夢の世界

甘党鴉

第1話

プロローグ

俺には幼いころの記憶が無い。思い出せる記憶は孤児として軍に拾われた時が最後。魔術の素養が無い俺は身体能力だけで生き生き残ってきた。魔術を使わせる前に殺してしまえば良いだけのこと。感情が無い俺は命令通りに人間を子供を女を殺した。罪悪感など持ち合わせていない俺には、それが正常だと思っていた。


第一節

アデシアの国は密かに伝説の門を探し続けていた。

 「門を開けば世界を統べる力を手にする」力を権力を求め王は他国へ探索隊を派遣し続けていた。アデシアと敵対している隣国のアイーシャへ探索隊として二人の兵士と三人の学者が向かうこととなった。

 今回の任務は護衛が目的で無いことを将軍から密かに告げられていた。偵察目的と隣国に潜り込んでいる情報員から情報を聞き取ることが今回の俺の任務だった。「迷子の森」と称された森は名の通り、森へ入れば迷子になってしまうことからそう名付けられた。その森の抜けた先で情報員と合流する段取りになっている。星の動きを追えば解決出来ることなど、森に入って少し歩けばわかってしまうことで予定通り情報員と合流することが出来た。

森を抜けるのに問題は無かった。何にも無かった。しかし、誰かに見られている感覚が常にあった。森の主でも居るかのようだった。森を抜けた後、諜報員の家に止まり一夜を明かしたが、見られている感覚は消えることが無かった。

早朝から森の探索を開始した。太陽が頂点に到達した頃に学者の一人が遺跡を発見した。その時視界の隅に少女が走るのを捉えた。視線を合わせれば確かに少女がこちらを見ていた。「誰も気がついていない?自分だけが見えているのか?」こんな疑問が過った。俺に気がついた少女は逃げ出した。この時、追うべきで無いことはわかっていた。わかっていたにも関わらず俺は少女を追いかけた。いくら追いかけても少女に追いつくことが出来ない。可笑しすぎる。そう感じた時、横から追いかけてくる男達の存在に気がついた。

「俺では無く、あの少女を追っているのか?」

独り語を初めて呟いた。その時、男たちが魔術を発動したのを確認したが、少女に追いつくよりも先に閃光が少女を襲う。少女の背中に閃光が当たり少女は倒れた。この時、初めて胸が苦しいのを感じた。走ることには慣れている自分の胸が苦しくなるなんて、おかしな事を感じた。それからは一瞬だった。倒れた少女に向けて抜いた剣先の前に立っていた。倒れた彼女を庇って盾になっていた。おかしい・・・自分から誰かの盾になることなど一度も無かった自分がおかしかった。自分の命が惜しく無いのは変わらない。命令されれば盾にもなった自分が、自分の意志で動いたことがおかしかった。

世界が暗転する。体が沈んで行くようだった。

これが「死」なのかと思えた。体が動かない。体は沈んで行くだけだった。

沈む中で人の光を見た。


--------

自分の存在に気がついた男から逃げ出すことで手一杯で、他の男から追われているなんて気が付かなかった。逃げ出したことに動揺を隠せず逃げてしまった。「人間と目を合わせたのは何年ぶりだろう?」「捕まったらどうしよう」とこんなことしか考えられなかった。気がつくのが遅かった。魔術の反応があった。魔術を感じたのに対抗しなかった。攻撃を受けてから、冷静に殺傷の力が低い魔術で良かったと安堵していた。「目の前に剣を抜いて、私目掛けて襲い掛かってくる男が居るのに安堵している?」わけわからなかった。ただ一つ「安堵して死んじゃうんだ」と思った時に、最初に追いかけてきた男が私の前で盾になってくれた。血が出ている。何度も刺されている。その姿見た私は、魔術を行使した。何を使ったかは覚えていない。ただ魔術を使って襲ってきた男たちを殺した。

膝立ちで意識の無い男を私は運んだ。必死だった。普段なら起こし得ない事でこの人を殺してしまった罪悪感から、彼を助けたい気持ちで禁忌を犯してしまった。禁忌を犯したことに対して罪悪感は無かった。


--------

眩しい光のせいで目を開いた。闇の中を沈んでいたのは夢だったのかと安堵の気持ちが湧き上がった。安堵したことが、感情が湧いたことに疑問を感じた。何も感じなかった胸に感情が湧いたことに不安を感じた。色々な感情が胸を襲い、苦しくなって状態を起こした。体が以上に軽く感じた。体から重りがなくなった様だった。体を起こした先に少女が座っていた。少女は何も言わず苦しそうにこっちを見ている。その少女に手を伸ばすと同時に目の前の少女がこちらに手を伸ばしていた。

「目が覚めたのね。おはよう」

 女性の声がした方へ視線を移す。そこには自分が追いかけ、盾になった少女に似た女性が立っていた。

「あなたの経験したことを全て見たわ。辛かったわね」

目が熱く感じた。

「それが悲しいって感情よ。悲しいから泣くのよ。」

泣くこと。悲しい事をこの時、初めて理解した。腕で涙を拭うと座っていた少女も涙を流し腕で涙を拭っていた。同じ動作をしていることに気がついた。

「私を庇って死んだ、あなたを蘇らせる代償として体がそうなったのよ・・・ごめんなさいね。それとありがとね」

自分の体が男から女に変わって居ることを理解し、目の前の少女が自分であることを理解した。

「自己紹介が遅れたわね。私の名前はティアといいます・・・人間ではありません。女神の生き残りです。あなたを人間から女神に格上げしました。」

「女神に格上げ?」

彼女の言っている意味がわからず聞き返してしまった。

「種族戦争は・・・知らないですよね。

今から一〇〇〇年程前に天使と悪魔と女神が世界を賭けて戦争をし、人間を巻き込んだ戦争が起こったのですが、その時に天界と地獄と地表を分けるために女神が存在を賭けて世界を分け、戦争を終結させた代償に女神は私以外、全員死んだ戦争があったのです。」

戦争が昔にあったことは聞いていたが、女神が関与している話は聞いたことが無かった。


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