一章

第004話 大砂漠に眠るもの

--- 新魔科学歴 二五〇一年


 砂塵の舞う荒涼とした大地。

 見渡す限り薄茶色の砂が広がっている。


 ラサロ砂漠。


 イグレシア大陸の中央に位置する亜熱帯砂漠だ。

 見渡す限り砂の大地にぽつんと巨大な人工物が埋もれている。全長は三〇〇〇メナル、高さは五〇〇メナル、幅は一五〇〇メナルにも及ぶ。


 この人工物は、魔導歴時代に戦争で使われていた飛行戦艦の一種、情報集約艦データーベース・シップである。約二〇万年前の魔導歴時代に轟沈して海中に沈んだ飛行戦艦の一隻であるが、耐腐食の施された船体は奇跡的にその形を残していた。


 その飛行戦艦を見下ろせる砂丘に一機の双発回転翼機ツインブレードヘリコプターが鎮座している。双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの格納庫には二人の人影があった。


「ほら、リーネちゃん。あと少しよ! がんばって!」


 白衣を羽織った女が傍らで応援している。

 しかし、応援されているだけでは指先に食い込む荷物は軽くならないし、体力の限界に近い足の震えも収まらないのである。


 白衣を羽織った女は、ロラ・レクセル。旗艦都市ヴィクトワールに居を構える古代技術専門の学者である。


 年齢は二〇代といったところ。

 灰色の長い髪は背中で三つ編みにしている。銀色のフレームの眼鏡を掛けている様は学者らしく知的に見える。

 また、眼鏡のレンズは解析機能を搭載した機器になっていて、淡い電子の光が時折瞬いていた。

 女博士然とした姿でおしゃれには無縁なのかと思えばそうでもなく、翠玉色の瞳の目元にはアイラインとラメがきっちりと描かれている。白衣の下の服装は、少々胸がきつそうな袖なしシャツに尻がきつそうなレディースパンツといった出で立ちで、グラマーな体をぎゅっと押し込んでいる。


「そのまま持ち上げるとぶつけるから、そっち! もうちょっと右に傾けて!」


 荷物を抱えた少女、リーネは指示されるままに格納庫の段差に引っかかってしまった荷物を引っ張り上げる。歯を食いしばり力を込める。


「ぅぐぐぐ……、ひどい……、かよわい女の子にやらせる仕事じゃないでしょ……」


「ごめんね。まさかパワードスーツが壊れちゃうなんて思わなくて。リーネちゃんがいて本当に助かったわ」


 ロラは申し訳なさそうに言ってくる。

 だが、本当に思っているのなら予備のパワードスーツを購入すべきではないのかと思う。

 オンボロのパワードスーツを壊れるまで使おうという時点で頼りにされてしまっているのは明白なわけで、つまり確信犯である。


「私の力を当てにしてたでしょうがぁぁぁ!」


 リーネは荷物を抱えたまま絶叫する。


 砂漠には飛行戦艦から荷物を引きずってきた痕が延々と続いている。青いビニールシーツで傷がつかないようにぐるぐるに巻かれた荷物の正体は、巨大な岩石の塊。全高五メナルの双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの格納庫の天井に届かんばかりの背の高さで、格納庫の床が軋むほどの重さがある。


 その重量、およそ一二〇〇キロガルム。

 どんなに鍛えた人族であっても持ち上げることはおろか引きずることさえできない重さだ。


 リーネが岩石を運んでいく姿を見ればいったい何が起きているのだろうかと目を見張るであろう。なぜなら、リーネはロラよりも小柄で筋肉などこれっぽっちもついていなさそうな少女の姿なのだから。


 この尋常ならざる力を持つ少女、リーネ。

 少女という通り見た目は若い、……いや、幼い。


 熱射をキラキラと反射する蒼銀のセミロングヘアは見る者を惹きつける。

 しかし、美しい髪はあまり丁寧な扱いはされておらず、寝癖で前髪の一部がアンテナのように立っていた。

 高校生と言うには少々、……本人の名誉を無視して言わせてもらえば発育具合は中学生のそれである。ぱっちりとしたすみれ色の瞳と緩やかに弧を描く眉、ふっくらとした桜色の唇。化粧っけのない顔でありながら何処と無く華を感じるのは、若さと弾けんばかりの明るさがあるからだろうか。


 観察すればするほど可愛らしさと残念さを見せつけてくる少女であった。


「はひぃ……、終わった。もう一歩も動けない……」


 リーネは担いでいた荷物を下ろす。ぐでんと格納庫の床に寝転がった。

 そんなリーネに容赦のない言葉が降ってくる。


「ご苦労様。傾くといけないからベルトで固定してくれる? 終わったらヘリの回りに置いてある自動迎撃装置タレットの片付けもね」


「まだあるの!? 鬼ぃ! 悪魔ぁ! 年増ぁ!」


 ロラが振り返る。

 ギラリと輝く眼鏡にリーネはびくっと肩を震わせる。


「リーネちゃんは貴重な古代人だけど、……食費もかさむからそろそろ解体しようかしら。お家に帰ったらね」


 ロラの冷えきった声に、リーネの額に暑さとは別の汗が一滴ひとしずく


 リーネは生体機器で強化された特殊な人族である。

 純粋な人族でないリーネは、人権はなく、機械やロボットのように所有者の一存で解体されてしまう。冗談だと分かっていても、冗談では済まないかもしれないと思うと、冷や汗も流れるというものだ。


 年増と言いつつもロラの見た目は大学生で通せるので、見た目というよりは年を取ることに対する忌避感に悩まされているんだろうな、と思う。


「返事は?」


 そろそろロラの機嫌が最底辺なので応答する。

 リーネは慌てておでこにビシッと敬礼をした。


「はい、いますぐやります! なう!」


 リーネは床から飛び起きる。手際よく固定ベルトで岩石を格納庫に縛りつけると、自動迎撃装置タレットを停止させるべく外へ飛び出していった。

 そして、自動迎撃装置タレットの射撃照準上に踏み込んでしまう。


 あっ、と思ったときにはもう遅い。

 反応した自動迎撃装置タレットの砲身が唸りを上げる。


「ぎぃにゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


 砂地がバババと弾けて穴だらけになる。

 野生の獣や古代兵器を殲滅するための、特殊鋼弾を装填された自動迎撃装置タレットだ。

 リーネの体は無惨な有り様になるかと思わせるが……。


「ひ、光よ、我が身を包み給え! ――聖域の純潔ヴァージニティ・オブ・サンクチュアリ!」


 リーネの言葉に応えて光の膜が現れる。自動迎撃装置タレットの弾丸はすべて弾かれて、あらぬ方角へと飛んでいった。


「ふぅ、乙女の柔肌にキズがつくところだったよ」


 自動迎撃装置タレットの電源を落として、聖域の純潔ヴァージニティ・オブ・サンクチュアリを解いた。ゆっくりと砲身の回転が止まる様子を見て、リーネはホッと胸をなでおろす。


 その後ろに影が射す。

 ロラの拳骨がリーネの脳天に降り下ろされた。


「うぎゃん!?」


「弾を無駄にしないでちょうだい」


「たははは……、ごっめ~ん」


 頭を掻きながら笑うリーネに、ロラはやれやれと両手を上げる。


 たまにドジをやらかしても拳骨と小言で済む環境というのは気が楽だ。

 ドジを踏まないように改善をしないのかと言われると耳の痛い話が、同じミスは頻発しないにせよ、ミスっていうのはどうしても起こしてしまうのだ。

 リーネ自身どうにかしたいと思っているが思うだけで止まっているのであった。


 リーネは自動迎撃装置タレットを両脇に抱えながらロラの横に並ぶ。


「でもさ、ロラってば。何であんな岩を持って帰るの?」


 ロラは、古代技術の発掘と研究および修繕を仕事にしている。発掘した機器を組合に納品すれば既定の報酬を得られる。もし未発見の機器であったり、新機能を持った機器であれば、さらに高額な報酬となる。

 しかし、あれはただの岩石に見える。

 珍しい鉱物でもなさそうだし、とても回収して研究するようなものではない。


「んふ、リーネちゃんは気にならない? どうして戦艦の中で岩が保管されてたのか。何か理由があるのよ、きっと」


 ロラの言葉に、リーネは目を輝かせる。


「おお! もしかして、一攫千金のチャンス!?」


「さぁ、どうかしら。帰ってよく調べてみましょ。先に操縦席に行ってるわ」


「うん!」


 リーネは自動迎撃装置タレットを次々と格納庫に積み込む。丸っこい頭をポコポコと叩いて間違いなく九基の自動迎撃装置タレットがあることを確かめる。


 ちなみに十基目の自動迎撃装置タレットはリーネのドジによって秘境の湖底に水没しており、ロラに湖に沈められそうになったのは苦い思い出である。


 帰る準備が整った。リーネは双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの天井からつり下げられている開閉操作盤の閉めるボタンを押した。

 やや錆びついている扉が騒音を上げて閉っていく。


「ロラー! オッケーだよ!」


 耳鳴りがするほど喧しい扉の音に負けないようにリーネは声を張り上げる。双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの操縦席からロラが親指を立てる。


 双発回転翼機ツインブレードヘリコプターの胴体左右に搭載された魔導内燃機関ソーサリー・パワーユニットの駆動音が響く。

 周囲の砂が竜巻に巻かれたかのように舞い上げられていく。全身を小刻みに震わせる騒音と共にふわりと双発回転翼機ツインブレードヘリコプターが浮かび上がった。


 飛行の振動で格納庫内の物が崩れていないことを見てからリーネは操縦席へと向かう。ロラの隣に座ると騒音遮断のヘッドセットを頭にかぶる。


「それじゃ、サクッと帰りましょ。何が入っているのか楽しみだわ」


「お腹ペコペコだし、汗でベトベトだし、砂でざらざら。……はやく、シャワー浴びたぁぁぁい!」


 二人の乗る双発回転翼機ツインブレードヘリコプターは砂漠を超えて北東へと、旗艦都市ヴィクトワールへと飛んでいく。

 小さくなった機影はやがて砂漠の陽炎に溶けて見えなくなっていった。

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