第016話 燻灼する謀

 レノックスは小型魔神機スマート・デモンズに背負わせていたコンテナを下ろす。

 本来はこんな荷物を持ってくることはないのだが、クルトとリーネは食料と水がないと死んでしまうし、睡眠をとるための寝袋や最低限の日用品が必要になる。


「悪いな、レノックス」


 コンテナから携帯食料と飲料水を取り出しながら、クルトが礼を言うのを黙って聞いていた。


「どうした?」


「……いや、なんでもない。少々考え事をしていただけだ」


 この少年クルトは素っ気なく不遜な態度を見せるが、礼儀正しくルールを守る誠実な人物だ。

 また、己の実力を誇示する血気盛んな一面はあるものの、リーダーであるレノックスの判断に従い、時にさりげなくサポートを買って出る。

 部下に欲しいというよりは戦友として頼りになるといった具合だ。


 年齢は少年と言って差し支えないほどの若さでありながら、戦士として訓練されていて礼儀正しさも持ち合わせている。

 八〇万年前の世界ではどんな生活を送っていたのか気にかかったのだ。


 そこへ、ビスケットを齧りながらハインリーネがすり寄ってくる。


「レノっちの思っていること当てようか? 意外にクルトが頼りになっているなあ、ってとこでしょ!」


 レノックスはこみ上げる苦笑いを抑える。


「……ハインリーネ君は、こういうときだけは鋭いな」


「へへん! 魔導女神ですから。秘密はなんでもお見通しだよ!」


 ハインリーネは両手を腰に当ててそっくり返る。


「隠していたわけではないがね、さて……」


 レノックスは話を切り上げると、小型魔神機スマート・デモンズを部屋の入口へと移動させる。


「では、私も寝るとしよう。また明日よろしく頼む」


 通信機越しにクルトとハインリーネに別れを告げる。

 二人の返事を聞き終えてから、小型魔人機スマート・デモンズ自動迎撃装置タレットモードに切り替えた。


 自動迎撃装置タレットモードにしておけば、魔物や巡回する防衛機構がいても二人を守ってくれる。休息場として選択した部屋も損壊が少なかったので崩落することはないはずだ。


 ――何が起きてもあの少年クルトはなんとかしてしまうかもしれないが、な。


 レノックスは小型魔人機スマート・デモンズの操縦端末の前で深い吐息を漏らした。

 今日何度目かになるかわからないため息である。


 理由は、己の読みの甘さだ。


 レノックスは約一万年前から発掘された古代人である。

 当時、魔人機デモンズ・フレームを主力とした軍隊が採掘資源や霊装遺構パンドラを巡って紛争の絶えなかった時代にレノックスは軍人として働いていた。


 階級は大尉。魔人機デモンズ・フレームを駆り、敵機の迎撃部隊の長として前線で戦うこともあれば、後方で生物兵器駆除の作戦指揮を執ることもある。敵の性能を即座に見極め、戦局の善し悪しを見抜く。

 自分で言うのもなんだが戦慣れした優秀な軍人であったと自負している。


「私も未熟だな」


 レノックスは小型魔人機スマート・デモンズの操縦端末を待機スリープに変更して席を立った。


 ここは、超大型回転翼機ヒュージオクト・ヘリコプターの遠隔操作室のひとつ。

 操縦端末は他人の邪魔されないように個室になっているため、作戦行動中は貸し切りとなる。操縦端末の部屋をカードキーでロックすると貸し出された部屋へと戻るべく歩き出した。


「誰だ、原始人ケイヴマンなどと言った者は……。剣を使った戦い、魔法の威力、どちらも侮れんな」


 星明りの照らす廊下を歩きながらぼやく。レノックスは初めて目の当たりにした魔法の真の力に興奮していた。


 魔法を侮っていた。

 以前、ハインリーネから魔法の力を見せてもらい、大した力ではないと感じていた。魔法は魔科学技術により代用できている。魔法など劣った技術である、と。


 しかし、クルトの使っていた魔法は無視できない能力を発揮していた。


 影に潜んで敵の背後から襲いかかる魔法。

 センサーに引っかからないほどの極小の音を拾い上げる魔法。

 防衛機構を一撃で打ち砕くほど強力な射撃魔法。


 クルトはすべての手の内を見せてはいないようだから、まだまだ強力な魔法を使うことができるのだろう。


 なぜハインリーネの使う魔法と威力や効果に差があるのかは不明だが、クルトの使う魔法は魔科学では実現できない力を秘めていた。


 魔神機デモンズ・フレームと比べると火力や機動性は劣るが、個々の戦闘力で見れば未来世界の戦士を圧倒する強さを備えている。小型魔神機スマート・デモンズの戦闘で勝利を掴むのは危ういものとなるだろう。


 超大型回転翼機ヒュージオクト・ヘリコプターの廊下から外を眺める。

 荒野の冷たい空には星が瞬いている。視線を彷徨わせてキャンプの明かりを探すが、誰かが起きている様子はない。

 おそらく、彼女ロラも寝ているだろう。


 ロラは魔法の研究をしていると言っていた。初めて彼女の研究を聞いたときは、学者は酔狂なものだなと思ったものだが、……いま思えばロラは魔法の力を知っていたのかもしれない。


「……教えを乞えば学べるものかな、魔法とやらは」


「魔法を覚えてどうするつもりでしょうか? オルインピアダのエース様」


 レノックスはぎくりと体を強張らせた。誰もいないと思っていた通路に人の気配が湧き上がる。

 声の主を探そうと暗がりに目を凝らす。ヒールのコツコツと廊下を歩く音が近づき、廊下の暗闇から染み出るように女が現れた。


 白磁もかくやと思われる折り目のついたアイボリースーツ。ボブカットできっちりと切り揃えられた黒髪。刃のような冷やかさを秘めた瞳が煌めいている。


 月明かりに現れた女の姿にレノックスは息をのむ。しかし、見知らぬ他人ではなかった。ただ……異様な気配に呑み込まれていた。


「主、任……か……。驚かせないでもらいたいな。こんなところで何をやっている?」


「視察に参りました。成果が出ているか、確認を」


 主任はお茶目にペロリと舌を出す。


「お前は机に座って決済をするのが仕事だろう……」


 主任は、政府技研エクサの研究、方針、すべてを統括する最高責任者である。レノックスとは個人的な交流があり、今回の調査でロラが参加できたのは主任の口添えがあったからに他ならない。


「その通りです。わたしの仕事は決済すること。……だから、このような場所にいるはずがありません、そうですね?」


「そうだな。いるはずがないな……」


 レノックスは何気なしに言葉を繰り返す。気にならないくらいの何かを感じたが、意識することなく受け入れてしまう。

 主任は瞳を細めると、満足げに笑う。


「管制室に到着しましたか? 防衛機構を停止させるまでが貴方の仕事です」


「……まだ到着していない。明日か明後日くらいだろうか……」


「承知しました、――明日が楽しみですね」


 明日にはたどり着いてくれるのでしょうね、と念押しをするような主任の言葉。じりじりと待たされるのはもどかしいと顔に書いてある。

 どうやら明後日という選択はダメなようだ。レノックスは明日の探索ペースを少し上げるかと思案する。


「明日には、捩じ上げるとしよう……」


「期待しています、それでは」


 主任はくるりと踵を返す。ヒールの音を響かせて、遠ざかっていく。

 やがてしんと静まり返った夜の空気が戻ってきた。


 レノックスはのろりと視線を巡らせるが、この場には誰もいない。誰もいなかったはずだ。誰かと話していたような気もしたが、気のせいだろう。

 何故、こんな廊下で立ち止まってしまったのだろうか。


「いかんな。ボンヤリとしてしまった……、早く寝るとしよう」


 レノックスは眉間を指先でほぐす。夜明けまで残り数時間といった具合だが、充てがわれた自室で睡眠をとることにした。

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