測量することになった。
ここで驚いたのがリンの根回しだ。既に学園理事長である父親と市長である祖父には話をつけたらしく、全面バックアップを約束された。広大な学園敷地の一部を建築地として与えられ、必要な道具はシイバ家のメイドが全て用意してくれた。
とは言え、巻き尺はない。もちろん測量機器もない。精度は不安だが、平板測量の放射法にて敷地の形状を出すことにした。用地に障害物がないことが幸いだ。
測量結果を即その場で図面化する平板測量。その敷地形状を書き込む平板は絵画のベニヤパネルを使い、巻き尺の代わりは糸だ。最長の定規で木製の1メートルものしかないためだが、それに巻き付けて距離を把握するしかない。
しかし定規が木製。見た目は昭和の匂いを感じる竹尺定規みたいなものだが、ここに竹はない。あくまで木製の定規だ。木は含水率によって伸縮するし、乾燥すれば反る。やはり精度は心もとない。
ベニヤパネルの水平は校舎の理科室から拝借したガラスの実験器具を応用して確かめた。
この日は土曜日だが、学園理事であるシイバ家の全面バックアップがある。メイドに難なく校舎を開けてもらい、理科室からペトリ皿と、底が外から見て半球体に窪んだ瓶があったのでそれを持って来た。そしてペトリ皿に水を満タンに入れる。
「これでどうやって水平を確かめるんですか?」
「まぁ、見てな」
ベニヤパネルに水の入ったペトリ皿を置く。その中に瓶を沈める。すると気泡が入る。どれだけ満タンに水を入れても取り除く方が難しいこの気泡が重要だ。その気泡の位置を瓶の口から覗きながら、俺はベニヤパネルを調整した。
「わっ、気泡が真ん中に来ました」
瓶の中を覗いたフタバが声を弾ませた。気泡は見事瓶底の中心にある。
「これでこのベニヤパネルは水平だ」
「なるほど! 気泡は真上に向かうから中央に寄った時が水平なわけですね」
「そういうこと」
ベニヤパネルが水平になったので、次は紙を据える。ここの紙は和紙に近くて上品だが、筆記はしやすそうだ。それを針で留める。
そして紙の中央に置いた点が今ベニヤパネルを据えた点で、そこにも針を刺し、更にそこから用地の折れ点に向かって糸を伸ばす。すると方角が出て、その糸を1メートル定規に巻いていき距離を知る。俺がパネルの位置に、フタバが折れ点に向かって測量を進めた。
「すごい! これが今回建てる敷地の形なんですね!」
100分の1の敷地の平面形状が描かれたベニヤパネルを見て、フタバが感嘆の声を上げた。それに対してちょっとだけ得意げな表情を見せる俺である。
「さすが、トモ君ですね! 水平を見たり、測量をしたり」
うむ、平行世界初日は快晴。そう、まだ初日だ。命を一度捨てたと思うと、案外馴染むのも早いものである。
敷地の形状が出たと言うことは、建物のボリュームを決められるので次はプランニングだ。これは寮に戻ってから取り掛かった。とは言え、片廊下で日当たりのいい南面に教室を持ってくる単純な間取り。そう時間はかからなかった。
ただ、日本の建築基準法の単体規定と構造規定だけは留意した。集団規定は無視だ。
因みに集団規定とは都市や地域に係る法律。お隣さんの日光を阻害するなだの、道路から見た開放性を保てだの、敷地に対する過密建築をするなだの、周辺住民とのトラブル防止が目的だ。
単体規定は建物内部の避難経路に関わることや、他に衛生維持や燃えにくさの確保などだ。コンクリート造のつもりだからそもそも燃えにくいし、衛生に関しては今後市国の取材を重ねる。避難経路は階段を分散して複数計画したから問題ないだろう。
あとは構造規定だ。ここは地震があるから日本並みに考えたい。とは言えソフトもないから正確な構造計算まではできない。だから雛形と言える丈夫な設計を心がける。
「うーむ……」
「ご飯できてますけど、休憩にしますか? お持ちしますよ?」
俺が唸るとフタバがそんなことを言う。どうやらこの寮は1階の食堂で食事を取っても、部屋に持ち込んでもいいらしい。窓の外を見ると空はもうコバルトブルーになっていた。
因みに俺は今、フタバの学習デスクを拝借してプランニングをしていた。フタバは邪魔をしないようにと気を使っていたのか、これまで話し掛けることなく黙って俺の手元を見ていた。
そんなフタバがしばらくしてトレーに載せた2人分の食事を持って来た。俺はリビングに移動して、テーブルでフタバと食事を始めた。
「トモ君、さっき難しそうな顔をしてましたけど、どうしたんですか?」
「うん……」
俺はこの日の食事を口に運びながら答える。
「ここの地盤って硬さはどうなんだろうな?」
「地盤ですか?」
「うん。地震国だから下に活火山があるとか?」
「それはないような気がします」
「そうなの?」
「はい。南のソウ国には活火山があってもっと地震大国です」
なんだそりゃ。ここで既に日本レベルだと思っているのに、ソウ国はそれより酷いのか。
「因みにこの市国があるカケモリ山は――」
初めて山の名前を知った。その山全体が市国ってことか。
「全て資源の山です」
「あぁ、なるほど」
だからガラスの原料である珪砂とか、石炭の発掘ができるのか。それでも農業や林業も営んでいるから、それだけ開拓したということだろう。先人たちの遺産だな。
「けど、それだと困った。地下は空洞だらけか……」
「それもありません。鉱業が認められているのは裾野地区の東部だけです。それ以外の地区は破壊防止を目的として、資源の掘削をしてはいけない法律があります。それから地盤でしたら鉱業地域以外、大抵どこも1メートルも掘れば先へ進めないほど硬いです」
なんと! それは朗報である。杭補強や地盤改良がいらない。しかし疑問も湧く。
「それならなんで鉱業地区は掘れてるんだ?」
「稀にある柔らかい場所を探してそこを入り口にしているのです。その入口より水平か下にしか進めません。そういう地中ルートがあるようです」
そんな風になっているのか。とにかくこれで設計に関する不安材料はなくなった。次は製図だ。
「ところでトモ君?」
「ん?」
俺はフォークを咥えたまま反応する。因みにこのフォークも木製だ。銀がないのだろう。それならせめて箸が欲しいのだが。
「今晩はどこで寝ますか?」
「ん? どこってそのがらんどうの部屋は俺にもらえないの?」
そう、まだがらんどう。だから学習デスクはフタバの部屋のものを借りていた。シイバ家が追って用意してくれるそうだが、とりあえず今日のうちに与えられたのは1組の布団だけだ。
「その……、床に布団を敷いて寝るのも可哀想ですし……」
と言いながらモジモジして顔を赤らめるフタバ。
「良かったら私のベッドで一緒に寝ませんか?」
吹きそうになった。しかしここは堪えて冷静に言う。
「ははは。俺、精神年齢36歳。そういうことは冗談にならないから次からは言っちゃダメだかんな」
「じょ、冗談でなんて言ってません!」
フタバは力んだ様子で向きになった。なぜだ……?
「シイバ家の占いで親善大使様が現るって聞いて、それからずっと憧れてて、今回私から同室を申し出ました」
「そうだったの!?」
「はい。もし、その……、私なんかでもお慰みになるなら喜んでこの身を捧げます」
「は!?」
「お慕いしておりました。お会いする前からずっと」
「……」
言葉を失ったのはこの食事の席だけだった。
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