第024話 拭えぬ記憶
リーネは真っ暗闇の通路をよたよたと走る。
視界は暗視モードで見ているため壁にぶつかることはないが、物が勢いよく転がっていくほど傾いてしまった通路を走るのは辛い。
それでも、リーネは足を止めるわけにはいかなかった。
息が切れて視界が歪む。
滴り落ちる汗を拭いつつ傾いた通路にしがみつく。
「……はぁ、……はぁ、……クルトが、死んじゃう……助けに、いかないと……」
懸命に走りながら思う。
魔導女神に変身できれば、と。
魔導女神ならば、背部・腰部・脚部に装着された
タイラント・アラクニドだって敵じゃない。
もしかしたら。
ありえないくらいもしかしたら、何かの弾みで不具合が直っているかもしれない。
なんの根拠もないが、土壇場の力を信じて魔導女神への変身プロセスを試してみる。
「おねがい……」
願いを込めて祈る。
『……、……、……、プロセス、タイムアウト。
現実はドラマチックではない。当然の結果が、耳慣れたエラーが脳内に返ってくる。
「ぃ――ッ!?」
足下不注意。
変身プロセスに集中していたせいで段差に蹴躓く。顔面から通路に倒れ込んだ。
堪えていた涙がつぅっと頬を流れた。
涙が流れるのは痛いから。
無論、顔をぶつけたせいではない。
クルトの言葉が辛くて、昔の忘れようとしていた情けない自分を思い出して、産廃と呼ばれて嗤われた記憶がぐるぐると頭を回るから、こんなにも涙が零れる。
魔導女神に変身できれば――。
叶えようのない願いがリーネの心を責める。
「どうして私は、魔導女神になれないの……、博士……」
いつも甦るのは、魔導歴時代の最後の日の記憶だ。
あの日。
リーネの乗る飛行戦艦は大気圏の防衛を務めていた。四〇機の魔導女神を展開、惑星へ降下しようとする
リーネの仕事は、試作兵器の
連装砲の弾倉が大爆発を起こしたせいで大火傷をしたり。
飛行戦艦の試験カタパルトの離陸訓練に巻き込まれて超高速で発射されたり。
割と散々な目にあっていた。
同僚の魔導女神たちも巻き込んでいたので、カンカンに怒られたりもした。
同僚の魔導女神たちは、……昔のことだから脚色されているのかもしれないけど、悪い性格ではなかったと思う。
戦えないことを馬鹿にされていたけれど、同僚は命を懸けて
最後の日。
リーネは
あんたは
あとは武装の受け渡し支援。
リーネは仲間たちの死を眺めていることしかできなかった。
魔導女神は全員がナンバリングで呼ばれていて人族だった頃の名前は覚えていない。だから互いをあだ名で呼びあっていた。
訓練施設で一緒だった
――できないこと考えてもしょーがないって、自分の持札でやりくりするしかないっしょ!
それが、
失敗しても舌を出して笑っているような、そんな子だった。
部隊が崩壊したとき、最後の魔導女神がリーネの元へ武器を取りに帰ってきた。
博士が
リーネは一緒に修理に戻ろうと言ったけれど聞き入れられなかった。
――戦いは
最後は見ていない。
飛行戦艦の大連絡通路を走る道すがら、
最後の最後まで役に立たなかった。
肩を並べて戦うことさえできなかった。
リーネは泣きながら研究区画へと戻った。
機関部を破壊された飛行戦艦は真っ赤な非常灯と警報音で満たされていた。船体がゆっくりと引力に導かれ墜落していく。
研究区画には博士が一人残っていた。リーネを金属製の筒型の装置の前に誘うと、これの試験をお願いするよ、と言い放った。
あとは博士に実験中の
回想に耽るのは一瞬のこと。
取り戻せない過去を振り返り、刻々と進んでいく現実へと戻ってくる。
「……博士。なんで私なんか……、人選、間違えてるよ……」
リーネは痛むおでこを押さえながら立ち上がる。
このまま運よく地上に這い上がれたとして、待っているのは
レノックスの
初見で
「データ……? ――!」
リーネは閃いた。
だが、すぐには行動しない。
胸に手を当てて己の考えをゆっくりと反芻する。
リーネが佇んでいる廃戦艦。これは
区画は、予想通りならば三〇番の居住区画。この廃戦艦の基本構造がリーネの乗っていた同型艦ならば、研究区画は隣だったはずだ。
リーネはそろそろと歩みを進める。角を曲がって隣の区画へと足を踏み入れた。
「……やっぱり、研究区画だ! さっきまで防衛機構は生きてた、……ってことは非常電源も生きてた、はず」
研究区画には様々な研究試薬や機器が保管されていた。
薬品関係は冷凍庫に保管されていたし、試験用の魔装は保管庫にナンバリングされて待機していた。
研究段階のものばかりだが、
研究区画の通路は崩落しており、床ごと抜けてしまった研究施設が多い。ほぼ絶望的と言ってよい状態だ。
だが、わずかに残された施設や設備が見えた。
破損を免れた物品が残されている可能性はある。
「どう、しよう……」
リーネは踏み出す足を悩ませた。
クルトは地上へ逃げろと言っていた。彼はタイラント・アラクニドを倒しきるか、危なくなったら逃げるつもりでリーネを先へ行かせたのだろう。
ここでリーネが余計なことをすれば、クルトの思惑が無駄になるかもしれない。
これ以上、失望されたくない。
このまま地上に脱出して
リーネは俯いたまま研究区画から背を向ける。
博士の言葉が脳裏を過る。
――死んではいけないよ、リーネ。キミは壊れてなんかいない。
リーネは立ちすくむ。掌を組んで祈る。
進むべきか、戻るべきか。
胸に迷いを抱えたまま、研究区画の入り口から動けずにいた。
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