第4話 新年 どつきましておめでとう
後30分で新年という大晦日の夜。
「行ってくるわー」
と、年の瀬の芸人番組でゲラゲラ笑っているばあちゃんに告げて神社に向かった。
二年参りをするのだ。
待ち合わせの相手はもちろん
「ごめん、お待たせ」
「ううん。わたしも今来たとこ」
2人とも着物、という訳にはいかず、ダウンジャケットを羽織って防寒ばっちりというお揃いだった。
さすがに今日ばかりは人で溢れかえっている。
渋滞するほどではないけれどもゆっくりしたスピードで石段を登り始めた。
「
「ん? なに?」
「普通にお参りしてもつまんないからさ、お互いに相手のことお参りしない?」
「どーゆーこと?」
「わたしは
「はーん。それ面白そうやね。ええよ」
そう言っているうちにお社の前まで来た。お賽銭を入れて鈴を鳴らす。二礼二拍手してしばし目を閉じる。
「・・・・」
「・・・・」
2人揃って一礼をし、取り敢えず屋台の出ている方へ歩いて行った。
ほっと一息つきたかったので、ベビーカステラを買って臨時に設営された休憩スペースに座る。
「さてと」
「
「ええよ。あんな、
「あー。さすが
「モデル目指してるもんね」
「うん。ありがと」
「で、
「へへ、えーとねー」
「うんうん」
「
「なんやねん、それ」
「だって、
「はは。そう単純じゃないけど、ありがとね。そやけど、『人を殴れますように』なんて、ウチが暴力女みたいやないの」
2人して笑いながらカステラを頬張っていると、テーブルの上でカコン、と音がした。
「ねえ、キミ、高校生?」
どうみても未成年の男の子2人が缶ビールの缶を数本持ってわたしたちの前に座った。無視するわたし。
「無視すんなよ」
「消えろや」
ボクシングを始める前、いじめられる日々にキレて生まれて始めて人を殴った時のあの感じでつい言ってしまった。
汚い言葉を吐いてしまったことを軽く悔いてちらっ、と
俯いて完全に固まっていた。
背の高い方の男の子が凄んでわたしに言う。
「何調子に乗ってんだよ。大阪弁が」
「ごめん、ウチらもう行かんとあかんから」
そう言って
その男の子が
「何、こいつお前の妹? ガキじゃん」
「この子小学生やで。恥ずかしくないんか?」
「だから恥ずかしくないように高校生のお前にちょっかい出してんじゃん」
「酔ってるんやろ? 未成年のくせに。酒のせいなら見逃してやるから早よどっか行って」
「やだよ」
そう言ってそいつは香奈ちゃんの前に立ちふさがる。彼女が避けようとするとその方向へ少し動く。別方向にさけようとするとそこをまた塞いだ。
「へへ、おもしれー、もっといじめてやれよ」
もう1人の方がそう言った瞬間、わたしの左拳にほお肉の柔らかい感触と頬骨の硬い感触の両方が同時に伝わってきた。
「げっ」
『ありゃー』
そいつは右頬を押さえて何が起こったかの分析をしている。
少し離れたところでわたしの左ジャブが放たれたことをしっかりと見ていた背の低い方は事実認識ができたようだ。殺気満々でわたしに近づいて来た。体が勝手に反応してまたジャブを放った。
鼻にぐしゃっと当たり、ずるっと鼻血と鼻水がわたしの左拳にねばりついた。彼は鼻を押さえたまま戦闘不能になった。
『やっちゃった。無駄にこういう反射だけは体が覚えてんだなー』
右拳は使えないけど、まあ、こんな程度の子たちなら左だけでなんとかなるだろう。
「
「この」
ことのほか背が高く、顔面までは拳が届きにくい。向かって来たところをボディーにジャブを放った。
自惚れるわけじゃないけど1年の時に西日本の高校女子新人王を獲ったわたしだ。ジャブとはいえグローブもないので普通なら悶絶するはずなのに、そいつは苦しみながらもまだ立っていた。
『泥酔やないか。酒のパワーだけで動いとるわ』
「糞!」
今度は蹴って来た。もはや男ですらないな。わたしはフットワークを使って避ける動作と連動して脇腹に軽く合わせた。
おおー、といつの間にか野次馬が周囲に集まっている。このオッさんらも全員酒が入っているようだ。
「右を使わんかい!」
「おねえさん、アッパーだよ、アッパー」
うるさいな。右は使えないんだよ! 好き勝手言いやがって。男はやっぱりしょうもないな。
背の高い未成年の動きがおかしい。
わたしと違う方向に視線を向けている。
そしてなぜかテーブルの缶ビールをガッと掴み、カナちゃんめがけて投げるモーションに入った。
『訳わからんわ!』
わたしはそいつに光速のステップインをして、素人相手にどうしようかと迷ったが、レバーに対して正確に、鋭角に左拳を突き刺した。
「げう・・・」
「この、若年性アル中が!」
顎が落ちて来たところに右拳のフックを振り抜いた。
しゅぱっ、というあご骨を真横から捉えるあの懐かしい感触がナックルに伝わって来た。
そいつは砂利にずざっと前のめりで倒れる。
「あ」
「あ」
香奈ちゃんがわたしに飛びついて来た。
「
「ほんまや! ウチ、人間殴れた!」
手を取り合って、殴れた殴れた、と小躍りするわたしらに野次馬は、ほおー、と拍手する。
10秒ほどしてようやく気づいて、わたしはオッさんらに怒鳴った。
「誰か、その子らに救急車呼んだってえな」
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