6.ドーピングシードと隠れすぎた名店

「だめだ、検証は疲れる。また来週木が生えたらにしよう」

「お疲れ様ですー」


ぺたっとふかふかの地面に座り込んで脱力するスプル。

しばらくそうしていたあと、


「そう言えば私って初期装備なんだよね。変えたいなぁ」


初期装備は、壊れない代わりに防御力がすこぶる低い。

ゲームを初めて少ししたら変えるのが一般的である。


「よし、じゃあ明日からは金策に走ることにするよ。フレアは管理よろしく」

「了解ですー」


疲れていたスプルは、その日はログアウトした。



翌日。

高校から帰ってすぐに、春香は身の回りを整えてベットに寝転がった。

そして、BICを装着してMTにログインする。


「やっほーフレア。じゃあ行ってくるねー」

「いってらっしゃいませー。留守はお任せ下さーい」


フレアに見送られて、個人フィールドへと入った森の中に戻る。


「てか私ずっとあのフィールドにいたなぁ。ちょっと普通の人とは違うゲームの仕方してたよね」


苦笑して、入る前の感覚を思い出しながら森の中でMob狩りをする。

1週間ほど、そんな日々が続いた。


「よし、かなりの素材が集まったね。フレアに顔出してから換金しに行こっと」


そう言ってスプルは個人フィールドへと転移する。

顔に、少女がぶつかって来た。


「スプル様ー!」

「ちょ、わぷ、フレア!?」


フレアは半泣きで、いつもの間延びした口調も崩れたまままくし立てる。


「1週間もスプル様に会えなくて、私とても寂しかったんですよ、ほんとに! 今後は3日に1回……いえ、2日に1回は絶対お顔を見せに来てください、お願いします、絶対ですよ!」

「分かった、分かったから離れてー! 約束するから!」

「絶対ですからね?」

「守る守る」


いつものんびりした妖精の可愛げのある姿を見て、少し驚きつつほっこりしたスプルだったが、背後の大きな木に気がついて表情が固まった。


「うわ、あれ……何?」

「エンプティツリーですねー。触らないようにーお気をつけて破壊してくださいー」

「フレアって切り替え早いね。ってか破壊しろって意味わからないのだけれど」

「それほどでもー。破壊してくださいはーそのままの意味ですよー、切り倒してくださいー」


スプルはすごく不思議顔をしながら、木に向かってMob狩りをしているうちに覚えた新しい短剣の《技術テクニクス》を使う。


「《ハイドスラッシュ》」


一瞬姿が掻き消えたあと、木のすぐ目の前に現れたスプルは、そのままの勢いで斬りつける。

すると、木は光の粒子となって散り、あとには色とりどりのひまわりの種のようなものが大量に残った。


「ん??なんだこれ」


手に取って説明欄を見る。


赤色の種は

【ドーピングシード(ATK)】攻撃ステータスを上昇させる。効果時間1分


緑の種は

【ドーピングシード(AGI)】敏捷ステータスを上昇させる。効果時間1分


その他は青色の防御アップ、黄色の器用さアップ、白の魔法攻撃力アップ、紫の魔法攻撃力アップがあった。


「これはやばい。めっちゃ使える」


【庭師】持ちであるスプルにしか使えないため案の定売ることはできないが、それでも十分すぎるものだった。


「ちなみにー、その木はー、1日1本しか破壊できませんしー、ドーピングシードは植えても芽はでませんー」

「種とはいったい」


まあ、もともと1本から相当な量が出るため、効果時間1分と併せて強い効果に対して妥当なレベルの制約ではあった。


「あ、もうそろ街に行ってこないと。装備整えたいからね」

「了解ですー。でも、約束は守ってくださいねー」

「んー、分かってるよ。じゃあ行ってくるね」

「いってらっしゃいませー」


スプルは、個人フィールドを出て始まりの街へと歩いていく。


ところで。

MTにおいて、始まりの街ほど重要な場所はない。

なぜなら、プレイヤーが購入可能なホームや店舗があるのはこの街のみで、各種NPC店舗も充実した一番大きな街だからだ。

ゲーム攻略の途中で出てくる第2、第3の街はあくまでその土地固有の素材やアイテムを売っている場所となる。

そんな場所だけあって、この夕方のログインが増える時間帯はかなり人でごった返していた。


「ちょっと裏の方に入ろうかな……」


【庭師】を持っていることで少し臆病になっているスプルは、路地の奥の方を隠れるように歩く。

そしてわずか5分後。


「迷った。まさかゲーム内でガッツリ迷子になるとは」


かと言ってずっとその場に留まっていてもどうせ誰も来ないと思い、歩き進む。

そして、行き止まりまで来た。


「なんか……店あるんですけど……」


確実に誰も来ないであろうようなところに、一軒の店がかまえられていた。


「せっかくだし、ここで装備が買えるなら買って行こうかなぁ」


あまり期待せずに店に入る。


「すみませーん」


「きゃーー!!!初めてお客きたーー!!!」


「うおっ!」


来店早々叫び声を挙げられ、スプルは乙女としてあるまじき声を出した。

相手はまくし立てる。


「え、なんでこんなところにあるお店にたどり着けたの!? なんで!?」

「いや、ご自分のお店ですよね。なんでたどり着けないようなところに建てるんですか」

「いやね、なんか隠れた名店とかいいじゃない?」

「隠れきっちゃったら意味無いでしょ」

「君上手いこと言うね」

「はぁ……」


なんとも気の抜ける会話をさせられている感覚を味わっていた。


「まあ何にせよキミがたどり着いたんだからいいんだよ! そしてメミリーの鍛冶裁縫道具屋にようこそ!」

「えっと、追いつけてないんですけど……まずあなたがメミリーさん?」

「そうだよ」

「鍛冶と裁縫をお取り扱いに?」

「あとは小物類だったら木工も扱えるよ」

「今までお客さんが来たことは?」

「ないね」


堂々と言い放つメミリー。


「ま、いっか。じゃあ私の防具作成をお願いしたいんですけど」


対するスプルも、割と能天気だった。

多分もう少し気にした方が良かった。

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