見上げた空はいつも青く美しい

@publicclane

第1話私は……

「本当に一人で大丈夫?」

心配そうな顔で颯が訪ねた。

「ええ、大丈夫。必ず戻ってくるから玄関で待ってて」

「……分かったよ」

そういうと、颯は階段を下りて行った。

降りていくときにチラリと見えた颯の顔は決して納得のいっていなさそうな顔つきだった。

「ごめんね、颯。でも、僕は自分の気持ちにケリをつけたいんだ」

しぐさは腹をくくった。

もう逃げられない。逃げてもどうにもならない事は既に分かっている。

片手に市販のチョコを持って、歩き出した。

目指すのは一年から三年の夏まで何度もアタックを仕掛けた相手一一直也の元へ。



「よぉ、どうしたんだ?急に呼び出してさ」

相変わらず能天気の男だった。

長身で短髪、何より顔が整っているため女子ウケはすごく良かった。

しぐさは今まで散々思わせ振りな態度を取られてきて心の中を掻き乱されてきた。

二回告白もした。

廊下ですれ違う度に目と目が合い、微笑んでくるため「これって……」と何度も期待してきた。

「はい、これ……」

照れ臭そうに乱雑に手渡した。

直也はポカンと疑問を抱きながら受け取った。

「何?これ?」

「なにって……、今日は何の日か知ってる?」

「まぁ、一応……バレンタインだろ」

直也は首筋を掻いた。

「でも義理だから」

慌ててしぐさが付け加える。

「だよな。お前、手作りとか出来なさそうだし」

「はぁ?僕だってチョコくらい手作り出来るもん」

しぐさは思わずムキになった。

直也は「冗談だって」と微笑んで笑っていた。

その顔を見てしぐさは久々に心の中に温もりを感じた。

「そっか……、僕はまだこの人の事……」

「ん?なんか言ったか?」

直也は不思議そうに頬を赤くするしぐさの顔を覗いてきた。

しぐさは目を合わせまいと更に顔を下にさげた。

どうしても気づかれるのが恥ずかしかったのだ。

只でさえ二人で向かい合って話しているのも大変だというのに、これ以上顔を近づけられたら平静を保ってられなくなる。

きっと、倒れてしまうだろう。

「何でもないから……、そんじゃ僕は用が済んだから失礼するね」

前髪を整えるフリをして直也の顔を見た。

キリッとした綺麗な瞳、鼻筋も整っていた。

唇も乾燥知らずに潤っている。

何度正面を向いて喋っているとき、キスしたいと思ったか。

上から目線でツンとした性格かと思いきや、たまに見せる弱々しくなって甘えてきていて

抱き締めてあげたくなったのを覚えている。

しぐさがさっきまで背を向けていた扉を開けようとドアノブに手をかけようとした時だ。

「待って、行くなよ」

後ろから急に手が伸び、肩を掴まれ抱き寄せられた。

あまりに突然だったので思わず声が出た。

状況が理解できた時、心臓が破裂しそうなくらいドキドキしている自分に気がついた。

「ちょっ、ちょっと、いきなり何なの!?」

しぐさは再び直也の方に向き直されお互い見つめあった状態になる。

いつもは笑った顔しか見ていなかったのに、さっきとは違って今度は真剣な眼差しだった。

「もっと早くにこうしたかった……」

「えっ?……ちょっとそれ、どういう事?」

理解しがたい発言だった。

当然だ。振った相手がそんなこと言うなんて矛盾している。

「悪かった。本当に悪かった。」

「だから、直也の言ってることが分かんないんだけど」

しぐさは質問した。

だが、それと同時にあることに気づいた。

直也が泣いていたのだ。

決して弱音を吐かない彼は、涙を見せることは滅多にない。

しかし、しぐさには弱いところを見せていた。

それもしぐさが直也の好きなところの一つだった。




特別扱いされていると思っていたのだ。

「本当……俺達、タイミング合わねぇよな」

泣きながら直也が笑っていた。

両肩を掴まれたままのしぐさはどうすれば良いのか分からないでいた。

やがて、直也はしぐさをまた抱き寄せた。

今度は少し強めだった。

「俺さ、高校では恋愛しねぇって決めてたんだ。愛想悪くしてれば誰も寄ってこないって思って」

直也は独りでにしぐさの耳元で震えた声で言った。

「勉強したくて、目的見失いたくなくて態度悪くしてたのにお前、お構いなしに話しかけてくるだもんな。お人好しも良いとこだよ。おまけに自分の事「僕」とか面白すぎんだろ」

直也は涙を流しながら笑っていた。

「でも、自分の芯を曲げないお前を内心「かっこいい」って俺は思ってた。実際にしぐさに助けられた事、かなりあるからさ」

いつのまにか、直也が自分の事を「お前」から「しぐさ」に変わっていたことにしぐさは気づいた。

「一回目の告白されたとき、こいつ何いってんだって思った。友達としか思ってなかった相手にそんなこと言われて、しかも後夜祭前の夕日の中の渡り廊下って……シチュエ一ション良すぎてマジびびった。同時に少し裏切られた気分にもなった。恋愛しないってしぐさに言ってたはずなのに「気持ちが抑えきれなかった」とか言い出して、正直ムカついてた」

直也の言葉はその時の思いが伝わるようなくらい力強かった。

だが、しぐさを抱いている腕の力はその逆で優しかった。

「だけどよ……」

直也が付け足した。

「それから、しぐさの接し方が変わってスゲェ意識されるようになってから気づいたんだ。こいつ、本気なんだって。そんで、二回目の告白でやっと分かった……俺もしぐさが好きってこと」

耳元で言われるその言葉は新鮮であり、ずっと言って欲しかった言葉だった。

しぐさはすぐ近くにある直也の横顔を見た。

しかし、やがて横顔は段々と向きを変え、直也の視線がしぐさの顔の正面に来るまでにきた。

お互い見つめ合った。

「俺は好きだ。しぐさのこと」

面と向かってしぐさが言ってきた言葉は今度は直也自身が言っていた。

しぐさは一つ質問した。

「だったらどうして……あの時断ったの?……」

両思いだと分かった二回目の告白でどうして同意してくれなかったのか、しぐさには理解できなかった。

「俺は勉強も部活も恋愛もって、器用にこなせるような奴じゃない。現役で大学に受かるためには全てを放り出してでもやらなきゃって思ったから。俺は不器用だから。だから、俺のこと待ってもらわない方が良いって思ったんだ。けど……、違った。気持ちはどんどん強くなる一方だった。声を聞くだけで、名前を呼ぶだけで、目が合うだけで、姿を見るだけで、好きって気持ちが強くなってるのが分かった。他の男と話してるとこ見ると胸が張り裂けそうだった。実際、滅茶苦茶苦しかったんだ。振ったくせに一丁前に嫉妬してた」

次々と胸の内を明かす直也。

言いたいことを言い切ったのか、ぐったりと寄りかかるようにしぐさの肩に顔を埋めた。

やがて、膝から崩れ落ちた。

必死にしぐさは直也を支える。

直也の顔は今やしぐさの胸に当たっているが、それどころではないしぐさはもはや気づいてはいなかった。

「ちゃんと、言ってくれてありがとう。僕、もう嫌われたのかと何度も落ち込んだんだからね。なんかさ確かに僕達、タイミング合わないね。こんなに近くにいるのに解りあえないんだね……」

「それって……」

しぐさは少し悲しい顔をした。

同時に直也は目を大きくさせ、聞いた。

しぐさは直也が何を言うのか悟ったように小さく頷いた。

「彼が待ってる……もう行かなきゃ……」

しぐさは直也に微笑んだ。

その笑顔に裏はないのだとはとても言い難かった。

しぐさは立ちあがり、今度こそドアノブに手をかけ、扉を開いた。

扉から光が漏れ二人を照らした。

しぐさは階段を下りながら窓を覗いた。

玄関の方で颯が心配そうな顔つきで胸に手をやっていた。

「あははは、優しいな」

そう呟いて残りの階段を掛け下りて後ろから抱きついた。

「待たせてごめんね‼」

「ううん、全然」

上履きから靴に履き替え、玄関を出た。

すると、颯が手を差しのべているのが見えた。

「手、繋ごう?」

一瞬、直也の顔が頭を過ったがもう決めたことだ。

僕は颯と一緒にいたい。

「うん、喜んで!」

二人は並んで校門まで歩いていった。

しぐさはふと、空を見上げた。

複雑な色もなく、混ざり気のない青く輝く空だった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見上げた空はいつも青く美しい @publicclane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ