第2話 地形と発注
やっぱりここは平行世界だという疑念が増した。まずは朝食の席でのこと。リンからの話だ。
ここはカケモリ市国で、面積は地図を見せてもらったところ、恐らく300平方キロメートルくらい。とある政令指定都市と同じくらいの広さと言ったところだ。
そしてリンはカケモリ学園の生徒会長。俺がいた世界の掛守高校でも生徒会長をしていた凛だが、そもそも掛守高校は県立高校で、生徒会は言わば教職員の家畜だ。人のいい凛が半ば押し付けられる格好で会長に就任した。
しかしこの世界の掛守高校はリンの父親が理事長を務める学校法人シイバ学園カケモリ学園高校。略してカケモリ学園。私立だ。そしてリンは生徒に崇められた学園の実権を握る生徒会長。本人談だ。
因みにここはリンの自宅。俺は客用の寝室に寝かされていたそうだ。土曜日にも関わらず、家族は皆仕事でメイドしかいないとか。
て言うか、曜日がずれている……。まさか平成11年と同じ曜日カレンダーだったりして……。
それにメイドって何だよ? つまりお嬢様か?
「あぁ、私の祖父が市長だからな」
「ふーん。…………ん? 市長!?」
俺は口に含んでいた米を飛ばしてしまった。因みに食べ物は元の世界とあまり変わらない印象。
俺が驚いた理由。それは市長と言う役職だ。ここは市国だ。つまり市長とは国の首脳を意味する。そんな驚いた俺に対してリンは事も無げな様子だが。彼女はもう朝食が済んでいるようで、俺の向かいでただ俺の食事風景を眺めて話している。
そして俺、親善大使。客室でのリンの話にあったように技術の伝承を期待されているらしい。そんな大使だから俺は市国民から一目置かれ、国中から崇められた存在なのだとか。恐れ多い。と言うか、そんな立場ならリンの高飛車な態度はなんだ? 性格なんだろうが。
やがて食事を終えた俺はテーブルを挟んだままリンに言う。
「そうは言うものの、俺が伝えられる技術なんてたかが知れてるぞ?」
「何もないのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「何ができる?」
「何ができるって言うか、建築の知識がある」
「なんと!」
するとリンの目が見開いた。明らかに食いついているが、そんなに喜ばしいことだろうか?
「トモ、すぐに出かけるぞ」
「は? なんだよ?」
突然リンが席を立ちテーブルを回り込むと俺の腕を引っ張った。
外出用の服に着替えさせられて俺はリンと一緒に屋敷を出た。そう、屋敷だ。客室を出てから薄々感じていたが、屋外に出て確信した。リンの家はでかい屋敷である。しかしこの世界、服が地味だ。たぶん綿。柄もあったものじゃなく、作りも単調だ。
「それしかないのだから文句を言うな」
「はぁ……、はぁ……、わかったよ」
俺たちは急な坂を上がっていて、俺の方は息も上がっている。リンは涼しい顔をしているので、慣れているのだろう。
そしてリンはそれなりに華やかな服だ。ミニスカートで長袖のシャツだが、やはり綿のようで化学繊維と比べればその分だけ華やかさに欠ける。それでも麗しいし、ヒラヒラする絶対領域が気になりついつい下から見上げてしまう。
「ここだ」
すると到着したのは学校。リンが通うカケモリ学園で、2階建ての木造校舎だ。そしてリンと肩を並べて立った校庭の端で俺はその絶景に言葉を失う。
「ここがカケモリ市国の中央で山頂だ」
山頂と言うだけあって眼下には街が広がる。確かに地図で見せてもらったとおりではあるのだが、実際に目にしてその光景に目を奪われた。
山頂はかなり広い平地になっていて、北半分が市国の行政機関、そして南半分が学園都市だ。そのどちらにも食い込む形で総合病院がある。学園都市は幼稚園から高校までが整備されている。
中腹は居住区と商業区が山頂を囲うように巡っている。南側に居住区が集中しているから、この世界も太陽の南中があるということになる。リンに聞いたところやはりそうで、日は東から昇るとのことだから俺がいた世界と遜色ない。
そして商業区や居住区だ。それは俺が住んでいた頃の掛守市を思い出させる街並みだ。整った街区に住居が立ち並び、商店街が軒を連ねる。地形自体はまったく違うのだが、これで俺はここが平行世界だとより強く思った。
ただ大きな違和感がある。中層から高層の建物が一切ない。掛守市には少なくとも中層の分譲マンションはあったし、ショッピングモールもあった。これは相違点だ。もしかして平行世界ではなく異世界だろうか? その疑念も完全には晴れない。
更に言うと、この頂上はほぼ円形でその周りを街が巡っている。その中腹の街の更に周囲、つまり裾野は産業区だ。今は南に立っているから見えるのは農業地帯。西は木が生い茂っていて林だ。
「西の林が林業地帯、その両側に畜産業の部落がある。そして南と北の広い地域だが、南が農業で、ここから見えない北が工業だ。それに挟まれた真東が鉱業地帯で資源を採掘している」
「俺が発見された場所?」
「そうだ。東の炭鉱の入り口だ」
ここは正面から見たら富士山のミニチュア版に見えるだろう。それは山頂から綺麗に円形を保って裾野まで広がり、そんな中で都市計画が成されている。少なくとも鉱業、畜産業、林業は掛守市にはなかった。
ざっと見た感じ自動車は走っていないし、この建築様式だ。俺の世界より文明が遅れているように感じる。
「あれって、なんだ? 川?」
俺の目が捉えたのは農業地帯の更に奥、青く見えた線だった。
「そうだ。堀川だ。幅1キロある」
「1キロ!?」
驚いて声を張ってしまった。ただここまできて漸く思うが、数値の単位が同じで助かる。それから言語も。
「その川の奥ってなんだ? 人工物?」
「あぁ、防壁だ」
「防壁?」
この後のリンの説明で俺は驚いた。このカケモリ市国は北のヤン国と南のソウ国に国境を接し、その2国に包囲された位置にあるそうだ。そして両国が攻めてこないように防壁となる石壁を築いた。その高さなんと、10メートル。
「ひぃ、すげー。この世界では人間の飛行技術はないのか?」
「ないな。鳥のように飛べたら夢のようだ。トモの世界にはあったのか?」
「人間が飛べるわけじゃないけど、人間を乗せて飛ぶ機械ならあった」
「なんと! その技術を教えてくれ!」
「無理だ。専門外だ」
「そうか……」
あからさまにガックリ項垂れるリン。こればかりはどうしようもない。とは言え、上空から攻められる心配がないことはわかった。
「トモは建築の知識があると言ったな?」
「そうだけど……」
「この校舎を見てどう思う?」
顔を上げたリンはすぐさま振り返って木造2階建ての校舎を眺めていた。改めて見るとこの校舎、とてつもなく広く棟の数が多い。一体何人の生徒がいると言うのだ? それはさておき、俺は感想を述べた。
「うーん。みすぼらしい」
「そうか。トモならどうする?」
「4階建てにする」
「4階建て!?」
リンの目が見開いて俺を見た。やはりか。この世界には高層建築の技術がない。眼下に広がる街の建物も然りだ。
「うん。4階建て。それなら健常者に昇降機がいらないと言われる限界の階数で、今より上に積める分、単純計算で建物を建てる土地の面積が半分で済む」
「それは壮大だな」
「乗り気?」
「当たり前だ! そんなことができればここにもっといろんな施設を寄せ集められる」
確かにそう思う。とは言え、この学園の敷地はかなり広大だ。そんな風に眺めているとリンは言った。
「トモ! 校舎を建ててくれ!」
「はいぃぃぃい!?」
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