第4話 現場検証

 フタバ・スミダと名乗った女の子はどう見ても俺の高校時代の同級生、住田双葉と瓜二つだ。長いまつ毛にすべすべの肌。髪はセミロングでストレート。とにかく素朴で可愛らしい。何を隠そう、俺が高校時代に密かに思いを寄せていたのが住田双葉だ。


 しかし住田は社交性がなく地味だった。放課後なんかはよく1人で図書室にいるような生徒で、だから学校中の男子どころか、女子からだって見向きもされなかった。

 俺はたまたま居合わせた放課後の図書室で、本を読む住田に目を奪われた。夕日に照らされた住田がそれはもう神秘的で、俺はあっけなく惚れた。


 ただ地味で社交性のない住田で、且つ俺が人に言わなかったので彼女に惚れていたことは誰にも知られることはなかった。しかも当時の俺が情けなくも臆病だったので、気持ちを伝えぬまま卒業した。


 一方、今目の前にいるフタバは超がつくほど社交的だ。ハキハキと俺の目を見て話し、手に取るように性格が明るいのだとわかる。因みに名前呼びを迫られてフタバと呼んでいる。


「さっきシイバ家のメイドさんから電話があって、親善大使様の面倒を色々見てくれって言われてます」


 ソファーの俺の隣に腰かけ、屈託のない幼気な笑顔で言うフタバ。

 まずここは科学が発展していないことを教えてくれた。と言っても、フタバからの情報を精査して俺なりに見解をまとめたに過ぎない。ただ文明の発展が遅れてはいるが、電気は通っているらしい。だからアナログ電話もある。

 とは言え、鉱山から取れる石炭による火力発電なので、この都市の居住用と産業区用程度だ。程度というのは、一番電力を使うであろう工業区には作業場から町工場ほどの規模の建物しかないからだ。

 2階建てが限界で、広い部屋が確保できない木造建築か組積造の建物だけなので納得だ。


 そしてフタバは俺のアシスタントを買って出ている。つまり親善大使とやらの職務だ。その親善大使に関われることが光栄らしく、俺は持ち上げられている。なんだか恐れ入る。それがくすぐったくもあるのでこれは言っておこう。


「あのさ、親善大使様ってやめてくんない?」

「え? すいません! 失礼でしたか!?」


 すると途端に立ち上がり、腰を直角に折るフタバ。俺まで慌てて立ち上がった。


「ちょ、顔を上げて。話ができないから」


 そう言うとフタバは申し訳なさそうに眉尻を垂らして顔を上げた。そもそもソファーの俺の隣に座るのも最初はおこがましいとか言っていたのを、俺が強く言って座ってもらったのだ。なんなんだ、一体。


「何も失礼なことはないから」

「ほ、本当ですか……?」

「うん、本当。俺としてはその呼ばれ方が恐れ多いんだよ」

「え? ご謙虚なんですね」


 謙虚の謙譲語ってご謙虚だっけ? まぁ、いいや。


「フタバだって名前で呼んでくれって言っただろ?」


 やはりこの市国ではそれがベーシックらしい。


「だったら俺も親しみを込めて、名前で呼ばれたい」

「そ、そ、そ、そ、そ、そんな! 滅相もありません!」


 フタバが目をギュッと瞑り顔の前で大げさに手を振るものだから、やれやれと思う。ただ元いた世界では惚れただけあって、さすがにその仕草もこの人間性もメチャクチャ可愛い。


「頼むよ。親善大使からのお願い」

「うぅ……、お願いですか……?」


 あぁ、俯き加減で頬を赤く染めての上目遣い。それは止めてほしかったな。ドキがムネムネするよ。キュンってやつ。キュン!


「うん、お願い」

「じゃ、じゃぁ、トモヒロ様……」

「様は却下」

「えええ……。敬称なしなんて……滅相もございません」

「俺が嫌だもん」

「せめて……、トモヒロさん」

「却下」

「うぅ……。じゃ、じゃぁ、トモヒロ……くん……」

「かぁぁぁぁぁ」


 可愛い。なんなんだ、この天使は。その上目遣いでずっと見つめられたい。


「もう一声! トモくんならどう?」

「え? そんな呼び方がいいんですか?」

「うん!」

「じゃ、じゃぁ、トモくん……」


 ………………萌えた。


「ところで気を取り直して。俺のアシスタントをやってくれるの?」

「それはもちろんです! 同室なんですからどんどん使ってください!」

「なるほどね」

「……」

「……」


 フタバはニコニコしている。敬語は抜けないんだな。まぁ、そこまでガミガミ言うのもなんだしな。……ん?


「同室!?」

「え? そうですよ? もしかして私とは嫌でしたか?」

「ちが、違う! 俺とフタバが同室なの?」

「はい。こちら側は女子棟ですが、空き部屋は他にありませんし、親善大使様だから丁重に御もてなしをするようにとのことで」

「女子棟!? え、え、え、フタバはいいの?」

「はい! とっても光栄です」


 どうなってんだ、倫理観。せっかく女子棟と男子棟に分かれているのに、部屋が空いていないから男女同室? これも親善大使とやらの期待? 特権? ネームバリュー? よくわからん。


「そうだ! ここでお話しているだけなのもあれですし、良かったら今から現場検証に行きませんか?」

「現場検証?」

「はい。お話していて、しん……トモ君はこの市国の文明を把握されたいように感じましたので」

「おお! 確かに! 行く! 行く!」

「良かった。それなら街中をご案内しますので、ランチも商業区で済ませましょう」


 うほい! あの住田双葉とデートだ。けどここは冷静に。


「うん、そうしよう」


 と言うことで俺たちは寮を出た。


 結論から言うと街に出ての現場検証はやっておいて良かった。何が一番良かったって、エスコートしますと言ってフタバが歩きながら手を握ってくれたこと。本当にデートだ、うえーい!

 それから建築様式とこの街の移動手段。


 まず建築様式だがやはり木造か組積造。木造の基礎は束基礎で石の上だ。そんなんじゃ地震が来たら倒壊だし、それこそ本当に3年しかもたないぞ……。

 因みにフタバによるとこの国に地震はある。小規模なのは年に数回程度で、大規模なのは十数年から数十年に一度。日本と一緒だ。そしてやはりその時は倒壊する建物が多数あるとか。


 それから台風はない。積雪も10センチ以上は積もらない。しかし季節風はあり、それが富士山の地形のため強く吹き下ろす。それで屋根の表面が飛ばされるとか。


 次に移動手段。専ら人の足か自転車。山頂直下こそ急な坂だが、広大な面積があるので、中腹からはそれほど急勾配を感じない。現に俺はフタバと並んで自転車を漕いでいる。自転車を停めて細い路地を歩く時に手を繋ぐといった感じだ。

 路面は土砂か石畳。これで俺は確信した。この国には原油による技術がない。アスファルトも然り。化学繊維の一切ない服も然り。もちろん自動車なんて走っていない。上流家庭に馬車があるくらいだそうだ。


 それから食べ物は加工品もある。主食は米で、その他は肉と野菜と川魚だ。果物はまだ見ていない。


「と言うことは、塩や砂糖はどうしてんだ?」

「それは密輸ですね」


 ランチの席でそんな回答をしてくれたフタバ。密輸か……。


「この国は鎖国をしています」


 これは納得だ。10メートルもの防壁があるのだから。つまり国交は閉ざされている。一方、密輸はあるということか。


「元は北のヤン国のブローカーが関所を抜けて闇取引をしていたんです。国はそれを取り締まっていました。しかし、やっぱりその取引は魅力的なんです。だから今では国が管理をして密輸をしています」


 国が管理をしているのだから本来密輸とは言わないのだろうが、しかしそう言うということはヤン国の側に対してのことだろう。俺はそう悟った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る