第42話 戦い 3

「みるみるうちにファングとコングの数が減っているぎゃ」

「………」

「クリスタルバーグは……やっぱりキツいだぎゃ」

「………」

「サンとゲンは大丈夫だぎゃ…?」

「………」

「よっちゃン!よっちゃン!」

「━━うるっさいわ!ボケ! ゴホッガホッ…こっちは重症なんじゃ!少しは寝かせくれんかえ」

「す、すまんだぎゃ!」


 鬼ババは横たわっていた体をむくりと起こした。

 まだ体は痛むために苦痛の表情だ。


「いつつっ…まあええ。 確かにクリスタルバーグはちとマズいのう…」


 鬼ババの言うとおり、混戦を極めているが魔物の数は激減し戦場は四種族側が優勢のようだったが、クリスタルバーグだけは一体も倒せていなかったのだ。


「クリスタルバーグは物理攻撃以外は全く効かないだぎゃ。 よっちゃンの常闇の妖剣ならいけるだぎゃ?」

「む…無理じゃな。ゴホッゴホッ。 あれは硬すぎるんじゃて。 常闇の妖剣じゃ細すぎる…ゴホォッ」


 事実、四種族一の怪力を誇る巨人族の攻撃をモノともしていなかった。

 打撃に斬撃と与えるが、クリスタルバーグはダメージというダメージを受けていなかった。

 力は拮抗しているようにも見えるが、ただただ体力を使い疲弊していく巨人族。

 彼らにはクリスタルバーグを倒す手立てが見つからないでいた。

 このままではすぐに体力が底をつき、クリスタルバーグに全滅させられるのは目に見えていた。

 ならばと、隙ありとばかりに三ツ目族は瞳術を発動するが、クリスタルバーグは体に吸収し、それを乱反射させている。

 敵味方関係なく、それによる被害もクリスタルバーグを中心として広がっていた。


 被害は多用に渡る。

 炭化するモノ、凍るモノ、石化するモノ、溶けるモノなどが続出。

 そこはまさに地獄と化していた。


「三ツ目族の連中は何やっとるかえ…」

「ヤケクソにしか見えんだぎゃ━━うお?!」


 突然、バリバリバリ━ッという大きな音がした。

 そして、その音の発生源にいた一体のクリスタルバーグが倒れた。

 鬼ババと村長のいる場所まで届く地響きを立て、崩れ落ちたのだ。


「ど、どうしたんだぎゃ?!クリスタルバーグが崩れたぎゃ!」

「んー? 何かえ?倒したのかえ?? あっ!あれは、サイクロプスの…あー…族長の息子かえ?」

「あ、そうだぎゃ!たしかアスワドっ!」

「そうかえ。奴が倒したのかえ…ん?…アヤツ…アヤツが持ってる武器…"天鳴の大刀"かえ?うっ、ゴホッゴホッ」


 吐血しつつも目を細め、アスワドの持つ大刀を見つめる鬼ババ。


「えっ、鬼族の五聖剣の一振りだぎゃ?」

「そうじゃ。 あの黄色い刀身は…間違いない……あれを扱えるとは…しかし、単眼族が持っていたのかえ……」


 "天鳴の大刀"は五聖剣の中で最も巨大で重い。

 そして魔力を纏うことで斬りながら衝撃を対象へと与える。

 衝撃は頭から指先の隅々まで浸透し、内部から破壊するのだ。

 

 ┼┼┼

 

「よし、アスワド様が一体倒したぞっ!!」

「うおぉぉ!!」

「いける!いけるぞ!」

「お前ら、いくぞっ!」

「うおおおぉぉ!!」


 アスワドの周りから鬨の声が上がる。


「待て! ウヌラは離れていろ!」


 アスワドが声を張り上げ制止する。

 すると、ざわめきはピタリ止まり静まり返った。

 アスワドの持つ大刀は通常の大刀よりも遥かに巨大で、その大きな衝撃は周囲を捲き込んでしまうのだ。


「ココはアズワドにマガゼヨウ。 オデダチはウルフとコングにシュウジュウシヨウ」


 生きているホワイトファングとアイスコングはまだまだいるのだ。

 アスワドがクリスタルバーグに専念するにも近くにいるやつは掃討しなければいけない。


「なあ、巨人の奴さウルフって言ってるけど、ホワイトファングのことだよな?」

「ああ。 彼奴らはホワイトファングを食肉として見てるみたいで、正確にはウルフ肉って言ってるぜ」


 そんな会話をする単眼族の二人。

 アスワドの活躍で少し心にも余裕が出てきたようであった。


 

「ウヌラ、下がっていろ」


 アスワドは、そう言うと大刀を肩に担いだ。

 あまりに重量があるため、普通の構えをとることは出来ない。


 アスワドは腰を少し落とすと、疾駆した。

 クリスタルバーグは気付いていない。


 アスワドは走る勢いそのままに高く飛び上がった。

 そして大刀に魔力を流す。

 

「くっ」


 流した魔力よりも多く吸われ、一瞬意識が飛びかけるアスワド。


 黄色く輝く刀身。

 それをクリスタルバーグ目掛けて一気に振り下ろそうとした次の瞬間。

 クリスタルバーグの頭がぐるんっと回転した。


「なっ!」


 咄嗟にアスワドは、刀身で体を隠すように、刃を下向きに縦に構えた。

 体が隠れた瞬間、衝撃がアスワドを襲った。

 

「ぐあっ!!」


 大刀ごと吹き飛ばされるアスワド。

 直接的な攻撃は刀身が受けているが、その熱の余波がアスワドの肌を焼いていく。

 

 クリスタルバーグは日の光を体に吸収し、それを集束しレーザーとして放ったのだった。


 時間にして十秒程。

 漸くレーザーが切れると、プスプスと全身から煙を上げるアスワドがいた。

 刀身を地面に突き立て、かろうじで立っている。


「━━ふぅ、ふぅ」


 一つしかない目からは出血をし、眼球も充血している。

 

「アスワド様ー!」

 

 単眼族の男が近づこうとするが、アスワドは手でそれを制止した。


 アスワドは深呼吸をすると、ゆっくりともう一度大刀を担いだ。


 ドシンッドシンッと足音を立てながら近づいてくるクリスタルバーグ。

 

 アスワドは目を瞑り全身に力を籠める。

 焼けた筋肉繊維がブチブチと切れる音が頭の中にこだまする。


 もう一度大きく息を吸い込んだ。

 

「スゥ━━」


 そして目をカッと開くと、疾駆した。

 そのままクリスタルバーグの股下をくぐり抜けようと近づいていく。

 クリスタルバーグは巨大な岩のようなパンチを繰り出す。

 紙一重で当たらないパンチはそのまま地面を抉り、地鳴りを起こした。

 しかし、アスワドは止まらない。


 股下を抜けると、すぐに高く飛び上がった。

 上昇しながら、もう一度魔力を籠める。

 ふたたび襲う脱力感。


 そして、大刀を振り下ろし━━かけたその時。

 ぐるんと、振り向くクリスタルバーグ。

 それを読んでいたアスワドは、大刀の柄を蹴り飛ばした。


 バリバリバリ━━ッ


 クリスタルバーグがレーザーを放つよりも速く、大刀はクリスタルバーグの頭へと突き刺さった。


「グググ……」


 バリバリと天鳴という名に相応しい音を奏で、その衝撃がクリスタルバーグの全身を駆け巡っていった。

 そして、呻き声のようなものを発したかと思えば、ガラガラと崩れていった。


「…はぁ…はぁ…。フゥー」


 倒したとはいえ、あと三体もクリスタルバーグはいる。

 それに引き換え、満身創痍のアスワド。


 ここにいる誰もが敗けを覚悟した。

 死を考えた。

 アスワドの状態を見た男達は、既に戦意喪失していた。

 

 その時だ。

 空より飛来する何か。


 そして━━━耳を被いたくなるような轟音と共にと、目の前の絶望の三体をソレはいとも簡単に打ち砕いた。

 キラキラと舞うクリスタルバーグの破片。

 吹き上がる粉塵。


「これはこれは下位魔族の皆さん、こんにちは」


 ブラックスーツに身を固め、片手を胸に、片手を後ろ手にし礼儀正しくお辞儀をする銀縁メガネの男。


「おいおい、ビックリしちまって固まっちまってるぜ。ガッハッハッ!!」

 

 大きく口を開き大笑いをするのは、上半身に露出の多いアーマーを身につけた巨大な体躯の男。

 その皮膚は紫色をし、まるで岩のような質であった。


 そして、三体目のクリスタルバーグを潰した原因。

 粉塵が晴れると、そこには黒く光沢があり、筋肉の線に沿って白いラインが入ったアーマーを装着し、深紅のマントを翻す男が立っていた。

 

悪魔王デーモンロード……」


 そう呟いたのはアスワドだった。


 ┼┼┼


 俺は一時間以上走り続けてやっとこ狩場へと到着した。

 走りつづけたのは雪白馬だけど。

 ありがとう雪白馬。

 

 ネグロは道中、何度も何度も鎮静化させ、ようやっと、意識を保つことに成功したようだ。

 彼曰く、腹の底から温かいものが込み上げてくるような感覚はあるらしいけど。

 気を抜くと、すぐに覚醒しそうらしい。

 覚醒なのか謎だけども。


 そんなこんなで到着すると、空に浮いている三体の何かが見えた。

 

「ネグロ、あれなんだろ?」

「あ? どれだよ? 見えねーし」

「あれだよ、あれ!」

「わかんねーよ! それよりもそこの下! クリスタルバーグいるじゃねーか……三体も…」

 

 ネグロに言われて俺もクリスタルバーグに視線を移した瞬間、三体のクリスタルバーグは爆発した。

 木っ端微塵だ。

 キラキラと舞う粉がとても綺麗だ。

  その幻想的な光景に、俺はうっとりとする。

 


  「うおっ! なんだよ、おい!」

 

 慌てるネグロ。

 ネグロの声ががすごいので、その不意打ちに俺も正直ビックリした。

 爆発音じゃなく、ネグロにビックリ。

 ちょっとちびった。

 しかも、ここにいても何だかヤバい感じがビンビンする。

 やだなー…。

 帰るか。

  よし。


「ネグロ、かえ━━」

「ヴェルデっ!急いで向かうぞ! ハイヤー!」

 

 パンッと馬の尻を叩き、急に加速し始める。

 あそこへ直行する気だ。

 まあそうなりますよね…。

 

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