第33話 ブザンソン
ブザンソン。
この世界グラースにおいて南に位置する氷の大地。
大陸の五割が氷に覆われ、魔族のみが住まう━━別名、死の大地。
魔族と出会えば血が流れ、一歩足を踏み入れたならば決して生きては帰れないとされている。
と、ここまでは誰もが知っている話。
もちろん俺も知っている。
しかし、その話は間違っていた。
いや、正確には間違っているわけではなく、情報が圧倒的に足りていなかった。
俺はあれから、さらにここで二週間を過ごし、カーラと鬼ばばにブザンソンについて教えてもらった。
ちなみにカーラは十歳で俺より歳上だった。
よく見たらナイスバディだ。
よく見なくてもナイスバディだ。
年齢よりもずっと歳上に感じる。
性格が落ち着いているからだろうか。
で、教えてもらった話だが、大陸の
その場所はグラースの最南端に位置し、周囲の海は常に大荒れしている。
それに近海には氷海竜と呼ばれる生物や他にも巨大で獰猛な魔物がばっこしているため、船などで海を渡ることができない。
運よく行けたとしても、魔族に見つかれば奴隷にされる可能性もある。
なんとか逃れ普通に暮らす者もいるが、それは戻る手段のない者たちだ。
だから情報を持ち帰ることはできず、憶測だけが流れ、渡った者は殺されている、生きては帰れない死の大地と広まったのだ。
魔族にも優しい種族はいる。
この鬼族もその一つだ。
心優しき種族のほとんどは、二割の氷がない土地で村をもっている。
血の気が多く、残忍な種族の多くは氷の大地で暮らしているらしい。
俺は運よく二割の近くへ転移したようだった。
いや、運がいいわけではないな。
あのローブの奴が設定した転移先が、たまたまこの村からわりと近くにある山の麓だったというだけだ。
設定先が氷の寒い寒いほんとに寒い大地だったり、他のヤバい種族の近くだったならば、俺は死んでいたかもしれない。
いや、ほぼほぼ死んでたな。
カーラが立ち寄らなければ完全に終わってた。
そう考えればやっぱり運がよかったのかもしれない。
それと鬼ばばから聞いたが、
実際には情報乏しく巨悪かはよくわからないけど、温厚ではないらしいから、近づかないことを口をすっぱくして教えられた。
この三王が最大権力をもっているけど、他にも力のある新世代が上を狙って暗躍しているとかいないとか。
あのローブも恐らく魔族ではないだろうか。
それも上を狙った輩の一人か?
あんな力の持った奴がゴロゴロいるとしたら、命がいくつあっても足りないな……。
そしてここ、鬼族の村は五十人ほどからなる集落だ。
老若男女みんながみんな優しい。
鬼のくせに。
俺のことは村中のみんなが知っている。
鬼ばばが匿うには限度があるということで、それとなく話をしてくれたのだ。
みんなは婆さんを信頼していたからすぐに受け入れてくれた。
ちなみに村長は威厳のあるじいさん。
じいさんだがムキムキボディの持ち主だ。
俺は婆さんが村長だと思っていた。存在感がすごいからな。特に顔が。
したら、実際には村長ではなく顧問的な立場だった。みんなの相談役だ。
コンッコンッ━━。
扉を外から叩く音がする。
俺はこれが誰か知っている。
何故ならコイツは毎日毎日決まってやってくるからだ。
「おいっ! 来たぞっ! ヴェルデはいるか?」
「いませーん」
「よし、今日もいるな? あ、カーラ! おはよう」
コイツはカーラと同い年の村の青年ネグロだ。
黒髪の褐色肌。角を三本生やし、高身長のイケメンだ。
角の数が多いほど強い、もしくは才能に溢れ、女性からもモテモテだ。
今のところ、歴代最高本数は五本。
現在の最高本数は三本。
ネグロは、現最高保有者だし、イケメンでもあるので村ではモテモテの敵なし。
けど、本人はカーラ以外には興味がないっぽいな。
そのカーラは、あまり感情を見せないから、どう思ってるのかよくわからない。
ネグロは俺のことが鬼ばばによって知れ渡ってから毎日ここへ来るようになった。
この村で過ごす以上は働けとかなんとか。
とかなんとか言うが、それを口実にカーラに会いに来ているだけだ。むしろ少しでも俺をカーラから離そうとしている気がする。
ちなみに仕事と言っても子供の俺がすることは特にない。
見回りという名の散歩だ。
今は午前。
このままとりあえず昼まで付き合わされる。
「おはよう、ネグロ。 気を付けていってらっしゃい。 ヴェルもね」
「はぁ…。いってきます」
「カーラ…。 行ってきますっ!!」
俺とネグロの気温差はだいぶ違う。
めんどくさい。
早く帰りたいのに……。
学校もこれから始まるっていうのに。
鬼ばばに相談したが、今のところ大陸を渡る手はなかった。
「━━に行くか。なっ?……おい、聞いてるか?」
「う、うん」
俺とネグロは村の中を並んで歩いている。
村はとても静かだ。
子供の笑い声くらいは聞こえるが、大人は数名を残し狩りに出ていた。
しかし、気温が低い。寒過ぎる。
凍っていないというだけで、氷に囲まれているんだから、そりゃ寒い。
俺はカーラに借りたモコモコの上着を着ているから何とか大丈夫だけど、裸なら即死するレベルだ。
それ故に基本的に植物は育たない。
『死の大地』とは生きては出られないということだけにあらず、この気温のせいで植物が全く育たないことにも由来すると俺は思う。
死の大地ではなく、大地が死んでいるのだ。
氷のないここら辺は、土に毛が生えた程度の雑草で覆われている。
魔族は種族にもよるが、この環境のせいもあってか基本的に植物は食べないらしい。
野菜とは無縁だ。
食するのは魔物や動物、海産物に魔族だ。
この環境で生き抜く生物のパワーは実にすごい。だからそのパワーを食することで、力がつく。と信じているようだ。
だから魔族は魔族を食べる。
実際に魔族は強い。
それが地の力なのか、食べたことによるものなのかは俺にはわからないが、強い魔族を食べるためには、より強くないといけないわけだ。だから、食べるために、いや、食べられないために強くないといけない。
弱肉強食だね。
「うんということは、オッケーなわけだな? ━━じゃあ、早速行くか」
「はっ? どこへ?」
「だ・か・ら、永氷の紫山の近くで聞こえた、巨大な音がした場所を見に行くんだよっ!」
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