一押し 二罠 三罠罠

片膝ついてのプロポーズ――――それは私が前世で憧れていた光景だった。まさか異世界転生して望みが叶うとは思っていなかったので嬉しい。もちろん私は飛び切りのいい笑顔で答えた。


 「お断りします」


 その場が凍りついたと感じたのは気のせいではないと思う。控えていた人たちからも「え!?」という言葉が聞こえてきた。

 しかし、相手はつわもので動じた気配が全く無かった。さすが王族である。


 「理由を聞いても?」


 私の笑顔に負けない顔で尋ねてくるのは余裕があるからなのか量りかねる。


 「逆に聞きたいのですが何故、今、結婚を申し込まれたのですか?」


 「先程も言いましたが頃合いだと思いましてね」


 「頃合いですか。そんな妥協案的な考えで申し込まれて拒否以外の返答があると?」


 「政略結婚なら拒否以外の返答があるものですよ。しかし、僕が頃合いといったのはそういう意味ではないので安心して下さい」


 『安心なんて言葉一番出てこないわっ!』と即答する気持ちを落ち着かせ平静に応対するよう心掛ける。


 「というと?」


 「『はい』以外の全ての逃げ道を無くしたという意味ですよ」


 「はぃ?(え、聞き間違いですか?)」


 「ありがとう。必ず幸せにします」


 もちろん不本意の「はい」だった。厳密にいうならば「はい」ではなく語尾は疑問系の「はぃ?」である。相手もそれをわかっているはずなのに反抗する間も与えず薬指には青い輝きを放つ宝石が嵌っていた。

 実に腹立たしいがそれ以上に上手い具合に引っかかった自分が嘆かわしい。

 睨みつけてやると幸せそうに更に笑みを深められてしまってはどう対応すべきか悩んでしまった。その間、相手は控えの者一人を残して全て下がらせていたがその方がこちらも話しやすいので何も言わない。部屋には三人がいる状態である。


 「貴女がどれほど私を想っているのかはもう知っているので安心してください。ただ願うならば貴女の口からその想いを聞きたいものです」


 そういって彼が手にしていたのは私が気ままにつけていた素直な気持ちを綴った日誌だった。


 「!!?何故それを持っているの!?そこに書いてあることは全部、嘘よ!!!」


 「協力者がいましたので簡単でした。中身は見ていませんので安心してください」


 その言葉を信じるかは置いておいて、先程の「想いを聞きたい」という言葉に慌てて返答したことを思えば自分からどんなことが書かれているか白状しているも同じである。嵌められた感が拭えない。


 「申し訳ございません」


 今にも消え入りそうな声で我に返った。


 「いつからなの?いつから私を裏切っていたの?アディ」


 プルプル震え涙目なのは尋ねた私が怖かったのか。はたまた別の理由なのかは分からないが今すぐ会話ができる状態でないことだけはわかった。


 「勘違いしないでくださいね。神殿に入る前から彼女は私の駒ですし、幸せになってほしい貴女が私に素直になれない性格だから彼女なりに考えて動いてくれたのですよ。それにこの日誌が決定打ではありません」


 決定打でないならば自分の駒だとばらさずともよかっただろうにそれをばらしたのはそれ程の自信の表れということか。真っ青になっているアディが可哀想でならない。言われ損ではないかと思う私も随分とお人よしな思考になったものだ。

 しかし、ここで暴露したことに無意味な訳がない。そんなもったいない使い方をこの男がするはずないのだ。


 「アディ、私を気遣ってくれるのは嬉しいけど今度は許可なく勝手に動かないでね。許すのはこれで最後よ」 


 微笑を送りそう言えばアディはその場に泣き崩れた。


 「アディなら駒だとバレても許してくれると思っていましたが、これは……やはりちょっと嫉妬してしまいますね」


 ことも無げに告げてくる言葉に頭痛がしてくる。どこまで考えて手を伸ばしているのか敵に回すと恐ろしいタイプだと思っていたのは間違っていなかった。そしてそんな相手がタイプだという自分が一番恐ろしいとも思ってしまう。


 「もちろんこれでプロポーズを決行しようと思ったのではないですよ。厄介なことに貴女は巫女姫ですからね。両想いであっても貴女が神に願えばどうなるかわかりませんから動くことはできませんでしたが、ありがたいことにフィーネリーネリア様からご信託という名のありがたい声援を頂きましたので決断できました。その際、貴女に『断ったら加護を無くす』と伝えるように言われました」


あ、詰んだ。


 「まさかフィーネリーネリア様が裏切るなんて……」


 「巫女でもないので女神様と話せるとは思いもしませんでしたけど、あれは世に言うお茶会や女子会というものなのでしょうね。どこが好きなのかとか色々そちら方面の質問をされました」


 私の視線をどう感じたのかふわりと微笑みかけられた。今の状況じゃなければときめいたかもしれない。


 「ちなみに「全部好きですが一番可愛いと思うところは天邪鬼なところです」といったら「ご馳走様です!」と力いっぱい言われましたね」


 赤面しかない。

 負けじとアディまで「私も素直でない所が一番可愛らしいと思います」と頬を染め力説している。え、何、この可愛い生き物。――――しかし、もう本当にやめて。前世含め『可愛い』という言葉が言われなれていない私のHPをどれだけ削るのか悟って欲しい。というかアディ、貴女先程まで泣き崩れていましたよね。


 確かに私は天邪鬼だ。しかし、結婚を渋っていたのはギフトを気にしていたからという理由が一番である。私を見て欲しかった。願って手に入れた『美貌』『権力』『知識』で人生を楽しんでいたことは事実だ。

 だが、年を重ねるごとにそれが私自信を苦しめていくことになるなんて思わなかった。私自身を見て欲しいという願いは天邪鬼という性分と相まって面倒なことになっているという自覚はある。


 結局、選択肢を迫られても一つしか生きる方法がないなら了承するしかないではないか。


 仕方ない。このまま。受けてあげよう。…………別に好みじゃないわけじゃないから――――。



 それからバタバタした日が続いたが、結婚式は国を挙げての盛大なものになった。



 大変なことと言えば、旦那の愛が重く私の赤面が止まらなくなったことだがそれ以上の問題がでてきた。

 実は夫がフィーネリーネリア様と取引をしていたことを知ったのは結婚後、幾年もの年月が流れてからだった。

 本人に大いに関係があるその内容を知った時、本気で国を潰そうかと考えたのはまた別の物語――――。

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