第019話 超災禍

 操縦席のリクライニングを目一杯傾けて、モニターにほっそりとした足を乗せて、ロラはのんびりと寛いでいた。

 否、寛いでいるのではない。


「暇……ねぇ……」


 読みかけであった魔導女神時代の文献もすべて読破してしまった。

 情報集約艦データーベース・シップを外側から調査してみたいと思ったが、タイラント・アラクニドが住み着いている荒野はどんなことが起きるかわからない。キャンプから一人で出歩くのは躊躇われた。

 それに探索中のレノックスたちから支援を求められることもあって、双発回転翼機ツインブレードヘリコプターから離れることができなくなっていた。


「暇だわぁ……」


 備え付けの冷蔵庫から取り出してきた発泡酒を傾ける。

 どうせ何も起きやしないのだ。

 退屈で殺されないためには酔っ払いでもやっていなければ持ちそうにない。


 ぼへーっと操縦席から荒野の空を眺める。

 と、そのときであった。


 ザザー……っと通信機に雑音が混じる。


「……ラ! ……ヘリを飛ばせッ! ロラ――――ッ!」


 刹那、凄まじい大音声が操縦席に響いた。


「~~~~!? ――ッ、ごほっ! ……ごほ、ごほっ!?」


 のどを滑り落ちていくはずであったキンキンに冷えた発泡酒が胃ではないところへ流れ落ちそうになる。口から噴水の石像マーライオンのように酒を吹き出すところであったのを寸でのところで堪えた。


「い、……いきなりなんなの……? びっくりしたわ!?」


「すぐにヘリを飛ばせ! その場から退避しろ!」


 クルトとリーネを乗せていない。

 何故ヘリを離陸させる必要があるのか。

 尋ねたい理由はいくらでも思いついたが、ロラは私情をぐっと抑えつけた。事前に打ち合わせた通りに行動しなければ手遅れになるのかもしれない。


 ロラは双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの離陸前に周囲に障害物や人がいないことを確認。回転翼ブレードの範囲内に人がいないのを見てから魔導内燃機関ソーサリー・パワーユニットを駆動させた。


 砂塵を巻いて浮かび上がる機体はキャンプの上空へと飛翔する。


「離陸したらどうすれば?」


「キャンプから……を……ッ」


 通信機が雑音混じりとなってレノックスの声が不明瞭になっていく。


「ちょっと、レノ君。ぜんぜん聞こえな――ッ」


 調子の悪くなった通信機器を軽く殴りつけようと腕を振り上げた、瞬間。

 正面に見えていた廃戦艦もとい情報集約艦データーベース・シップが大爆発を起こした。


「きゃぁっ――!?」


 船体の横腹から凄まじい黒煙が吹き上がり、熱風と衝撃波に機体が大きく傾いだ。

 ロラは慌てて操縦桿に取り付いて姿勢を制御する。

 きりもみ状態をどうにか回避して廃戦艦の正面に向き直る。


 そして、視界に飛び込んでくる。


「冗談でしょ……、なんなの……ッ」


 のっそりと廃戦艦から巨大な蟲が這い出てくる。


 双角を生やした八眼の頭部が見える。蟲は鋏を持つ剛腕と節だった六腕で廃戦艦を突き崩していく。背中には羽が生えているので巨体でありながら空を飛ぶことができるのかもしれない。

 驚くべきは腹の先端には大きくしなやかな尾節を持つことだ。蠍のような尾の先は細く鋭い針が黒光りしていた。


 ロラは操縦席の中でぶるりと身震いをする。


 鋏を持つ剛腕で廃戦艦を殴り付けるたびに破片がキャンプに降り注ぎ、逃げ惑う人々を押し潰していく。そして巨大な蟲が廃戦艦から抜け出すと、地上に露出していた戦艦後部が支えを失って崩れ落ちていった。


 雲まで届かんばかりの土煙が膨れ上がる。


 砂嵐でも巻き起こったかのような惨状の中、巨大な蟲、星界の大厄蟲ネビュライーターは二〇万年ぶりの自由に歓喜の雄叫びを上げた。


◆◇◆◇◆◇◆


「各機、情報を共有せよ!」


「一番隊。爆発は情報集約艦データーベース・シップにて発生した模様! 探索中であった調査隊の状況は不明!」


「六番隊! 情報集約艦データーベース・シップの破片がキャンプに降り注ぎ甚大な被害が発生。重傷者がいます、死者数は不明です!」


 政府ヴィクトワールの兵士たちはまったく状況が見えていなかった。


 無理もない。

 通常の巡回任務中に大爆発が起き、立ち込める砂煙と黒煙に視界を奪われてしまっている。最悪なことに通信機器系統に異常が発生しており、単距離通信しか交信手段がない状況であった。


 通信不可の場合はレーダーを頼りに指定地点に一度集合する手筈となっている。

 巡回中であった十機の魔神機デモンズ・フレームは、キャンプ地の北西情報集約艦データーベース・シップ付近の丘の上で合流していた。


「警戒レベルを最大に引き上げる! 待機中の奴らをたたき起こせ! それと、超大型回転翼機ヒュージオクト・ヘリコプターに救護の連絡を……」


 無論、政府ヴィクトワールの兵士たちは知らない。

 砂煙のすぐ向こうに最凶最悪の生物がゆっくりと獲物を探し始めたことに――。


 ズゥン、ズゥン、と魔神機デモンズ・フレームを小刻みに揺らす振動に兵士たちは声を潜めた。


「な、なんの……音だ?」


「熱源反応なし。タイラント・アラクニドじゃないぞ!」


 霧が晴れるように薄茶色の視界が晴れていく。そして、靄の奥に聳える巨影が姿を現す。


「お、……ッ!?」


 驚愕の悲鳴を上げようとした兵士は言葉を続けることはできなかった。


 砂塵を裂いて何かが飛来する。魔神機デモンズ・フレームの一体を脳天から股間まで一気に貫く針が荒野に突き刺さった。

 操縦席ごと貫かれた兵士は即死。

 魔神機デモンズ・フレームは骨格と魔導鋼筋の断裂によってビクビクと痙攣している。遅れて、ちぎれた頭部が転がり落ちた。


 兵士の誰もが言葉を失っていた。


 砂塵の向こうから魔神機デモンズ・フレームを破壊せしめたモノ、星界の大厄蟲ネビュライーターはゆっくりと針を戻して、魔神機デモンズ・フレームの残骸を大顎へ運ぶ。


 金属を噛み砕く咀嚼音が耳を打つ。


「戦闘機動! 魔導障壁バリアフィールドを……!」


 星界の大厄蟲ネビュライーターの鋏が無造作に振るわれた。


 瞬く間もない。

 隊長機は魔導障壁バリアフィールドごと星界の大厄蟲ネビュライーターの鋏に潰され、喰われた。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ」


 肺の底から絞り出すような叫び声が聞こえた。


 誰の声なのか。

 誰もが絶叫を上げていた。


「化け物だ!!!」


「反撃、さ、散開しろぉぉぉ」


「救援を、が……ッ!?」


「逃げ……!」


 魔導突撃銃ソーサリーライフルを乱射しつつ、後退する者。

 大口径魔導砲マッシブ・ソーサリーランチャーを装填、発射態勢をとる者。

 魔導溶断剣ソーサリーソードで斬りかかる者。


 しかし、どのような攻撃も瞬時に再生されて、次には無効化されてしまう。


 星界の大厄蟲ネビュライーターは狡猾であった。

 逃げるものは尾の針で即座に仕留め、向かってくるものは強靭な鋏でもって粉砕する。どの獲物から倒すべきかを瞬時に判断していく。


 腹を満たすためには数がいる。

 星界の大厄蟲ネビュライーターは、一体ずつ、逃がさずに、仕留めていった。


 ものの数分で十機の魔神機デモンズ・フレームを喰らい尽くすと、星界の大厄蟲ネビュライーターは視線を別方向へ向けた。


 視線の先には、飛び立とうとする超大型回転翼機ヒュージオクト・ヘリコプターの姿があった。


 ここからでは腕も尾の針も届かない。

 超大型回転翼機ヒュージオクト・ヘリコプターは無事に逃げきることができそうである。


 だが、許されない。

 飢えているのだ、決して逃しはしない。


 星界の大厄蟲ネビュライーターは落ち着き払った動きで口を開く。

 口腔の奥に青白い電光の輝きが灯り、しだいに輝きは溢れんばかりに大きくなっていく。


 最大にまで収束された雷光が放たれた。


 魔力を凝縮させた雷光は地平線まで走り抜ける。

 大地を、大気を、灼いて、超大型回転翼機ヒュージオクト・ヘリコプターに直撃する。


 超大型回転翼機ヒュージオクト・ヘリコプターは命中した箇所からドロリと溶けた。

 回転翼ブレードから火花が上げり、溶解してバラバラと脱落していった。あっという間に機体が真っぷたつに折れ曲がる。

 機体はゆっくりと溶けながら地上に墜落。落下の衝撃で大爆発を起こした。


 星界の大厄蟲ネビュライーターは心なしか残念そうに鋏を下げた。

 獲物は燃え上がってしまったのであれでは食べられない。


 次に狙うのは、小さいが荒野に立っている建物キャンプ小さな生き物人族たちだ。


 しかし。


 上空より無数の弾丸が降り注ぎ荒野を穿つ。

 方向転換をしようとする星界の大厄蟲ネビュライーターの足が止まった。


 颯爽と荒野に降り立つ影がある。


 赤と黒のカラーリングを施された傭兵企業オルインピアダ・インターナショナル魔神機デモンズ・フレーム

 墜落した超大型回転翼機ヒュージオクト・ヘリコプターから辛くも脱出をしていた、レノックス・イームズの駆る機械神である。


 レノックスの魔神機デモンズ・フレームはキャンプの前に立ちふさがると、両手に装着した魔導突撃銃ソーサリーライフルを構えた。

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