第017話 アンロック

 翌朝、レノックスから提案を持ちかけられた。その内容が意外なもので、クルトは思わず聞き返してしまった。


「……探索ペースを早めるのか?」


「うむ。昨日の様子を見ていると、問題ないだろうと判断した。いかがかな?」


 クルトは昨日までの探索ルートと立体地図を思い浮かべる。正確に覚えているわけじゃないが、レノックスが選択していたルートは易しい道だった。可能な限り崩落した通路を避けて、大連絡通路を横断する道を迂回していた。

 今日からは最短ルートで一気に管制室を目指すということか。


 クルトとしては願ってもない申し出である。リーネが付いてこれるか不安だがここから引き返させるわけにもいかない。フォローを欠かさずにいればどうにかなるだろう。


 急な方針転換には戸惑うが、レノックスにも事情があるのか、それとも……。

 いろいろな思考が巡る。が、結局のところクルトは首を縦に振った。


「オレは構わない」


「私も平気だよー、ふぁぁ……ねむぅ……」


 クルトが了解の意を示すと、リーネもまた大あくびをしながら間延びした返事をする。


「では、ペースを上げるとしよう」


「おい、レノックス」


 ふと、歩き出そうとする小型魔神機スマート・デモンズを引き留める。


「どうした?」


 誘惑暗黒魔法洗脳女神魔法か。

 かつての記憶が蘇り、状態異常の魔法を掛けられたりしていないだろうかと、疑ってしまう。

 

 暗黒魔法にも女神魔法にも相手を意のままに誘導する魔法が存在する。かけられた本人は気づかないままに行動させられてしまうのだ。

 小型魔神機スマート・デモンズ越しに聞こえてくるレノックスの様子は昨日と変わりがない。目の前にいるのならともかく通信機越しではレノックスの状況はわからなかった。


 いや、しかし……、まさかな。ありえない。


「……悪い。なんでもない」


 クルトは妄想を振り払う。

 想像が飛躍しすぎている。この未来世界に魔法は存在しないはずだ。クルトが原始人ケイヴマンなどと呼ばれていることからも同年代の古代人もいないだろう。


「? 変な奴だな。予定では昼に管制室にたどり着く。バテるようならば、速度を落とそう」


「平気、平気。どんとこーい!」


 リーネは笑顔で右手と左手の親指を立てる。キラリと光る八重歯が余計にうっとうしかった。


 その無駄な自信はいったいどこから湧き出るのだろうか。逆に、無理だ、できっこない、とがなり立てる者よりはマシだと思えばいいのだろうか。






 ――そして、数時間後。







「……お前、平気なんじゃなかったのかよ!」


 クルトは背負っているリーネを怒鳴りつけた。

 当のリーネと言えば、クルトに背負われながらぐんにゃりと伸びている。


 背中に吊っていた魔導女神の大剣メテオスライサーは抜き身のまま携えており、鞘代わりに使っていた革のベルトはリーネがずり落ちないように背負い帯となっていた。


「だってぇー……、魔法ばっかり使って疲れたよぉー……」


 リーネは魔法の連続使用が苦手なのか、あっという間に魔力を使い果たしてしまった。スタミナ同様、ある程度休憩を挟めば魔力は回復するのだが、疲れた、歩けない、などと喚くのでリーネを背負っているのであった。


「どうしようもないな、まったく……まったく……、まあ、いい。お前はそんな奴だ」


 クルトはズキズキと痛むこめかみを抑える。


 助けてほしいと素直に頭を下げる姿勢だけは評価しよう、と考える。実力不足を棚に上げて、探索ルートが悪い、フォローが甘い、と他人のせいばかりにする者よりはマシだと思うことにした。


「二人とも。急いだ甲斐があったというものだ、到着したぞ」


 レノックスが壁の案内板に近寄る。薄く積もった砂埃をぬぐい取ると、『管制室』の文字が刻まれている。


「ようやくか」


 これでリーネを運んでやる必要もないわけだ。こんなお荷物とはおさらばだ。


「もう回復しただろ。ここからは歩くんだな」


「ぐえっ!?」


 クルトは背負い帯を緩めると、その場にリーネを捨てる。情け容赦なく落とされたリーネは潰れた蛙のように床にへばりついた。


「いたた……、ひどい……」


「運んでやっただけありがたく思え」


 涙目で見上げてくるリーネを一蹴する。

 状況が状況ならば見捨てられていておかしくない。命がかかっているならば囮にされて置いていかれるのはまちがいないだろう。もう少し感謝してほしいものだ。


 と、そこへ。

 管制室の扉を調べていたレノックスの声が聞こえてきた。


「いかんな」


「問題か?」


「……管制室は退去時に閉鎖されてしまったようだ。解錠ができん。無理やりこじ開ける、下がっていたまえ」


 言われるままにクルトとリーネは扉から少し離れた位置に立つ。武器を構えていつでも戦えるように待ち構えた。


 施錠されていた自動開閉扉オートスライドドアを、小型魔神機スマート・デモンズの怪力でこじ開ける。最後の一息を力任せに引くと、ようやく扉が完全に開かれた。


 緊張の一瞬。

 一秒、二秒、と経ち、沈黙が続く。


「はぁー、良かったぁー」


 真っ先に緊張を緩めたリーネの声に弛緩した空気が戻ってきた。どうやら開いた瞬間に潜んでいた魔物が飛び出してくるようなことはなさそうである。


 クルトは手持ちの照明を管制室に差し込む。

 照明の明かりは全く届かない。闇の向こうには思いのほか広い空間があるようだった。


「降りるのが大変だな」


 管制室と思われる部屋は完全に横倒しになっている。

 クルトとリーネとレノックスはこじ開けた扉の両脇に座り込み、まるで底の見えない井戸を見下ろすように管制室の中を覗き込んでいる。

 うっかり足を滑らせればどこまで落ちるのかわからない危うい足場に三人は立っていた。


「うぅ~~~ん、全然見えないよー……」


 リーネが身を乗り出そうとするのをレノックスがやんわりと制する。


「いかん。管制室は正面に巨大モニター、中央は立体地図を展開するホログラム投影装置が設置されていて空洞になっていたはずだ。落ちれば数百メートル下に叩きつけられるぞ」


「ぎょえー!? あっぶなぁ……」


 リーネの悲鳴がわんわんと暗闇に反響する。


 レノックス曰く管制室はオペラ劇場のようになっていると説明した。

 数百の操作卓が壁際に半円を描くように設置され、ホログラム投影装置と巨大モニターがある構成は、たしかに劇場に似ている。


「滑落に備えてセーフティロープを固定してほしい。私は自前の磁力ワイヤーで降りる」


 レノックスは管制室の生きている端末を探すと言って、磁力ワイヤーを頼りに管制室の中へと滑り降りていく。

 クルトは頑強な手摺にセーフティロープを固定する。そして、リーネに手渡した。


「あれ? クルトはしないの?」


「オレは魔法があるからな」


 何か不測の事態が起きた場合は、すぐさま管制室の外へ移動してリーネのセーフティローブを引き上げてやらなければいけない。

 孤影の嫉妬シャドウ・オブ・ジェラシーを発動させるのに邪魔なモノセーフティロープはつけていたくなかった。


「どうせならクルトの魔法で私も運んでよ」


「残念だったな。暗黒魔法は他人に掛けることはできない。女神魔法とは違うんだ」


「ほへ~……、そうなんだ。あーあ、せっかく楽できると思ったのに」


「ガタガタ言わずにいけ。オレが降りれない」


 クルトは皮手袋をした右手でしっかりとセーフティロープを握りしめる。リーネが降りるまでセーフティロープを支えなければいけない。


「はーい。それじゃ、お先ー!」


 リーネが軽快に壁を蹴って下へと降りていく。着地の振動がロープを通じて伝わってくる。


「おっけー! ついたよ!」


 リーネの大きな声が聞こえてきた。

 クルトはセーフティロープが緩んでいないことを確認してから孤影の嫉妬シャドウ・オブ・ジェラシーで移動する。

 影を伝ってレノックスとリーネの横へと降り立った。


 管制室の中央にあった端末をレノックスが操作している。小型魔神機スマート・デモンズからケーブルを伸ばしてハッキングをしていた。


「どうなの、いけそう?」


「うむ、以前見た情報集約艦データーベース・シップと変わりないようだ。操作できる」


「なにか技術情報は見れないのか?」


「ここは管制室だ。重要なデータベースにはアクセスできん。研究施設の端末がいる」


「後回しか……」


 この場所から技術情報の保管場所がわかれば、探索がはかどるかと思っていたが、うまくは回らないものだ。


 レノックスの操作する端末に赤色の選択窓ダイアログが表示される。


 ――ガードシステムを強制停止しますが本当によろしいですか?


 いいえ、が選択されていたカーソルを、はい、に変更する。


「では、防衛機構を停止させる」


 レノックスが実行する。

 すると、端末が真っ黒ブラックアウトになり画面になにも表示されなくなる。


 しばらくして、一斉に周囲の端末が起動しはじめる。生きている照明が点灯して辺りが真昼のような明るさとなる。

 傾いた管制室はかつての姿を取り戻したかのように動き出した。


「システムが再起動したようだな、さて、探索を……」


 レノックスが操作端末からケーブルを引き抜こうとする。

 リーネは側にある端末の起動時の文字羅列をつまらなさそうに眺めている。


 クルトだけが気がついた。


「待て! ……なんの、音だ……?」


 管制室からはるか遠くの方で金属の歪む音が聞こえた。力づくで引き裂いて、勢い任せに貫いて、何かが。

 まるで何かが這い上がってくるような……。


 クルトの培ってきた戦いの経験が無意識に体を動かした。即座に身体強化の魔法を発動させる。


「――死者の強欲グリード・オブ・デッドマン! ……壁にはりつけ――!」


 クルトは叫ぶ。声を張り上げながらリーネの襟元を掴む。体を投げ出すように壁側へ跳んだ。

 クルトが壁に激突する。リーネの悲鳴が聞こえた。


 寸秒遅れて管制室の中央の床がめくれあがった。頑強な床を突き破って現れた巨大な鋏は、レノックスの小型魔神機スマート・デモンズを天井に叩きつける。


「ぐぁぁぁ、――ッ!!」


 衝撃に小型魔神機スマート・デモンズの右腕が吹き飛ぶ。ついで、押し潰された下半身が内部ケーブルを残して引きちぎられた。

 ケーブルから流れ落ちる黒い機械油がボタボタと床を染め上げる。その有様は鮮血が飛び散ったように見えて、リーネは小さな悲鳴を上げた。


「なんだ、コイツは……」


 管制室をぶち抜いて現れた巨体に目を剥く。管制室に見えているのはレノックスを掴む鋏と巨大な頭だ。裂けた床から体がゆっくりと這い出てくる。

 頭には鋭い双角が生え伸びており、額には黄色い八眼と強靭な大顎がある。腕は巨大な鋏を備えた剛腕と節だった六腕を備えている。

 さすがに巨大すぎるためか、脚は見えず、体の大半は管制室に入ってこれずもがいていた。


「……ぁ、ぁぁ……、うそ…………」


 抱えていたリーネが恐怖に引きつった声を漏らす。そして、呟いた。


「…………星界のネビュラ、……大厄蟲イーター……」


「こいつが、か」


 星界の大厄蟲ネビュライーターは、黄色の八眼をこちらに向けると、不快な音をたてて顎を噛み鳴らした。

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