*ただしイケメンに((ry問題 part1
岩口に言わせると仙台の秋はトイレらしい。
岩口は研究室の同期で人の唾液を集めるマッドサイエンティスト…ではなく,正真正銘の唾液マニアである。
これは半分冗談であるが,彼が本当に関心があるのは唾液に含まれるホルモンである。
なんで文学部なのに心理学専攻なのに研究対象が唾液&ホルモンなのかという疑問は尤もであるがここは一旦忘れて欲しい。
彼をしてトイレと言わしめるのは金木犀の香りだ。
仙台に1年住めばわかるが,特に中心部から広瀬川にかけての地域ではなぜか秋になると金木犀の香りが充満する。
馥郁たる香り…かどうかは判断は難しいが私は仙台の金木犀の香りが好きだ。
特に金木犀の香りに包まれ牛越橋から夕暮れの広瀬川を見下ろすと本当に仙台は美しい街であると感動する。ほんの少しだけど。
研究室には通称「ラウンジ」と呼ばれる一室がある。冷蔵庫やレンジ,ポットが設置され,そこでは自由にお茶やコーヒーが飲めるようになっており,専門辞書やパソコン・プリンターが置かれており,わいわい課題をやったり,授業間やバイトまでの時間をつぶしたりするのに都合のよいスペースとなっていた。
バイトまで時間があった私はコーヒーを飲みにラウンジに向かった。
秋も深まりつつあり,大学付属の植物園に近い我がK棟周辺には金木犀の香りが立ち込めていた。
「よお」
ラウンジに入ると白衣を着てコーヒーを淹れる岩口がいた。
部屋にはコーヒーの香ばしさで一杯だった。そして暑い。
「お前いつもここにいるよな。院生並みじゃん」
「まあな,コーヒー飲みほだし,暖房代かからんしね」
「暖房かけすぎだろ・・・,窓開けるよ」
「えー折角コーヒーのいい匂いなのにキンモクセイ臭くなるじゃん」
「金木犀いい匂いでしょーが」
「消臭剤じゃね,キンモクセイの臭いって」
岩口はカップを机に置くと,白衣に両手をつっこみ憮然とした表情で言い放った。
「いやいやいや,いいにおいじゃん」
議論になりそうな流れなのでとりあえず反駁する。ここの人間は基本的に議論好きだ。
「消臭剤だと思うからダメなんだよ,外出て風景とセットで愛でろよ」
「生憎おれは研究室かトイレにしかいないものでね,つか,仮に外で嗅いだとしてもトイレの消臭剤だって」
「じゃあ実験してみればいいじゃない?」
知らぬ間に矢辺先生がレトルトのカレーをレンジで温めていた。
教授のくせになんという慎ましやかな食事をしているのか。
「そうですよね!!」
実験クソ野郎の岩口は嬉しそうに乗っかる。
私も実験は好きだ。好きだがこの流れはまずい。
「じゃあ,やってみるといいよ,実験室貸してあげるから」
「ありがとうございます!!」
「いやー,私は研究方法論の分析やらなきゃなので…」
「じゃあ,一緒に分析しちゃえばいいじゃない,岩口君と中山君のレポート楽しみにしているよ」
「え・・・」
さっきまで意気揚々していた岩口が見るからに萎えていく。
「だから,いわんこっちゃないでしょ」
あー最悪だ。
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