第49話 英雄、王都に集う?

「人が多くて見えないな…」

 

 この人の多さでは大人の身長でも目視することはほぼ無理だ。

 子供の身長ならまず不可能だろう。


「マホンくん、全然ダメだね…。 英雄がすぐそこにいるのにー!! くそっくそっ!」


 彼はピョンピョンと跳び跳ねているが、前にいる恰幅のいいおばちゃんの肩すら越えられないでいる。

 ジャンプ力ひくっ!

 というか、どうでもいいな。

 そのジャンプもこの英雄とかいうのも。

 

「まぁそこまで正直、興味があるわけじゃないし。 もう行くわ」

「ちょ、ちょっと!マホンくんっ!」

 

 大声で名前を呼ばれると、それに反応したのは恰幅のいいおばちゃんの斜め前にいた男性だった。

 

「あれ? マホン? おい、マホン!」

「あ、ピュールさん!」

 

 足を止め振り返る。

 その声の主は、あの一件依頼一緒にパーティーを組むことになったピュールさんだ。


「俺と同じで見に来ちゃった口か?」

「えーっと…まぁ…」

「というのは冗談で、実はマホンを探してたんだ。 ちょっと気になって、ここで足止めくらってたけどね」

「ふーん…。 ━━え?探してた?」

「そうそう。 今回のこれな、冒険者はランク関係なく強制参加だって。 国からの緊急依頼なんだよ」


 それは初耳だった。

 ギルドに顔をだしていないのもあるが、伝達もきていない。

 一応、この度の一件で鉄ランクに格上げとなったけど、子供だからとスルーされたのだろうか。

 ちなみにピュールさんは銀ランクに上がり、パーティーを組んだことで、我がいつきも銀ランクパーティーとなったのだ。


「そうなんですね」

「だからな、とりあえず無理はせずに俺達も初討伐と行こうか」

「え!?えーー!!ちょっ、ちょちょちょ!ちょーい! マホンくん! あなた様は冒険者なのでありますか?!」


 あー、そうだった。

 すっかりこの人の存在を忘れていた。

 もう帰ってはくれないだろうか?


「…マホン、彼はお友達かな?」

「いや」


 そこは即答だ。


「いや、ってそんな! そりゃないぜ! すいません、わたくし、マホンくんのお友達をしております、ドンナーと申します」

 

 丁寧に頭を下げるドンナー。

 そして頭を上げるとニッコリと、

「ここで会ったのも何かの縁。 ひいてはわたく━━」

「無理」

「そんなー」


 ドンナー。

 

 厚かましい奴。

 力もないくせにドンドンずいずいと。

 皆まで言わせない。


「…えーっと、ドンナーくんはどんなー力を、あ、どんな魔法が使えるのかな?もしくはどんなーことができるのかな?」

 

 ふざけてるね、ピュールさん。

 でも、ふざけられるだけの元気が戻ってよかった。

 表面的にそう見えるだけだったしても。


「えっと…あの…その…、まだ魔法とか全然で、あっ、でも逃げるのだけは得意です! 絶対に捕まりません! いざとなれば、助けを呼びに行けます! 偵察します! だからいれてください! 今すぐっ!」

 

 逃げるの得意だから入れてくれっておかしいな。

 どれだけ逃げるのが上手いのか知らないけど、うん、役には立たない。

 

「う~ん…正直、逃げるのが上手いだけじゃパーティーには入れることはできないかな…まぁどっちにしても今日はギルドもバタバタしてて冒険者申請すらできないから、また今度」

 

 ピュールさんは苦笑いを浮かべながらこっちに同意を求めてくる。

 もちろん、首を縦に振るのは忘れない。


「わかりました…」


 そんな会話をしていると、背後にある正門側から息も絶え絶えになりながら走ってくる兵士が一人。


「て、敵襲だーーー! 魔物が現れたぞーっ!! ゼヒュー、ゼヒュー」

 

 大声で叫ぶと、体力の限界だったのだろう、目の前で倒れこみ、不思議な音の呼吸を繰り返した。

「━━ちょっと通してくれ!」

 

 そう言って見物人の森から割って現れたのは、全身を黒いアーマーで覆っている大男。

 背中には大剣を背負っている。

 

「…プ、白金プラチナランクのバルク」

 

 ピュールさんは呟くよう声を絞り出した。


「誰です?」


 小声で話し掛ける。


「かぁー、知らないのかよ! 去年の単独魔物討伐数二位の漆黒のバルクだよ。 黒金ランクにもうすぐ昇格するんじゃないかって噂の武人さ」


 そんなピュールさんの言葉に反応するかのように、羨望の眼差しを向けるドンナー。

 周りを見れば、ドンナーと同じ眼差しを向ける市民がバルクを取り囲んでいた。


「おいっ! 衛兵っ!しっかりしろ! 」

 

 衛兵を抱き起こすバルク。

 アーマーが固そうで、しゃがみにくそうであるけど。

「ハァ…ハァ…、バ、バルクさん。 すいません」

「いいんだ、気にするな。それより、魔物の規模は?どこから来てる?」

「は、はい。 魔物は総数一万越え…。東西南北から迫っています…。か、確認できているのはゴブリン、オーク、ワイルドボア、キングスネークにそ、それと…」

「なんだ?早く言え!」

「バ、バジリスクとレッドオークが数百体…です…。ハァハァ…フゥ━━」

「………。そうか…分かった。 お前はゆっくり休め」

「は、はい……お願いします…」

 

 そして、衛兵からそっと手を離したバルクは、立ち上がるとそのまま宮殿前へと戻っていった。

 衛兵の言葉を聞いていた民衆は、その規模の大きさに絶句していた。

 やがて、ポツリポツリと恐怖を確認するように言葉に出す者が現れる。

 そして、それは瞬く間に伝染していった。

 恐怖と絶望の色濃く出た叫び声が広がる。

 

「皆のものっ!!落ち着くのだっ!!」


 その時だった。

 叫び声をピタリと止めた言葉。

 威厳のある声。

 風格を備え、安心感を与える存在。

 王。

 その人であった。


「敵は多く、脅威は刻一刻と迫っておる。 しかし、ここには我が国きっての英雄達が集っておるのだ。 彼らを信じよ!そして称えるのだ! 彼らは動けば最強の矛。 動かざれば不溶の氷塊。それはまさに鉄壁。 そんな彼らに敗北など誰が想像できようか。 この国が陥落することなど有り得ん!皆のもの、安心せよ! ━━さぁ、向かう戦士達に悲鳴などではなく、声援を送ろうではないか!」


  静まり返った空気が一変する。

  空が割れるような大歓声が起きた。

  王の言葉で恐怖は消え、絶望が希望へとすり替わる。

  空は割れななかったが、人垣が割れていく。

  出陣の時だ。

 

「いやー、これだけの有名どころが集まるとはすごいね。 じゃあ、ぼちぼち俺達もゴブリン辺りに行ってみるか?」

「そうですね、ピュールさん」

「マ、マホンくん! 僕は!?」


 まだいたのかドンナー。

 しかし、冒険者ではないドンナーが外に出るのは難しいだろう。

 まあ、手続きも今は厳しくやってはいないだろうから、どさくさ紛れに出れなくはないのかな。


 そんな会話をしているうちにも、歴戦の英雄達が順番に外に出ていく。

 王宮に仕える騎士団も一人残らず王都をあとにした。

 ザッザッと統率のとれた一糸乱れぬ動きには感嘆する。

 

 そんな騎士団の後ろ姿にぽけーっと見とれていたその時、ふと、何気なく後ろを振り返った。

 それも、後ろにある宮殿のドーム屋根辺りに目がいってしまった。

 何かを感じたわけではなく、ほんとに考えなしに見ただけだったのだが。

 意識していたわけではないから、よく分からなかったけど、一瞬何か黒い影が見えた気がした。

 違和感。

 ただ、そう感じた。

 

 既に王様は宮殿に戻っているだろう。

 

「……ピュールさん、ちょっと先行っててもらえます?」

「ん? どうかしたか?」

「少し気になることがあって…すぐ追い付くんで!」

「あ、ちょっと!マホンっ!」

「マホンくんっ!」

 

 後ろから 二人の声が聞こえるが、立ち止まらず振り返らず宮殿に孟ダッシュした。

 民衆は少しでも英雄を見ようと、ぞろぞろと着いていってるために、宮殿までは道が開けていた。


 ┼┼┼

 

  王都正門前。


 王都に近いこの場所でも戦闘音が聞こえている。

 悲鳴や怒号、人の声はもちろん、魔物の雄叫びや唸り声が混じり合う。

 爆発音や剣戟の音が鳴り響き、戦いの激しさをひしひしと感じさせた。


「ピュールさん、マホンくん遅いですねー」

「ああ、あれからもう三十分は経つか」


 ピュールとドンナーは正門から出た所でマホンが来るのを待っていた。


「何かあったんですかね?」

「う~ん…どうなんだろな…大丈夫か?」

「どうなんですかね…。あの…、僕が見てきましょうか?」

「そうだな。 入れ違い、行き違いになったらあれだから、俺はここで待ってるから頼めるか?」

「もちろんです!」

「ありがたい。…しかし…君もしれっと仲間に入ってんな…」

「へへ。 じゃあ、ちょっくら行ってきますっ!」

 

 そう言うと、ドンナーは王都内へと戻っていった。

 すぐにその姿は見えなくなってしまう。


「アイツ、足はえーな……」 

 

 ┼┼┼


 宮殿へと着いたドンナー。

 普段なら入り口には衛兵の一人はいるのだが、衛兵はおろか使用人の姿一人見えなかった。

 おかげで、捕まることもなくすんなりと中へ入ることができたのだが…。

 

「マホンくーん! マホンくーん!いませんかー?」

 

 響き渡るドンナーの声。

 静まり返った宮殿内に反響していく。


 そのまま止まらず歩き続けていくと、床や壁に所々が黒くなっている箇所が目に入った。

 何かを燃やしたような痕には見えるが、それが

 何かはドンナーには分からなかった。

 ただ、進みにつれて数が増えてくる。

 まるで、行く先を示しているかのように。

 

 ドンナーがそのまま進んでいくと、大きな両扉の前に到着した。

 観音開きのドアは閉じられ、上部には玉座の間と書かれていた。

 部屋の前にも黒く焦げたようなものがいくつもあった。

 そう、それは焦げた痕だった。

 まだそこまで時間が経っていないのか、ドンナーの鼻を肉の焦げたような臭いが微かに刺激した。

「うえ…何だよ…。 …この中かな…マホンくん…いるのかな…」

 

 恐る恐ると扉を押してみるドンナー。

 鍵はかかっていない。

 その重厚そうな見た目とは裏腹に、扉はすんなりと開いていく。


 ドンナーはすぐに中の様子に気付いた。

 そしてその光景に目を見張る。

 中には二人いた。

 一人は腹這いに倒れている知人。

 一人は玉座に座っているが、首から上が膝の上に乗っていた。

 自らの膝に。

 その光景はあまりに異様で、玉座にあるそれは既に事切れていることは明々白々だった。


「マホン! おい!しっかりしろ!」


 腹這いに倒れている知人へと駆け寄るドンナー。

 反応はない。

 すぐにマホンを抱き起こすドンナー。

 顔が見えるように起こすと、腹のあたりから大量に出血し、服を真っ赤に染めていたのだった。

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