仏の顔も一度まで

 「巫女姫様!私貴女が嫌いですわ!!」


 世話役を引き連れて回廊を歩いていると先日と同じく中央に仁王立ちしている美女がいた。

 え?デジャブ。そう思ったのは仕方のないことだろう。何せこの言動に格好までも似ている。いや、似せていると言った方が正しいだろう。

 一週間前に言った本人は今は世話役として後ろに控えているが……どんな顔をしているか気になる。

 誘惑に負け後ろを振り返れば……あらら、眉間に皺を寄せて怒っていらっしゃいました。その反応に思わず笑ってしまったが、とりあえず右手の人差し指を口に当てて何もしないようにという指示を送った。勝手な行動に出ないよう事前に合図を決めていたのはこういうことが起きると予測していた為である。

 さてさて、元に戻り正面を見るとやはり目の前にはあの時と似たような格好をしている巫女がいた。ただ、外見年齢がアディの倍以上あることを除けば大きく違う箇所がある。それがこのような行動に出た原因だろうということは見た瞬間にわかった。

 額の色は最下神の加護を表す赤い印。どうせ世話役になった方が自分に利があると思ったのだろう。まぁ、その考えわからなくもない。

 しかし、私が付き合ってやる必要がどこにあるというのか。そんなお人好しでないという自覚がある上に今回も許せばまた同じ事態が次々起きるのは容易に想像がつく。この考えを改めさせるほどの要素が彼女にあるかと自問すれば、否と即答する。

 対応が決まったところで内心面倒臭いとため息をつくも、目前の巫女をよくよく見れば数回すれ違ったことのある顔だと思い出した。ついでにその時は皆と同じ装いであったことも思い出したが結末が決まった者の過去など今さら思い返しても無意味である。

 やる気でないなぁ~と思っているとこれまた同じく胸の谷間を見せつけてきた。ここまで真似てくると可笑しくなるが、それから先はオリジナルだった。

 胸を見比べて鼻で笑ってきた。はい、そのケンカ買いましょう。確かに相手と比べれば小さいが平均以上はある。だから別に胸にコンプレックスを抱いているという訳ではないが、この態度は完全にアウトだ。売られたケンカは基本倍返しだが、それだけでバカに付き合う時間を割いてやるのは我慢ならないのでちゃっちゃっと始末しよう。


 「そうですか。それでは邪魔なので退きなさい」


 ニコリと微笑み手を振り端に寄るよう指図すれば、お付きの者たちはすぐに動き道を譲った。しかし、先頭の巫女のみが今だに立ちはだかり邪魔をしている。聞こえなかったのかと思ったが、先程と違い顔がとても青白く変化していた。


 「あ、あ、あ、あの…………わ、わた、わたし、私…」


 「邪魔」


 再びニコリと微笑み同じことを言うだけの私は優しいのではないかと思う。けれど、相手は顔面蒼白な上に震えだした。心外である。

 尚も動こうとしない女の愚かさにため息がでれば相手はビクリと肩を震えさせる。

 自分からケンカ売っといてこの態度なら最初から売るな。

 その態度と無駄に過ぎ行く時間に更なる怒りが増加していく。まっ、横を通り抜けることが不可能な広さではない。ならば私のとる行動は一つ。前進あるのみである。

 ちらりと見たその額に赤い印は無くなっていた。

 同情はしないが一連の言動からは他の者から入れ知恵された可能性が高い。その推測も端に寄った者たちを見れば嫌でも全てを理解した。アディの世話役だった者が数人いた。

 やはり、そうでなければあの時のことを細かく再現できないだろう。予想通りではあるが、バカな巫女にはバカな世話役しか集まらないのか……困ったものである。人事に関して口だす必要があるが面倒だから他の者に動いてもらおう。


 「巫女で無くなったも愚か者がこの場に居続ける理由はなくなった。あとのことは神官長に任せます。尚、後ろに控える者たちも同じ処罰とする」


 タイミングを見計らったかのようにこっそり抜けさせていた世話役が数人の衛兵と神官長を連れて戻ってきた。

 神官長があの悪魔に密かに『今日の巫女姫様』と題づけて毎日報告書を強要されていることは知っている。こういう時の為に今まで知らないふりをしていたのだから役にたってもらわないと困る。奴の耳に入れば人事についての見直しもされ、問題は解決するはずである。

 買ったケンカは倍返しが基本でも自分が相手をするかは気分次第。今回はあの悪魔も神殿の警備担当として無関係とは言えないので全て押し付けても貸しを作ることにならない。ならば例え王子でも使わなければ損した気分になるではないか。

 最低限のことは言い渡し再び歩み出そうとすれば、それを阻止する声があがった。


 「巫女姫様。お待ちください。何故、処分など……前回は…アリーナの時はそのようなことおっしゃらなかったではありませんか」


 「…………はぁ。呆れ果ててため息しかでないわ。前回は咎めなかったから今回も大丈夫だと?なんて安易な発想なの。貴女はまた新たな罪を犯したことに気づいてるのかしら?」


 「!?」


 「その質問に私の歩みを止める価値があると?前回と今回は同じ出来事だと?……そう思っているのならなんて愚かなの。理解できない者に説明する気はない。神官長、今後同じことがあった場合は今以上の処罰を言い渡すと神殿で暮らす者全てに触れ回りなさい」


 しばしの間、自分たちの未来に不安を抱くといい。

 元巫女と同じく顔面蒼白になったご一行がその後居なくなったのはいうまでもないだろう。ただ、後日奴が訪ねてくるのは予想外だった。



 客室の間に向かえば、いつもはソファーに腰かけ待っているユーリヒトは今日は壁に背を預け立っていた。

 いつもとは違う姿の為か雰囲気まで変わって見える。これらが気のせいなのかわからないが何とも言えない違和感は感じた。


 「突然、訪ねてくるの止めてくださらないかしら(帰れ)」


 「通常、巫女姫様に突然謁見することは叶いませんが婚約者となればそれが可能になるというのは嬉しいことですね。まぁ、女性が身仕度に時間が掛かってしまうのは仕方がないことですが貴女が私の為に身を整えていると思うと待ち時間も苦になるどころか喜ばしい一時に変わってしいます(照れている貴女も可愛いですね)」


 「………………はぁ(会話が全く噛み合わないわ)」


 「素直ではない貴女も可愛いですが、そろそろ頃合いかと思うんですよ」


 「?」


 「無期限の婚約期間……そろそろ終わりにしましょうか。結婚しましょう」


 優雅に方膝をつき差し出されたのは大粒の青い宝石がついた指輪だった。

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