強欲に付ける薬はない
時刻は午後三時少し過ぎ。
ソファーに腰掛けるリリアナの対面に置かれたテーブルの上にはティーセットが並んでいる。
七歳以上の巫女の一日は午前中は神託の間で過ごし、昼食後好きな時間まで勉強。後は自由時間と決まっている。
リリアナはいつも三時までは勉強。その後、小休憩としてティータイムと本日追加された連絡事項を聞くことが日課となっていた。
「巫女姫様。ヒリュラー公爵様より贈り物が届いております」
「巫女姫様。こちらはユーリヒト王子殿下より贈り物が届いております」
「巫女姫様。こちらは隣国の王子殿下より贈り物が届いております」
次々、届く贈り物に霹靂としリリアナは世話役の女性たちにそこに置いておくように指示する。
中身はいつも決まっている。ドレス、宝飾、小物。どれも高価には違いなく大半の女性なら喜ぶ品物だろう。だが、リリアナにとっては一欠けらも興味がない物ばかりである。
「いつも通り換金しておいてちょうだい」
「「かしこまり「えぇ!?全て一級品でございますのに手にも触れずに売るのですか?自国の王族からの贈り物もお金に換えるなんてよろしいのですか?」
二人の世話役の了承の声を甲高い声が遮った。
「私に意見するつもり?(え?バカなの?)」
「いえ、そのようなことではございませんが………」
何か不満がありそうな声音に相手を見ればいつもの世話役の三人のうちの一人が違った。
外見的にも他二人がナチョラルメイクなのに対しガッツリメイクしている。ここを娼館と勘違いしているのではないかと思うも指摘してやるほど大人でもないし、実際八歳の子どもである。
「そういえば、あなた見ない顔ね」
「本日よりお世話させて頂くことになりました。マーガ「名乗らなくて結構」
他二名は分を弁えている。そのため、彼女の行動に顔を青ざめながらも信じられない者を見る目で見ているが当の本人はそのことに気付いていないようだ。どうやら貴族の娘らしいが、こんなバカを誰が寄越してきたのか。先程の副音声が理解できず自己紹介しようとした時点で既にイエローカードは二枚になっている。
花嫁修行のステータスに『巫女の世話』がある。
どの身分の者であれ神殿に申し込むことができるこの仕事は例え上流貴族令嬢であっても必ず選ばれる訳ではない。にも関わらず希望者が後を絶たないのは一年の任期を終えた者の元に来る縁談の多さによるものだ。
過去にこんな話がある。
貴族から巫女の世話役希望者がそんなにいなかった時代。
とある所に貴族と言えど貧しい下級貴族令嬢がいた。
彼女が年頃になっても縁談が舞い込んでこないのは容姿が平凡という理由もあったかもしれない。だが、両親は諦めず彼女の幸せを願って必死で良縁を探した。
しかし、話は上手く進まず次第に父と母は疲れていった。そんな親の姿を見て、娘は自分を不甲斐なく思い二人の為にもしばらく家から離れようと考えた。
令嬢は何処に行こうか悩んだ末に巫女の世話役になろうと決意する。
当時も身分に関係なく巫女とは尊い存在であったが、貴族令嬢が世話係になるというのは稀であった。故に令嬢は両親を説得し一年間巫女の世話役として過ごした。彼女にとって誤算だったのが担当したのが当代一人しかいない最高ランクの巫女姫だったということだ。
世話役は巫女と仲良くしてはいけない決まりがある。当然娘もそれを守った。
任期を終える前夜、担当していた巫女姫に今生の別れをいうと巫女姫は彼女の幸せを願って涙した。
その後、令嬢の元には上流貴族の青年との縁談があった。
同じ貴族といえど身分違いと言ってもいいような格上相手からの申し出に最初は驚いていたものの彼のアプローチに心を動かされ両想いになり結婚した。
巫女姫に二度と会うことはなかったが彼女と結婚した青年の元には次々と幸運が舞い込んだ。まるで巫女姫の加護を受けたような二人は幸せに幸せに暮らした。
『国に福を招く巫女姫の目に留まれば幸運が舞い込んでくる』という噂は下級貴族令嬢の物語と一緒に人々は口にしたが、同時にもう一つ広まった話がある。
自分が好いていた青年が下級貴族令嬢と結婚すると聞いた上流貴族令嬢がいた。
彼女は許せなかった。好きだった相手が既婚者になるという事よりも身分が低かった者が結婚で自分よりも上になるという事が。
だが、同じ貴族といえど家柄には随分な差がある。どうせ上手くいかないと令嬢は思っていた。
しかし予想は大きく外れ、巫女姫の祝福がある二人の仲に異を唱える者は存在しなかった。それどころか、青年の一族には次々と幸運が舞い込んで来た為に下級貴族令嬢でありながらも彼女は大歓迎された。
それを知った令嬢は自分も巫女姫の世話役になり気に入れられれば、もしかしたら王族からの婚姻の申し込みも来るかもしれないと考えるようになった。
下級貴族令嬢の話はすでに国中に知れ渡り、人々はあやかりたいものだと口にしている。ならば、同じような者がいれば嫁にと望む男性は多いだろう。仮に王族からでなくともそれに近しい身分の方からの申し込みは期待できる。
そう打算した令嬢は巫女姫の世話役になろうと金を使い望みの座を確保した。選考した者を買収したのが例えバレても巫女は全員温厚であるといわれている。泣いて許しを請えば許してもらえるだろうと安易な考えの元、彼女は動きしきたりを一切守ろうとしなかった。それが身を滅ぼすことになろうとは考えていなかったのだろう。
巫女とは神の愛を得た者である。巫女姫ともなればその寵愛は凄まじい。
故にしきたりがある。巫女の為というよりは世話をする者の為にあるのだ。邪な考えの者が巫女の愛を得ようとすることを神は許さない。中には少し気を引いた世話役さえも許さない神さえいる。
少なくとも青年を本当に愛していたならばこんなことにはならなかったのかもしれない。しかし、彼女が愛していたのは彼ではなく身分。
令嬢は一刻もしないうちに世話役をクビになり、それから不幸が次々訪れた。その後、彼女の家は没落した。
無欲な者が近寄れば幸福が強欲な者が近寄れば不幸が近寄ってくる物語。
『下級上流貴族令嬢物語』と呼ばれ今なお乙女の憧れとして語られる。貴族の間でもこの話がある為に花嫁のステータスにもなった。
だが、世話役にならずとも会って気に入って貰えれば問題ないように思われる。しかし、それだけのことでも簡単にいかないのが巫女という身分である。例え神官長や王族が面会を求めても断れる立場にいる為に生涯独身を通し世話役や同じ巫女以外と会わない者は多くいる。
つまり、パイプを取るのは難しく異性が幸運を得たいならば巫女が目を掛けている世話役の女性と婚姻する方法が手っ取り早いと言われているのだ。
ただ、物語でもあったように世話役には『巫女の寵愛を得ない為に一線を置き接する』『巫女に尋ねられても名乗ってはいけない』といったいくつかの決まりがある。これを守れる希望者の性格を考えて選ばれるが稀に金を握らせて自分の娘を入れ込もうとする貴族が存在する。
子が可愛いゆえ、自分の利益の為と行動理由は様々であろう。親が勝手にしているだけで性格がいい子も中にはいる。故に金を渡した者、受け取った者には国がそれなりの罰を与え当人に対しては巫女次第となる。
あの話、メリットとデメリットがセットになっているからどうせ誰かが裏で糸を引いて広めたんでしょうけど、それに気付いているようには見えない。それどころか物語の教訓から何も学ぼうとしていない欲深な馬鹿だ。本人は気付かれていないと思っているだろうが先程、贈り物の小さな宝石をくすねているのも見た。退場してもらおうと思った矢先、イエローカードが三枚になったし……さて、送り主に報告しておこうかなぁ。
「あなた今日から来なくていいわ。お疲れ様」
相手の青い顔など気にせずに最後に大人の対応としてリリアナは満面の笑顔で言った。
口答えなどさせないように風の魔法で口を塞ぎ、体を浮かせてそのまま神殿の外へと放り出す。その際に盗んだ宝石の回収も忘れない。
一部始終を見ていた残された世話役はさすがというべきか無表情である。
リリアナは一人に世話役を管理している者に事の次第を報告に行かせ、もう片方には別の用事を頼む。
「先日贈られたユーリヒト殿下直通の
まさかゴミに出そうかと悩んだ品を使う日がくるなんて………。
持ってこられた品は貝殻である。一般家庭でも普及しており、用途は電話ということに最初は衝撃を受けたのは記憶に新しい。
今まで使用したことがない為コール音が鳴るのか不明ではあったがとりあえず飾りようなボタンを押した。途端、目的の人物の声がした。
「リリアナ姫っ(掛けてくるのが随分遅かったな)」
「殿下、取るのが速いですわ(使うつもりなどなかったわ)」
「あぁ。直ぐ取れるようにしていましたから(何。ずっと待っていたんだぞ)」
「直通の貝話など私には恐れ多い品でございますが、お耳に入れておきたいことがあり使わせて頂きました(本当にこんなゴミ使う予定なかったわ)」
「役に立てたのなら何より。(何だかんだ思っても使っている事実は変わらないな。ふっ)さて、どのような要件で?」
「先程、貴方の贈り物に手を出す世話係がおりましたので辞めさせました(面倒なこと含め後は任せるから、よろー)」
「ほぅ、それはそれは許しがたいことをする者はいつの時代もいるものだ(私の贈り物だから通常よりも厳しい処罰をしたんだよな)」
「ふふふふ(大事な収入が減っては困るから返して貰っただけー。収入源は増えることはあっても減らないからね)」
「わかりました(可愛い人だ)」
「…………………………。(貴方、一度病院へ行くことをお勧めいたしますわ)それでは私のお話は終わりましたのでこれで失礼させて頂きますわ。ごきげんよう」
その後の彼女がどうなったのか…………知る必要はないだろう。
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