第5話 とっぴな事件

第6話 とっぴな事件




 会議と言うと、昼間が多いのだが、この会社では違うのだ。

夜中だった。


さすがに残業で会議はつらいものだが、仲間がいると、ささやかな夕食を食べながらだから、我慢もできるものである。

しかし、優良な企業はささやかさが違う。

食事は、取り寄せのコース料理。すばらしいものだった。

「社長、今回は何を調べていたんですか?」

若手の男性研究員が、味を楽しんでいたかは疑問だが、一番に食べ終えてから、初めて今回の会議の内容を聞いた。

「いやぁ、ここ数年のありえない事件特集を調べていたんだが、おもしろいよ」

「それいいですね。いつの話ですか?」

「もう、ずっと昔の話でねぇ。記録を調べていたところだよ。みんな、ゆっくりコーヒーを飲みながら聞いてくれたまえ」


事の始まりは、一組の夫婦であった。


==============================================


「あなた、やめて! ごめんなさい」


まず、妻がなげとばされて、今夜も始まった。

「あたりまえだ! だれが食わせていると思ってるんだ」

彼女はただ、夕食の買い物が15分遅くなっただけで、なぐられていた。

夫は頭も秀才だし、社長だし、ハンサムで金持ちでもある。

ただ、外面はおだやかに見えるのに、暴力を振るう人とわかったのは、

結婚してすぐだったのだが、妻は誰にも話す勇気がなかった。

「許して下さい。もうしません」

「何でも許せるならケイサツはいらないんだよ。 オラッー!」

理由は何でも良かったのかもしれない。きっかけがあれば、よかったのだ。

本来、掃除に使うはずの掃除機で、今回はなぐられそうだ。

今だけ、ガマンしてなぐられたら、あとでゆっくり休める。きっと、休めるから・・・。

と、彼女は1回目の足をなぐられて、次を覚悟してじっとしていた。


==============================================


プッツン!


このタイミング? と言う時、二人の頭の中で音がしたのだ。


実は、これがこのとっぴな事件のはじまりだった。

その音が何だったのか、はっきりわからないのだが、

頭の血管が破裂して血液が広がっている感覚と、首すじをあたたかいものが流れた気がした。と、あとで聞くと大勢がそう証言している。


ちょうど、夫は掃除機のノズルを、振りおろし、妻はノズルが頭にあたれば、

正直出血するかもしれない。と、覚悟して目を閉じていたところだった。


プッツン!


============================================


すると、床に転がっていたはずの妻が、じつは自分を見下ろして、

妻自身の頭めがけて、ノズルを振り下ろしていたから驚いてしまった。

いっぽう、

「いたい!」と、叫んだのは妻でなく夫であった。いや、

今まで妻を見おろしていたのに、見上げたら自分が掃除機で殴り掛かってきたから、ややこしい。


古いDVDを取り出して、社長が言った。

「だが、事件はそこだけでは、おさまらなかったんだ。この、ニュースを見てくれたまえ」


「わたくしOOが、現場からお伝えします。入れ替わりの事件は流行しています。

とうとう殺人未遂事件までおこり、容疑者はパニクっています」

「私が、私を刺してしまったわ。どうしよう!」

「現場は混乱しています。なぜ、こうなったのか、わかりません。とりあえずマスクをしてください。ちょっと、カメラ! どこ向いてんのよ!」


================================================


プッツン!


TVの画面で、アナウンサーが、困惑している。

「??? やだぁ、どうしちゃったのかしら? 私、さっきまで運転してたんですが、この女性と入れ替わってしまったわ! オレの体はどこにあるんだよ」

うしろで、叫びながらコンビニへ突っ込んだ運転手が、

女言葉で言い訳をしていた。


「どうやら、人前では温厚そうな人ほど、このとっぴな事件には多かったんだ」

「で、その後どうなったんでしょうか?  おもしろい事もあるのねぇ。」

「うがい、マスクの推奨。そして、みんな出かけないようになったんだが、一週間ほどで収まったんだ。」

「風邪じゃあ、あるまいし・・・。それで? 入れ替わった人たちのその後も気になりますね。」


===================================================


「あぁ、最初の事件の、夫婦の話が残っていたんだ」


「妻になった夫は、もとに戻った後女性になったらしい。がまんにがまんして、

八つ当たりしてたらしいんだ。とても、悪いことをしたと供述しているよ。」

「へぇ、そうなんですか。では、奥さんはどうなったんですか?」

「夫目線で、妻を殴ってしまった妻は、殴るのが、快感になったんだよ。」


そうなのだ。誰もがそうなったわけではないが、

この事件がきっかけで、生き方が大きく変わってしまった人達がいた。

たまたま結婚したばかりの最初の彼女たちは、離婚できなかっただけの夫婦である。

それからの彼女は、努力の人と呼ばれた。

夫が女性になって、子供もいないし、居場所がなくなったからと、自立したのだ。

ボクシング、合気道、剣道、柔道を始めて、護身術を習った。


「彼女が、この研究所の創立者。ぼくの祖母なんだよ」

「えぇ!」


=============================================



それは知っていたが、そんな経緯があったなんてと、若手研究員たちは驚いた。


「さて、そこでだ。君たちに相談がある。そんなきっかけを、体験してみないかね。今度、認可がおりそうなんだよね。内緒で体験してみるのも経験だ。それに・・・データが、もっと必要なんだよなぁ・・・。」


何人かが手をあげたが・・・。そこから先はまだ企業秘密というものだ。

だ・か・ら、教えられないのだ。


                        おわり


=================================


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショート、ショート。2. 村上 K @murasakidaisuki-yuyu55kk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ