*ただしイケメンに((ry問題 part2

「まあ,そんでどうすんのさ」

「そーだねえ」

岩口はホワイトボードに歩み寄り,赤いペンを手に取った。

「とりあえず,問題の整理をするとして…検討する問題は『キンモクセイは良い匂いかどうか』でよろしい?」

「うーん,それよりも『金木犀の香りは文脈によって評価が変わるか』のほうがさっきの話に近いんじゃない?」

「それだとキンモクセイじゃなくてもいいんじゃない」

「確かにねえ…」

実験なんてほとんどそのデザインの時点で面白さが決定する。フィールドワークは観察している間に新たな発見がありどんどん変化していくものであると思うが,実験はそうではない。素朴に『実験する』といっても『知りたいことをちゃんとはっきりさ

せる』実験をデザインするのは思いのほか容易ではない。

「あら君たち,面白そうなことしてるね」

ラウンジにコーヒーを汲みにきた館先生が嬉しそうに言う。

この先生は香りや味が専門である。この研究室はディフューザーといった香りを発生させる装置や電極,NIRSといった脳活動を測定する機材を持っている。感情が専門の矢辺先生が「実験やってみれば」と言ったのはきっと,何かあったら館先生に聞きに行くだろうという公算があったに違いない。自分の仕事増には繋がらないと踏んだのだろう。

「でも,中山君も岩口君も矢辺先生が指導教員だよね…」

「「いや実は――」」

「あーそーゆーことねえ,にしてもちゃんと実験やろうなんて感心だねえ」

館先生は私の向かいに腰を掛けると窓の外の桜の木をちらっと見遣った。

すっかり話を聞く態勢を整えている。こんなはずではなかったのに。

(そうだ,バイトに行ってこの場はうやむやにしてしまおう)

そう考え,時間を確認しようとスマホを取り出すとLINEの通知が来ていた。

[リーダー:冷蔵庫故障により本日より2日臨時休業です♡]

「バイト休みかよーーいいなーーー」

スマホを覗き見た岩口が嬉しそうにニヤニヤしながらその深海魚のような顔をこちらに向けている。

OH MY GOSH。万事休す。ホシザキなんて信じない。


「それで,君たちが本当に確かめたいことは何なんだい?」

館先生は柔和な笑顔で質問を投げかけてくる。

「キンモクセイが臭いか臭くないかです」

「それなら,匂いをかがせてストレスかどうか確かめればいいんじゃない」

ストレスは矢辺先生の領分だ。もっといえば岩口の専門でもある。

これは,矢辺先生の館先生への学生の押しつけを拒否したのか。はたまた,学生自身の専門に落とし込んが軽妙なアドバイスなのか。その本意は分からないが,とにかく関与へのやんわりとした拒否を匂わせる一方,ちゃんとしたアドバイスにもなっている当意即妙な返しだった。

当の岩口は顔を少し曇らせた。釣りあげられたフグのような顔になっている。

「それなら,岩口の分野だな。唾液を採ってコルチゾール計測すればいいんじゃん。興味はあるけど,俺はちょっと分からないから申し訳ないけど手伝えないわー」

私は館先生に乗っかった。

「関心があるなら,他分野の実験にも触れてみるといいよ。そのほうが勉強になる」

先生は私を見据えつつこう言った。信じた瞬間裏切られた。冗談じゃない。

「そうだそうだ,そもそも言い出しっぺは中山だろ」

リリースされた瞬間のフナが仲間になりたそうにこちらを見ている。





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