第34話 だいたいあるよね。一悶着!
永氷の紫山。
永遠に溶けることのない氷の山。
山頂に近づくほどに気温は下がっていく。
そしてその氷山にかかる空は紫がかり薄暗い。
その正体は毒素である。
どうしてそうなったのか、毒がどこからともなく現れ、空を紫に染めた。
そして毒は下へ下へと降り注ぎ、降ってきた毒は山をも同じ色へと染め上げた。
生きとし生けるものを寒さで殺し、毒でも殺す。
名もない山はその色からか、いつしか紫山と呼ばれ、全て死に絶えさせるその様から死山とも呼ばれるようになったのだった。
┼┼┼
「さっぶー。 死ぬよ。これ、死ぬよぉー」
「ハッハッハッー! 人族は弱いなぁー! そんなんじゃモテないぞー!」
「誰にモテんだよーー!顔がぁぁ!顔が凍るぅわぁー!」
「ハッハッハッー!!」
俺は今ネグロに殺されかけている。
雪白馬という品種の馬に乗り、紫山を目指しているわけだが……。
後ろに俺を乗たネグロは、ノンストップの猛ダッシュで馬を走らせた。
ネグロが多少なりとも風避けになってはいる。
しかし、それでもこのスピードで感じる風はヤバい。顔が凍る。手足の指がとれる。
┼┼┼
必死に耐えること一時間。
漸く目的地へと到着した。
目の前に聳える紫山。
あまりに巨大なためにすぐそこへあるように感じるが、実際にはまだ距離はそこそこある。
そして、俺が潰した例のアレも見える。
気を失ってしまったから初めて確認したが、潰れた箇所を中心に歪で巨大なクレーターが出来ていた。
「━━あそこにいるのは誰だ?」
クレーターの中心を指差すネグロ。
こっちは高台になっているから向こうからは見えないと思うが、瞬時に俺達は伏せた。
肌に触れる地面が冷たい。
「誰だろうね」
そんなん知るわけもない。
俺の知っている者は鬼族くらいだ。
他に魔族の知り合いなんていない。
何で魔族って分かるかって?
それは、みんな異形であるからだ。
人型であるが、肌の色が青い奴に赤い奴、緑の奴もいるし。
「なんだ。よく見りゃアイツらか」
「ネグロの知ってる奴?」
「ああ。
「なるほど……。 で、どうするんだ? クレーターを見るっていっても先客がいるし…というか、ほんとにクレーターになってるだけで、何もなさそうだけど?……帰るか」
俺はもちろん自分で壊したから、中が見れないほどに崩壊しているのは知っている。
あのローブの奴の手掛かりがない以上はどうしようもないし、ここに来る意味も正直ない。
それに、運よくあのローブの情報を手に入れたとしても今の俺ではどうしようもないんだよな…。
というわけで、俺は早く帰りたかった。
寒いのはもちろんだし、他の魔族のことはよくわからないからあまり関わりたくなかった。
そう言って、俺が後ろに停めてある雪白馬の方へ向かおうとすると袖をぐいっと引っ張られた。
「まあ、まてって。 アイツらが何か知ってるのかもしれないしさ。 聞いてみようぜ?」
「えっ! いやいや!関わるのよそう━━」
「おーい!! これはどうしたんだぁー?」
うそん。
俺の襟首掴んで、クレーターの坂を駆け下りていくネグロ。
「俺、後ろ向き!後ろ向きー!ネグロ!後ろ後ろおーー!」
途中からゴロゴロと転がり落ちていく俺。
中心にいる魔族へと一直線に一等賞だ。
そして、ゴンっと何かにぶつかり漸く止まった。
「イデッ」
「おいおい、なんだ」
「ん」
魔族は三人。
三人が残忍でないことを願うばかりだ。
「わりぃ! コイツが勝手に転がっちまった!」
ネグロはそこにいる三体の魔族へ詫びを入れた。
まず謝るなら俺じゃね?
「デグロじゃでーか」
なんだこいつ。
めちゃめちゃ鼻つまってんのか?
濁点多いぞ、おい。
「ああ。 久しぶりだな。 ジャイ! あとレビタとラモン!」
「おいおい、ネグロか。
レビタ と呼ばれた一つ目の赤い奴が俺を指差しながらネグロへと話かけた。
「 俺のっていうか、奴隷じゃなくて…あ、いや奴隷な。俺の奴隷だから、お前ら手を出すなよ」
「デグロ、コデ、おでにぐれよ。ぐふふ」
いてて……。
ジャイと呼ばれた巨人族の緑色の魔族が俺を踏みつける。
巨人族だけあって、ここにいる誰よりも体躯が巨大。
俺を踏みつける足は、片足なのに頭以外がすっぽりと収まるサイズだ。
足、くっせーな。
残りの三ツ目で青い肌の奴がラモンだ。
胸に一つあるポケットに両手を入れて、俺をじっと見ている。
両目を閉じ、額にある一つの目で見ている。
「やめろやめろっ! 足をどけろ!ジャイっ!」
「ぐふふふ」
ネグロが足をどけようと力一杯押しているがびくともしない。
鬼族は腕力に長けているが、それでも一ミリも動かない。
メキメキと骨が軋む音が脳内に響く。
くそ、めちゃんこ痛い。
そしてくっせーし。
「
さすがにイラッときちゃったな。
足の裏にでもコレを撃ち込みたいが、足で踏まれて隙間がない。
仕方がない。
全く見えないが……。
「
俺はネグロがいない方をイメージして放った。
ジャイの背後の地面より突如として生える灰色の蔦。
氷を割りながら生えたそれはジャイに絡み付いていく。
「ぐふふふ。おっ? だんだ?だんだこで。お、お…い、いで、いでーど!ギ、ギャア!!」
「あっはっは! だっせーなジャイ! あっはっは、は? なんだよ!おい!」
レビタは狼狽えるジャイを見ながら腹を抱えて笑っていた。
けれど、ジャイが全身を蔦に絡みとられ氷の上でのたうち回り、出血で氷を赤く染め始めたのを見て焦りの声を上げた。
《
雪山に咲く苺である。
しかしそのままでは実らない。
灰色の蔦は険悪な鋭い棘を生やしている。
棘は先端が針、側面が鎌のように湾曲し、刃が付いている。
雪に色が同化し、見えにくい棘の鎌は、近づいた生き物を突き刺し、切り裂いていく。
そしてその付着した血液と地面に流れたものを栄養分として吸収し、紅い実をつけるのだ。
その実は、血を吸った時にだけできる物とは思えない程に極上の甘さであるという。
もちろん、これは魔界に咲く危険指定にされている植物である。
「━━ふぅ」
「おい、大丈夫か? お前よりあっちの方がヤバそうだけど…」
ネグロが指を差した方には
そして蔦へ紅苺がポコポコと実っていくと、辺りに甘い苺の薫りが漂っていく。
ラモンは徐にその一粒をむしりとると、口へと放り込んだ。
「うま」
閉じていた両目がカッと開いた。
「おい、ラモン!呑気に食べてる場合じゃねーぞ。 ちょっと手伝え━━んぐっ」
ギャーすかと騒ぐレビタの口へとラモンは苺を詰め込む。
「んぐ……うまぁ!あまっ!」
「だんだ?だじじでんだ? おでにぼ一個くでよ」
食いしん坊のジャイが痛みそっちのけで苺を食べたがり始めたので、パージだ。
レビタがジャイの口に一粒入れる瞬間に消してやった。
「うお!?」
「だんだよっ!」
驚いてしりもちを付くレビタと、蔦は消えたが血だらけのジャイ。
ラモンはまた両目を閉じて、何考えてるのかさっぱりわからん。
「ヴェルデ、お前の魔法なのか?」
「うん。 樹属性魔法だよ。しかし、イテテテ……いきなり無茶苦茶だな……」
仕返しとはいえ、俺も無茶苦茶か?
いや、あのままなら全身の骨がバキバキに折れていたからな。
魔族にはこんな奴が多いのだろうか。
「わりぃな。 鬼族以外も温厚な奴はいっぱいいるから。ほんとこんな奴らは稀だからな? 特にジャイとレビタはバカだから」
まるで俺の心を読んだように……。
顔に出てたか?
「……わかった」
「しかし、お前さ…」
「……やっぱやり過ぎたか?」
「すげーなっ!俺に教えてくれっ!」
いやいや。
「アナタ、カミクロイヨ?」
「イデーよ……おで、ぼうだめがも…」
「おいっ! ジャイっ!しっかりしろっ!」
あー、やっぱりやり過ぎたな。
ジャイ君、ちょっと虫の息。
えーっと……。
下は土じゃないけどいけるか?
「
俺が指定した氷がぽわっと一瞬光ったが、それで終わってしまった。
月光草は寒さに弱く、氷に根を張るのは無理だったようだ。
「なんだよっ!おい! まだやる気か?!」
レビタがうるさい。
レビタのくせに。
無視無視。
……よし、もう一度。
「
と、今度はジャイの着込んでいるちょっと年期の入ったモコモコとしている獣の皮を指定してみると、あら不思議と成功した。
そのまま一粒の雫がジャイへと落ちる。
ジャイは淡い光に包まれ、それを見たレビタが何やら騒いるが、そのうちにジャイの全身の傷は全て治っていた。
「おで、おでびぎでぐー!」
濁点多いな、おい。
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