第43話 やっぱりまきこまれた!

「ああ、か弱き下位魔族の民達よ。 悶え苦しみ、生に執着する姿は何と美しい━━」

 

 纏う深紅のマントが風にゆったりと波打つ。

 爪先が内側に湾曲している靴をコツコツと鳴らしながら歩いている。

 

 男は両隣で片膝をついている家臣の二人の間を行ったり来たりしていた。

 腰には剣を帯刀している。

 

「よくぞ、我々から逃げたこの魔物達をここまで倒した。 何か褒美をやらねばならぬな。のぅ、イブリースよ」


 男は家臣の一人へ話しかけた。

 すると、名前の呼ばれた家臣の一人が静かに立ち上がる。


 戦場は緊迫感に包まれていた。

 四種族も魔物も例外なく、彼らの滲み出る重圧に動けないでいた。

 

「ディアブロ様。 御言葉ではございますが、この様な者たちに褒美とはそれはそれは勿体ない━━」

「イブリース」

「はっ!申し訳ございません、ディアブロ様」


 ディアブロの冷たい言葉がイブリースに突き刺さる。

 そして、瞳を割るような縦長の黄金の瞳孔が、より冷たさを強調させた。


「━━ではディアブロ様。この者達を配下にしてはいかがでございましょう?」

「おお、それはよいな。 来たる戦いに備え、こここにいる民達を迎え入れよう━━」

「━━ちよ、ちょっと待ってくれ」

 

 アスワドは勝手に話が進んでいくことに我慢ならなかった。

 それはここにいる誰もが感じていたが、竦み上がって口にできなかったのだった。

 

「キサマ…ディアブロ様が━━」

「よい、イブリースよ。 単眼の民よ、話を続けよ」

 ディアブロはアズワドへ炯眼を向ける。

 アスワドは地面に尻をついていたが、ゆっくりと立ち上がった。

 

「我らは無益な戦いを好まぬ。生きるための最低限の戦いしかせぬのだ。 ましてや、既に村も家族もある。 それに逃げた魔物というのはどういうことなのだ?」


 ディアブロは右へ左へと闊歩している。

 

「そうだな、説明してやろう。今日はの日であろう? 実は我が領域にこやつ等が大量に現れてなあ。 フィンブルを使い一掃するつもりが、そのほとんどを逃がしてしまったというわけだ。さて、単眼の民よ。 戦いは決して避けられぬのだ。それに村と家族と言ったな? ならば、その繋がりを全て滅してくれよう━━イブリース、ジャヴォール」

「はっ」「おう!」

 

 ディアブロの言葉に反応するイブリースとジャヴォール。

 二人の家臣はディアブロの意を汲み取り出発しようとしたその時。


「うおおおぉぉ!!」

「スピード出過ぎ!ネグロ、止めて止めてー!」

 

 空気を読まない叫び声が、イブリースとジャヴォールの動きを停止させたのだった。


 ┼┼┼

 

「ネグロ、ちょっとスピード出過ぎじゃね?」

「た、たしかに…ちよっと減速…あれ?綱引っ張ってんのに全然落ちねえ…。ん?ん━?こいつ…目が血走ってやがる! おい!ヴェルデ!」

「なんだよ!早く減速っ!」

「こいつ、覚醒してやがる!だめだ!うおおーー!!!」



 ┼┼┼


「いてててっ……。 ネグロ、大丈夫か?」

「…ああ…。 っと、あー、ヴェルデ……来すぎちまったな…」

 

 辺りを見回せば誰も彼もが俺達を見ていた。

 俺達はよく分からん三人組とボロボロになった単眼族の男との間、その中間地点にいる。

 

 えーっと…、どういう状況…?

 っていうか、誰?


「ウヌは…鬼族の……。 それにそっちは人間族か?」


 でっかい剣持って、目が血走ってて…ヤバいなこのサイクロプス。

 ちょっと肉の焼ける臭いするし。

 こわっ。

 

(ネグロ、これがどういう状況で、誰か分かる?)

(わ、わかんねーよ。 でも、サイクロプスの方は顔を見たことあるかも…何だか死にかけてるし)

(いいやつなの?ねえ?それにどうすんだよ、これ)

 

 俺達はごにょごにょと小声で話す。


「鬼族の民、それにそのほうは奴隷か?」


 (とりあえずここにいるのはちと、あまり良くないな)

 (おい、ネグロ。 何か言ってるけど、いいのか?)

(ヴェルデ、ゆっくりと移動しようか)

(おいって、どっちからも同じようなこと言われてるけど、いいのかって) 

(よし、ゆっくりとだぞ、ゆっくりと…)

 

 ネグロは全無視だ。


 俺は仕方なくゆっくりと立ち上がり、忍び足で移動しようとした。

 

「貴様等! ディアブロ様が質問しておられるぞっ! 答えんか!」

 

 すると、ブワッと体を突き抜ける重圧。

 頭に鳴り響く警鐘。

 あれ? ローブの奴より強くね?

  というか、やっぱり見たことか。

 無視するからだよ。

 って、それは俺も同じか!

 あれ?ネグロ……どうした?地面に這いつくばって。


「貴様……いい度胸だ」

 

 何故かキレまくってる銀縁メガネ野郎。

 いい度胸って、なに?

 とりあえずヤバい香りがするな。

 あっちのマント野郎が一番やばそうだけど。

 あっちもこっちもプンプンだな。

 

 と、そこでふと気づく。

 俺一人を残して、この場にいる全員が立っていないことを。

 正確には、俺とあの三人以外の全員が地面に膝をついたり、這いつくばったり。

 魔物も同じようなことになっている。


「ウヌ……、本当に人間か…?…はぁ…はぁ…」

 

「素晴らしいっ! 」


 拍手をしながら喜悦の表情を浮かべるディアブロ。

 

「イブリースの重圧に耐えるとはっ!」

「貴様……私に恥をかかせおってっ!」

「ガッハッハッ! イブリース、だっせえ!」

「黙れ!ジャヴォール!」

 

 え?え?

 何なのコイツら。きもちわりー。

 

「…何かすいません」

「くっ。ディアブロ様、お願いがあります。その人族と戦わせては貰えませんでしょうか?」


 は?

 頭沸いてんとちゃうんか? コイツ。

  ディアブロ様ー、良いご判断を!


「いやい━━━」

「━━それも一興か……。 いいだろう、イブリースよ。 ああ、もしその人族の子が勝つようなことがあれば、今回の話は全て無かったことにしよう」

 

 ディアブロ様……。

 どの話よ。

 この話も無かったことにしておくれ。

 

「ディアブロ様っ! お待ちを! そ、それは…」

「イブリースよ、いいのだ。 お前がその方へ負けなければいいだけのこと。 それとも自信が無いのか? ん?」

「いえ…そうですね。 承知致しました。 では、その条件で戦わやらせて、いえ、殺らせて頂きます」

「うむ」

「精々がんばれよっ!小僧! ガッハッハッ!」

 

 まじかよ…。

 助けを求めて周囲を見渡すが、もちろん誰も何も言わない。

 誰しも彼しもが、表情が暗い。

 知らない人族の子供が、普通に考えて勝てるわけないしね?


 とりあえず、俺が負けたらダメなんだろうけど…何で俺が?

 負けたらどうなるとか、ほら、もっと説明ないのかい?

 みんなうつ向いて既にお葬式の雰囲気…。

 まあ、腹抱えて大笑いしてる奴がいたら速攻で魔法で腹ドンしてやるけど。

 新しいね、腹ドン。

 流行らそう腹ドン。


「…ウヌ…すまない……」


 しかしまあ、何というか……。

 ここにいる連中の中で唯一発言してくれそうな、頼みの綱っぽいサイクロプスでさえ、絶望的な顔してんじゃんね。

 


「すいません。 俺がやるメリットってあるんですか?」

「ああ、話を知らなかったな。 もしその方が負ければここにいる種族を我が配下とし、村とそこに住まう繋がりは全て滅することとする」

「貴様は負けイコール死だ。 私がこの手で貴様の人生に終止符を打ってやろう」


 めちゃめちゃキレてんじゃん、イブリース。

 あれ?何だろう…ローブの奴より強いと思うんだけど、あまり脅威に感じない?

 これ、断れないんだろうな…。


「……わかりました。不本意ですけど、精一杯やらせて頂きます」

「ヴェ、ヴェルデ……一つわかったことがある…。ディアブロは三王だ…。悪魔王ディアブロ…死ぬなよ…あとは任せた…」

「ネグロ…、それ今言う? とりあえずあっちに離れてろよ」

 

 何もしてないのにやられてる感じだし。

 もうお前、どっかいってろよ。

  とにかくやるしかない。

  俺は家族に会うんだ。

 こんなところでは死ねない。

 やるのも三王自身じゃないし。

 帰るんだ。

 やってやる!殺ってやる!


「イブリースさん、よろしくお願いします」

 

 とりあえず少しでも機嫌をとるべく、丁寧に丁寧に…。


「ふん。 一分で息の根を止めてあげましょう」

 

 ダメだこりゃ。

 

 そして、俺の生死を賭けた戦いが始まった。

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