第2話

秋が来るとどこか寂しくなるのは、金木犀の香りのせいだ。

甘く強烈で、人を虜にする香り。

咲く時期は酷く短いけれど、人の記憶に残る香り。

あのオレンジ色の小さくて可憐な花は、私の大好きな花だ。

むせ返るような強い香りを胸いっぱいに吸い込んで、私は高校への道を急いだ。


「おはよう、香織かおり


下駄箱でローファーを脱いでいると、友人の優子ゆうこに声をかけられた。


「おはよう、優子。どうしたの? なんだか今日は気合入ってるね」


いつもは長い黒髪を二つに結んでいる彼女なのに、今日は珍しく髪をゆるく巻いているしうっすらメイクもしているようだ。

校則違反だ。という言葉を飲み込み、彼女の返答を待つ。


「知らないの? 今日から教育実習生が来るんだって。しかも、それがすごいイケメンらしいよ!」

「へぇ」

「何でそんなに興味ないのー?」

「今は恋とかいいや。興味ないのよ」


上靴に足を押し込み、下がってきたリュックを背負い直す。


「ふぅん。勿体無い」


優子と一緒に教室へ向かう。

彼女の足取りは軽く、私の足取りは重かった。


「月曜日ってなんでこんなに面倒なんだろう」


独り言のように呟く。


「月曜日だからだよ」

「……そうか」


ああもう帰りたい本当に帰りたい帰って布団でゴロゴロしたい。

そんなことを考えながら廊下を歩く。

古い校舎の三階に私たちのクラスーー二年六組がある。


「……おはよー」


窓際の一番後ろの席に座る。


「おはよう、加藤かとう


前の席の男子、小倉義隆おぐらよしたかが笑顔で雑誌を見せてくる。


「……なにそれ」

「聞いてくれよ。俺の好きなアイドルが写真集出すんだよ!」


子供のようにキラキラとした目で、そのアイドルの魅力を語り出す彼。

もしも彼に尻尾がついていたら、ぶんぶんと振っていただろう。

そこまで想像して、クスリと笑った。


「なぁ、加藤。ちゃんと聞いてる?」

「聞いてるよ」


素っ気なく返し、スマホを開く。

アイドルも写真集も、恋愛にも興味なんてなかった。

友達みたいに興味のあることなんてない、空っぽの私。

適当に勉強して友達と遊んで、毎日をダラダラと生きている。

一度穴が空いた風船に空気が入ることは無いんだろうな。

そんなことを考えながら、自嘲じみた笑みを浮かべた。


「加藤。今、何を考えてる?」

「……風船のこと、かな?」


小倉の心配そうな顔を見て「大丈夫だよ」と笑ってみせる。

HR開始のチャイムが鳴り響いた。

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