第005話 旗艦都市の発掘組合
旗艦都市ヴィクトワール。
イグレシア大陸極東に着陸した巨大宇宙船を中枢として広がっていった魔科学技術の最先端都市である。
都市の西側には白砂浜の広がる遠浅の海が広がっており、都市の東側には肥沃な森林地帯と薄く雪の積もる雄大な山々が聳えていた。
旗艦都市ヴィクトワールは、夏秋に熱帯低気圧の通り道である問題を除けば、四季を感じられる温暖で過ごしやすい地域である。
旗艦都市ヴィクトワールが宇宙空間での生活を終えて、この地に着陸したのは約一二〇年ほど前に遡る。
旗艦都市ヴィクトワールが惑星を飛び立ったのは一万年前程前と記録されている。
当時、旧時代の軍事施設であった
ちなみに、
数万・数十万年単位で発生する恐るべき極大災害の総称である。その被害は文明・技術を衰退させて人族の存続を危ぶませるほどだ。
記録されている
宇宙より飛来した
技術進歩の進んだ人族は古代技術の復活をさせる事業に取り組み始めている。特に盛んなのは失われた霊装歴時代の技術の復活だ。
地上に露出した一万年前から十万年前の遺跡・地層を捜索、目的の場所を発見したら発掘を行う。掘り出された遺跡からは化石となった魔科学機器や
特に古代人の技術者や軍人は貴重な知識を持っていることが多く、古代技術の復活に欠かせない人材となる。そのため政府はもちろんのこと、傭兵企業や発掘組合が好待遇で保護している。
話は変わるが。
旗艦都市ヴィクトワールにはスカロプスと呼ばれる政府公認の発掘組合がある。主に旧時代技術の発掘と研究を行う企業や個人を管理している組織で、新しく発見された遺跡の情報を発信してくれたり、発掘するための許可証を発行してくれる。
旗艦都市の中央にある宇宙船ヴィクトワール。そのヴィクトワール艦内、行政区画にあるスカロプスの本部の会議室。ドーナツ型の机に組合長と部門長たちが顔を突き合わせていた。
本日は月に一度の定例会議なのだ。
全員の顔が揃ったのを見て、スカロプスの組合長が口を開いた。
「諸君、忙しいところすまんのう。時間もない。定例会をはじめてくれ」
組合長の言葉を受けて一人の男が起立する。
「では、解析部から」
男は手元の紙に目を落とし、読み上げていく。
「新たに発見された発掘場は三件、発掘品は一三九万二〇〇一件、古代人の発見は六名。二五一〇件の発掘品は軍事に関わるものであるため
解析部の部門長が淀みない口調で報告をあげていく。特別な問題や宿題もないため、他の部門長も資料の内容ものんびりと眺めながら聞いている。
「……以上です。管理部、どうぞ」
続いて、管理部、法務部、広報部、と発表は続いていく。最後の発表が終わったところで組合長がわざとらしく咳払いをする。
眉間の皺から察するに機嫌が悪いのだろうか。
実に珍しい。
組合長は、大概の問題は深呼吸でもしてじっくり対応しろと笑い飛ばすような豪快な性格をしている。気難しい表情で悩んでいる姿を見るのは久しぶりだ。
「どうかされましたか?」
解析部の男は組合長の機嫌を図りつつ声をかける。
「うむ……、ちと面倒な話がのう。話さねばならんのじゃが、まったく……
「……あらあら、そんなやわな心臓をお持ちでしたかしら」
「組合長の心臓が止まるような話であれば、その内にとどめておいてもらいたいものです。そんな苦労を背負いたくありませんので」
「まったくその通りですな、ッハッハッハ!」
会議室が笑いに包まれる。
重苦しい話を重苦しい気分のままするのも気が滅入るだけだ。クセのある組合長の下で仕事をする部門長たちもいい性格をしていた。
「お主ら、ロクな死に方をせんぞ……。ごほん、冗談はさておき。話というのは
部門長たちは即座に気付いた。長として立つ以上、古代技術に関連する事象や事柄のニュースは常に把握しておくものだ。
広報部門長が皆の思い浮かべたものについて声に出した。
「周期、のお話かしら?」
「うむ。前回の
「ヴィクトワールで惑星外へ逃げることも視野に入れねばなりませんな。あとは、完全な
「しかし、それでは一万年前と何も変わらないのでは? もっと根本的な、
「人族の数十万年の及ぶ歴史の中で
にわかに騒々しさを増す会議室。組合長がパンパンと手を打ち鳴らし黙らせる。
「ワシ等だけで論議をしてもしかたなかろう。
「発掘された六名の内、五名は一般人でした。残りは、その……」
「残りの一人はなんじゃ?」
「兵士です」
「ほう、上級士官であれば軍事技術に精通しているかもしれんのう。どうなのじゃ?」
「いえ、その……発掘年代が古く、……推定八〇万年前の化石から再生された兵士になります……」
会議室に微妙な沈黙が流れた。桁を間違えているのではないのか、と聞き間違えを疑ったのだ。
しかし、発掘年代が事実であることを知って皆の間にどよめきが起こる。
組合長は問いただす。
「馬鹿な。それほど古い年代の地層をわざわざ掘り返すようなことはしていないぞい? しかも、どうやって生きていたというのだ?」
「何らかの原因で石化していたようです。発見されたのは魔導歴時代の飛行戦艦内部。当時の学者たちが神話の研究をしていたようなので……」
幾人かの部門長からため息が漏れる。
「魔導歴時代の戦艦など……。役に立たんだろうに」
魔導歴時代の技術の発掘や解析の優先度は低い。消失した魔法技術を原点に進歩した魔導技術は、魔科学技術の視点では理解しづらいのだ。さらに発掘される機器は劣化が激しく、魔導技術の技術に詳しい古代人がいないため、解析に時間がかかることも理由だ。
また、魔導歴時代から発掘された古代人は一人しかいない。加えて技術知識も戦闘力も持たない古代人だったので傭兵企業からも発掘組合からも放逐されていた。
それにスカロプスを含めたすべての発掘組合は実利を求める集団だ。研究するだけで楽しい、面白い、そういった思想は異端と認識されている。
「誰だ、そんな無駄な調査をしている者は?」
「若手の博士です。ロラ・レクセルと言いましたか?」
「ああ、あの変わり者か」
部門長たちの脳裏に若い女の博士が浮かぶ。
魔法の有用性を主張している唯一の研究者であり、魔導歴時代から発掘された古代人を引き取った人物でもある。
「八〇万年前の知識を頂いてものう。……その
「いまはロラ・レクセルの管理となっています。剣と弓で戦っていた兵士を
人材管理の部門長は苦笑いを浮かべつつ述べる。その場にいた者たちも曖昧な笑みをつくり、沈黙で答えた。
オルインピアダ・インターナショナルは魔物や古代兵器の駆逐を生業とする傭兵企業だ。主戦力は
当然、スカロプスでも技術知識のない古代人を引き取る気はない。発掘者に管理を任せて放り出すのが一番楽な対応であった。
「……良い。現状の対策としては――」
コンコンと控えめなノックが室内に響く。組合長の言葉が止まり、会議室の面々が顔を見合わせる。あとから遅れてくる者がいるとは聞いていない。訪問の約束をしている者もいないはずだ。
「誰でしょうな。少々お待ちを」
近くにいた人材管理の部門長が扉を開いた。そして、扉の外に居た人物に驚く。
「……主任殿?」
会議室の扉を叩いたのは、しっとりとした黒髪をボブカットにしたアイボリースーツの女性だった。
この二十代の女性は
もちろん、政治的なやりとりに長けた人物でなければこの若さで最高責任者にはなれないだろう。
その美貌で
主任は口元にうっすらと笑みを浮かべる。
「失礼します、入ってもよろしいでしょうか?」
人材管理の部門長はこれほど近くで所長と話したことがなかった。耳をくすぐる柔らかな声色に年甲斐もなく胸が高鳴ってしまう。
「え、ええ……構いませんとも」
人材管理の部門長はぎくしゃくとした動きで会議室へと振り返った。
「組合長、主任殿がお越しになりました」
「ほぅ、何か大事でも? ――もしや、先日の報告で何か……?」
「いえ、その話ではありません。こちらをご覧いただけますか」
主任は携えていた資料を会議室にいた人たちに配っていく。会議中であったが定例会の話はほぼ全て終わっている。皆は手渡された資料に黙って目を落とす。
組合長も手渡された資料を一読する。
「魔導歴時代の戦艦、ですかのう?」
資料は荒野に放置されている無数の廃戦艦について記載されていた。廃戦艦は失われた技術の宝庫だ。
ただし、ここに記載された廃戦艦はすべて魔導歴時代のもの。スカロプスでは発掘してもうま味が少ないため、
「しかし、これは……」
広報部の部門長が言いよどむ。
主任は実利を重んじる性格だった。スカロプスの方針も良く熟知しているはず。何故、このような廃戦艦の資料を用意したのか疑問に思ったのだ。
「ええ。スカロプスが魔導歴時代の調査を推奨していないのは存じています。でも、魔導歴時代の兵器は
「
主任は笑みを深める。そして、伏せていたもう一枚の資料を会議卓に滑らせる。
「この資料の内容は、適宜、公開して頂いて構いません。どうぞ、ご自由に」
confidentialと赤印の押された資料には、
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