馬鹿な巫女ほど可愛い

 「巫女姫様!私貴女が嫌いですわ!!」


 世話役を引き連れて回廊を歩いていると中央に仁王立ちしている美女がいた。

 服を見れば巫女であることは一目瞭然であるが、引き連れている世話役からもそれは伺える。こちらの倍以上後ろに続く女性たち。その姿は前世のテレビで見た大奥や華ドラの後宮を思い出させる。そう、巫女というよりは妃という言葉の方がしっくりくる。

 しかし、先頭の美女だけ見るならば着崩した巫女装束姿と仄かに香る色香からは別の答えしか出なかった。故に夜のお姉さんという言葉がぴったりで思わず『何処の娼館にお勤めの方ですか?』と問いたくなったのは自然なことだろう。

 別に嫌いと言われても何も思わなかったのだが、胸の谷間を見せつけてくることに関しては別問題だ。そのケンカは買いましょう。とりあえず、成人しているだろう年齢になっても自分が通行の邪魔だと分からないのかと呆れる一方で気の強そうな外見には合っていると納得してしまう。

 ただ、まさか自分に用事があるとは思わなかった。巫女姫という身分にいる為に正面切って言われたのは初めてである。まぁ、巫女の頂点たる巫女姫にケンカを売って何事もなく過ごせると思うバカはいないだろう。まぁ、実際はいないと思っていた人物が正面にいるのだが………。

その為に周りの世話役たちもどう対応すればいいのかわからずあわあわしている。まぁ、無理もないことだろう。これが平民であったならばその場で捕縛し後日刑が執行されていただろう。しかし、相手の額には黄色の印がある。勿論、格下ではあるものの巫女である。どうすればいいのかわからずに周囲がそのような行動にでるのは理解できる。

 外見的には二十代中ごろに見えるが、この後のことを彼女は考えているのか疑問である。


 「そうですか」


 とりあえず大人の対応をしてみた。面と向かって嫌いというだけまだ可愛らしいものだ。長い人生において人間、嫌いな人がいないという方が難しいだろう。別に気にもならない為、にこやかに返答したのだが逆にそれが気に入らなかったらしい巫女は顔を真っ赤にしている。


 「あの大丈夫?」


 「貴女、私をバカにしていますわね。私は貴族の出ですのよ」


 『え?あ、そう。だから?バカなの?』と、咄嗟に言わなかった私を褒めて欲しい。

 仮に王族が同じことを言っても罰を受けるのが巫女という身分であるが、彼女は同じ巫女だから大丈夫とでも勘違いしているのだろう。私はただの巫女ではなく巫女姫である。いくら巫女が神の加護を得ている存在だとしてもこれは許されない。私は最高神の加護を得ているのだ。例えば、最高神に下位の神が暴言を吐いたとして何事もなく過ごすことができると思っているのだろうか?王様に平民が暴言を吐いて無事でいられるとでも?いや、いると思っているからこのような行動に出れたのだろう。うん、バカだ。


(リアちゃーん!再開した時に『神に逆らうバカはいない』って言ったけど居たよ!ここに居たよ!!)


 珍獣を一番に発見した嬉しさというのか……この感情を説明するのは難しいがテンションが上がる。とりあえず、心の中で叫んでみたが勿論返答はなかった。

 しかし、自分が貴族の出であると鼻に掛けるという点は引っかかる。普通は生まれてすぐに神殿に渡されるのでそんな記憶がある子はいない為、自慢する者もいないはずである。…………そういえば数日前に突然、印が現れた貴族の女性が神殿に入ることになったという話を耳にした。数少ない例ではあるが普通に生活していた女性がある日、突然巫女になったという話は文献にも残っている。この態度からしても噂の人物が彼女であることは間違いないだろう。


 「はぁ。貴方が何を言いたのかはわかったけど大丈夫(頭が)?」


 「何を心配しておりますの?」


 あ、いろんな意味を込めて聞いてみたけどやはりこの人理解していないなぁ。


 「貴女、自分が巫女で私が巫女姫であることを理解してる?この行動によってもたらす意味を考えてる?」


「そのくらいわかっておりますわ。額の色を見ればその者の位など知りたくなくともすぐに分かるではありませんの。意味?何を言っておりますの。聞けば巫女姫様は良くいえば平民。されど、その中でも卑しい身分の出らしいですわね。私は貴族の出ですのよ。何も問題などありませんわ。それよりも先程から貴方の言葉使いは如何なものだと思いますのよ」


 「……………ここまでとは。はぁ…どうしようかなぁ」


 この場からすぐに立ち去るか、それとも少し遊んでやるか悩む所である。腕を組み天井を仰ぎ見て考える。

再び彼女に目を向ければ驚くことに先程まで額にあった印は綺麗に無くなっていた。ならば決まった。

にこりと優雅に微笑み、ゆっくりと相手に向かって指を差す。


「な、な、なんですの」


 何をされるのか分からず高慢な態度が崩れ戸惑っている。その姿にキュンキュンしてしまった自分に少しショックを受けた。

 おかしい。どこかの王子のような黒い要素皆無なはずなのに………。


「ごきげんよう」


 「???何をいっていますの?」


 「何をしているの?この時を持って彼女は巫女の資格を失ったわ。ならば自分がすべき職務をしなさい」


 周囲の者たちは一斉に彼女の額に視線を向けた。『はっ』と息を飲む声が数名から上がり顔色を悪くした者もいた。

 まぁ、まさか私もこんなことになるとは思わなかったけど結果的に巫女姫の権力を強めることになった。今後、時間と労力を無駄にさせるバカは出てこないと思うが可能性がゼロになったのは喜ばしいことである。

 今まで後ろに控えていた人たちの中から甲冑を身に付けた二名の騎士が出てきた。警護としてついてきていたのだろうが彼女の両脇に回り腕を拘束する。すると呆けていた高飛車女もさすがに慌てだした。


 「嘘よ!嘘ですわ!!こんなつもりでは………」


 『それはそうだろう』と内心突っ込んでみる。印がなくなるとわかっていての行いなら救いようのないバカだ。まぁ、今さら反省しても遅いわけだが……。しかしながら色気たっぷりの美女が瞳いっぱいに涙を溜める姿はそそられるな。…………って、いかん、いかん。これじゃただのエロオヤジだ。美少女と美女は愛でたい性格だが、おじさん化は阻止せねば。


 「私は、ただ…………ただ……巫女姫様とお友だちになりたかっただけですのに」


 え、先程私の生まれや言葉使いについて色々いってましたよね。それ嘘ですよね……と内心思ったが素でしゃべってあれらしいと彼女の反応と私の今までの経験が物語っている。

 しかし、あれから友達になろうとしていたなんてどれだけ話下手なんだと呆れてしまう。一方で色気担当は高飛車ではなくツンデレ属性だったですと!?ありかもしれない!いや、ありだ!!とテンションが上がってしまった結果、その思考にたどり着いた瞬間に声を掛けていた。


 「ちょっと待って。あなたに選択肢を与えることにしたわ。残された道は二つ。一つ、このまま神殿から追い出され不幸な人生を送る。二つ、私の世話係となる。さぁ、どっち」


 空気を読んだ左右の騎士は連行しようとしていた動きを止め、再び後ろに戻った。それにより元巫女は少し安心し、控えの者たちは緊張した面持ちで見守っている。


 「ふ、不幸な人生とはどういうことですの?」


 そっかー。説明しないとわからないかぁ。


 「過去にも巫女の資格がなくなって家に帰ったり、修道院に行ったりした人がいることは知ってる?」


 「もちろん知ってますわ。神力の低下により巫女の資格が無くなるというのは年に数回ある出来事だと記憶しておりますわ」の


 表向きとしてはあっている。

 だが、それとは別に隠された原因がもう一つある。突然印が現れるのと同じくらい稀に百年に一度の割合で別の理由で消える者がいる。一般的に知られると様々な問題が起こるかもしれないということで伏された原因。それは巫女の行い次第では印が無くなるということである。神殿で暮らす巫女たちも全員には知らされていないが幼い頃から己を律して生活を送るようにといわれている。


 「あぁ、それは知ってるんだ。でも今回、印が消えたのは別のことが原因。本人にそのつもりがなくても巫女姫に喧嘩を売ってきたことで私についている上位神様が怒ってしまったみたい。なら、その影響はこれで終わりなのかな?いや、そうじゃないでしょうね。じゃ~、いつまで続くかわからない疫病神を誰が好き好んで受け入れる?下手したら代々の家柄も無くなってしまう可能性だって高いのにあなたの家族は快く娘を迎えてくれる?」


 青い顔をしプルプル震える姿は自分がしたことの大きさとこれからのことを理解したということを教えてくる。


 「そ、そ、そんなお父様もお母様もここを追い出されたと知ったら私は今まで以上に酷い扱いを受けてしまいますわ。もしかしたら娼館に売られてしまうかも………。わ、わ、私はどうすれば……」


 「そんなの簡単。さっきもいったけど私の世話役になれば不幸になることはないわ」


 「世話役……」


 「そう、世話役。もちろん働いてもらうけどたまには友達として一緒にお茶を飲んだりするかな」


 「友達……」


 「そう、友達」


 「私でいいんですの?」


 最初はうるさい女だと思っていたが話を聞いていると段々可愛いと思えてくるものだから不思議なものだ。眉を八の字にし不安げに問う美女に笑顔で答える。


 「いいよ」


 「なりますわ。世話役。ならせて頂きますわ」


 「そう。貴女、名前は?」


 「アリーナと申します」


 「アリーナこれからよろしく」


 「こちらこそよろしくお願い致しますわ」


 その返答に満足しつつも一つ問題が……。対面当初は喧嘩を売られたと思った谷間だが、今はその胸を触り堪能したい気持ちで一杯だ。別にそっちの趣味はなかったが走ってしまいそうになるのは彼女の色気のせいなのか疑問である。しかし、それも含めこれから面白いことになりそうな予感に胸が踊る。

 リリアナはアリーナと腕組みをし自室へと続く道を歩みだした。

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