第015話 凸凹三重奏
吹き抜ける風の音がこだましている。
いま探索をしている
現在、
目の前に立ち塞がる大渓谷は、
幅、一〇〇メナル。深さ、二〇〇〇メナル。
ライトの明かりも届かない穴が、漆黒よりも深い闇が、静かに広がっていた。
……早速、探索の脱落者がでることになりそうだった。
「わかっただろう。君たちに渡る術はあるまい。探索は私に任せて……」
レノックスが後ろで何やら言っているのを尻目に、クルトは暗黒魔法の詠唱をする。
「先に行くぞ。……影よ、
「な――!?」
クルトは暗がりへと身を埋める。レノックスの驚き叫ぶ声を無視して、影を渡って左舷大連絡通路の反対側の横路へと飛び移る。
暗闇の世界はすべてが影の中と同義だ。大回廊だろうが大渓谷だろうが、天地はなく、どこでも自由に移動することができる。
「着いてこれないなら置いていくぞ」
クルトは早く来いとばかりにレノックスとリーネに言い放つ。
と言ったものの、リーネはここで着いてこれなくなるだろう。女神魔法にも移動用の魔法があるのだが、先日の模擬戦で移動できる距離が短いことは確認済みだ。
だが、クルトの予想は裏切られた。
「なんの、次は私の番だよー! 光よ、わが身を包み神秘を身に宿らせたまえ、――
リーネは一息で後ろに飛び下がると全速力で走りはじめた。ぐんぐんと加速する体がぶれて見える。
まさか、この距離をジャンプする気なのか。
「危険だ! 戻れ、ハインリーネ君――!」
「馬鹿が、なにやってる――!」
クルトは止めようとリーネの元に移動しようとするが、すでにリーネは跳躍一歩前まで加速していた。
「なんとぉぉぉぉぉ――!!!」
リーネの元気な掛け声が響き渡る。
ひと際力強く床を蹴る音に続いて、リーネは幅跳びの如く左舷大連絡通路に飛び出した。
軌道はやまなりでなく、矢のように勢いに乗せて空を駆ける。
そして。
「――へぶっ!?」
あっさりと左舷大連絡通路を飛び越えて、クルトの立つ横路を逸れて、反対側の壁に激突した。
大の字に張り付いたリーネを見上げたまま奇妙な沈黙が流れる。盛大な衝突音にミシミシと壁が軋み、細かな埃が頭上から舞い落ちてきた。
「……なんて奴……!」
クルトが身体強化の魔法を使ってもこの距離を飛び越えることはできない。魔法を使えばリーネの身体能力はクルトよりも高いことと素直に認めざるを得ない。
ただし、バカだけど。
「あ、あ、あ、ちょ、ちょちょ、まず、やばーーーっ!」
リーネがわたわたと手を振り回すが虚しく空を切る。リーネの体はゆっくりと壁から離れて、左舷大連絡通路をまっ逆さまに落ちていく。
この距離なら移動魔法が届くはずだ。クルトは叫んだ。
「
「そっか! ――光よ、我が身を、えー、ぁぁぁ……!
恐ろしく適当に唱えられた詠唱文言だったが魔法はきっちりと発動してくれた。
リーネの体が光の粒子となって霧散する。光の残滓を牽いて横路に瞬間転移し、落下してくる。
クルトの真上に。
「ぐぉ!?」
頭から降ってきたリーネに押しつぶされて、クルトは床に這いつくばる。
「たははは……、いやぁ~、死ぬかと思ったぁ」
「……ッ、さっさとどけ」
のんきに頭を掻いているリーネを押しのける。
あれだけの衝撃でぶつかっておきながら頭にはたんこぶひとつない。模擬戦で体の頑丈さは知っていたものの明らかに人族の範疇を越えている。
一体リーネの体はどうなっているのだろう。
まじまじとリーネの額を眺めていると、視線がぶつかった。
「熱い視線を感じるよ。むふふん、いまの大ジャンプそんなに凄かった?」
「いいや。次にオレの上に落ちてきたらぶっとばす」
あんな力業がいつも通じるわけがない。たまたま運が良かっただけで下手をすれば滑落して終わりだ。フォローをする身にもなってほしいものである。
「ひどーい!
「避けられて頭から齧られるのがオチだろ」
「なにおー!」
両手を振り上げてぷんすかと怒るリーネを片手であしらいつつ、頭上を見上げる。
遅れてレノックスがクルトたちのいる横路に移動してくるところだ。
腕に装着された磁力ワイヤーを壁面に接着させると、ボルダリングのように壁を伝ってこちらへ渡ってきた。
クルトの横に降り立つなりレノックスは興味津々で尋ねてくる。
「今の技はいったい? あれが、魔法なのか……?」
「そうだ。この世界では廃れたみたいだけどな」
レノックスはしばし沈黙していたが、通信機越しに咳払いをする。
「……先の発言は撤回しよう。探索には申し分ないようだ。ただし、先頭は私だ」
磁力ワイヤーを回収すると盾を構え直す。決して譲らんと背中で語りながら、横路を先へと歩いていった。
子守の探索パーティだと思われていたのが、即席の探索パーティくらいには格上げされたのだろうか。その認識をさらに改めさせてやろうと秘かに目論む。
そうは言っても、リーネがいる時点で子守の探索パーティなのは変わらないかもしれないが。
「素直じゃない奴だ」
「えー? それ、クルトが言っちゃう?」
「……どういう意味だ」
「いーえ、なーんでも、なんでもありませーん」
クルトがジロリと睨むと、リーネはしれっとそっぽを向いて逃げていってしまった。
――時は過ぎ。
かれこれ探索開始から五時間が経った。
何度目か休息を挟んだところで、レノックスが疑念の声を上げた。
「おかしい。道を間違えたか……?」
クルトが立体地図を覗きこむと、レノックスの言う違和感にすぐ気がついた。
「……通れるな」
立体地図を見ると、道は二つあるが片側は塞がっていることになっている。しかし、目の前にある通行不能になっていた通路は瓦礫一つない。
「少し待っていてくれ。このまま進むのは遭難の危険がある。ロラに位置特定をしてもらおう」
レノックスは休憩をしてくれと告げると、通信機を介してロラと連絡を取りはじめた。
自分の現在地をすぐに知ることができるのは便利なものだなと感心する。女神歴時代では、遭難の危険と判断した場合はすぐに入り口まで戻るのが常だったからだ。
手持ち無沙汰になったクルトは、通れないはずの通路に近づいて先の様子を伺う。
通路は綺麗なもので瓦礫の撤去がなされた様子はない。
つまり、ここははじめから通れたと言うこと。さらに、通路には防衛機構の残骸が放置されている。よって誰かが通り抜けて戦闘をした形跡がある。
レノックスのいう通り道を間違えたのならば簡単な話だが、もし立体地図の場所と現在地が正しかったならば、何故に間違った情報を載せたのか。
ちょっとしたミスか。
立体地図の不具合か。
それとも、……作為的な行為か。
考えを巡らせているとレノックスが戻ってきた。クルトとリーネを呼ぶと立体地図を指して説明をする。
「現在位置は正しいようだ。このまま進めば、管制室へのルートは近い……しかし、どうしたものかな」
「管制室にすぐ着くなら、新しい道をいけばいいじゃん? はやく行こうよ」
「その通りだ。その通りなんだが……」
リーネの言葉にレノックスはなんとも言えずに言葉を濁す。
悩ましいところだろう。明らかに怪しい誘導を感じさせる立体地図の情報に、探索を続行すべきか判断を迫られている。
しかし、戻ったところでどうしようもない。遠回りをして管制室を目指すのもかまわないが、探索期間が減れば減るほど発掘品を手に入れる時間は失われていく。
最悪を想定すると管制室への迂回ルートが見つからずに、ココへ戻ってくる可能性も考えられる。進めるのであれば、進んでしまうのがいいと思われる。
無論、安全を最大限に考慮しながらだ。
「進もう。先頭はレノックス、オレとリーネは常に防護魔法を張りながら移動。異変があったら即座に撤退。これでどうだ?」
「ふむ、……
「いいんじゃない? それで行こー!」
確たる反対意見はなかった。満場一致である。
「では、前進する。……っと、私としたことが」
レノックスが足を止める。
すでに外は日が暮れて暗くなってきており、現在時刻が二〇時前後であると告げた。
「ふへぇ、もうそんな時間なんだ」
ダンジョン探索は昼夜の感覚が狂う。時間管理をしっかりして休息をとらないと蓄積する疲労に気づかないこともある。
クルトとしてはもう少し進んでから提案しようかと考えていたが、レノックスの時間配分があるならばそちらに従うべきだと考えて何も言わないことにした。
何せ未来世界のダンジョン探索はこれが初めて。いろいろと勉強させてもらいたいところだ。
「この先に休めそうな場所があれば、本日の探索は終わりにして野営準備に入ろう。もうひと頑張りだ、ハインリーネ君」
「はぁい、……ふわぁぁ……、そう言われるとなんか眠たくなってきたよ」
未踏破の通路を進み始めて数十分後。
隔壁で囲まれた部屋を発見した一同は、野営をすることに決めて、本日の探索は終了することにした。
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