第4話

クラスの女子の「案内を代わって」「なんでもするから」というお願いを退け、放課後になった。


「それじゃあ委員長さん。君の名前を聞いていいかな?」

「加藤香織と申します。圭先生、よろしくお願いします」

「香織ちゃんか、いい名前だね。こちらこそよろしく」


彼はまた、口元だけで笑った。


「それでは行きましょうか。この学校無駄に広いから時間なくなっちゃう」

「そうだね」

「まずは四階から行ってみましょうか。その方が時間短縮になります」

「ありがとう」

「いえ」


ゆっくりと歩きだす。なるべく一緒にいる時間を増やしたくて。


「まず、一番端に視聴覚室があります。ビデオを観る授業とかで使います。四階は基本的に商業科のクラスが使っていますね」

「へぇ。学年ごとじゃないんだ」

「珍しいですか? うちの学校は基本的には科ごとなんです」


彼はスマホでメモを取りながら、私についてくる。


「三階にはパソコン室が二つあります。ほかの教室は私達情報科と、普通科が使っています。」

「この学校は何クラスあるの?」

「普通科、商業科が四クラスずつで情報科は一クラスしかないんですよ」

「へぇ、それは寂しいね」

「いえ、別に。三年間クラス替えがないのでクラスの仲も良いですし」

「そっか」


音楽室から吹奏楽部の音楽が聴こえてくる。

この曲はなんだったっけ。


「アメイジング・グレイスだね。」

「……懐かしい」

「え?」

「ピアニストだった父がよく弾いていたんです。頭に売れない、が付きますが」


先生、と笑いかける。


「覚えてーーいらっしゃいませんか。加藤俊かとうしゅんの名を」


彼は驚いたように目を見開く。

言葉を必死で探しているようだった。

そう。彼とは十年前に会ったことがある。

その時私は小学一年生で、彼は五年生だった。

私は幼くて、小さくて、何よりも弱かった。

だからなのかもしれない。

彼を失いかねない大事故が起こったのは。


「先生、ごめんなさい」


そう呟くと、彼は困ったように笑った。

十年前から変わらないその笑い方が、私は何よりも大好きだった。

私も同じように笑うと、彼の手を握る。

教室に戻ると、彼に問いかけた。


「覚えていますか、“あの日”のことを」

「ああ、覚えているよ。忘れもしない」


ゆっくりと記憶がある回り出す。

どこからか金木犀の香りがしたようなーーそんな気がした。

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