第32話 鬼の棲家
「なんで? どうして来てくれなかったの?」
「……ごめん。 手違いで━━━」
「約束したじゃんっ! 手違いってなによ! そんなの言い訳でしょ!」
俺の前には今にも刃物で刺してきそうなほどに怒った顔をしている女性がいる。
誰もが目を奪われるであろう美貌。
なはずなのに、それを思わせないほどの形相だ。
シルバーの髪。そしてそれを片方だけかけている少しつんとした耳。
スラッとした長身。
俺と目線の高さはほぼ同じくらいか。
「そ、そうだね。言い訳だよね………。ごめんなさい」
俺は潔く謝る。
これでもかというくらいにつむじを見せつける。
おでこで地面をなめまくったりもしちゃう。
しかし、彼女の怒りは一行に収まらない。
「謝ってばっかりじゃんっ! 言い訳の一つもしてみなさいよっ!」
どっちだよ。
何いってもだめだこれ。
「いや、えーっと、その…、俺も会えるのを楽しみにしてたんだよ。本当の本当に」
「嘘つきっ! じゃあその隣であなたと腕を組んでるその子はなんなのよ!!」
そこで初めて隣にいる女性に気がついた。
頬を紅色に染めながらうっとりとした顔で、俺の腕に自分の腕を絡めている。
髪はブラウン。
出るとこが出てる豊満な体で、目の前のシルバーの女性とはまた違う美人だ。
身長は俺より頭一つ小さい。
「お、おい!何してる!」
「えへへ。 ヴェルー!好きっ!」
その女性は大きく育った柔らかいものを腕により強く押し付けてきた。
「ちょ、ちょ、ちょっとまった」
「なーに? 柔らかくて気持ちいい?」
「そ、そう。 い、いやいやそうじゃなくて……」
俺はチラッと正面の女性を見る。
「ぐぬぬ……」
怒りの形相をしている目の前の女性は、自分の胸に手を当て、この巨大な双丘と見比べている。
けっして巨大とは言えない銀髪の彼女のソレだが、俺はそれくらいでちょうどいいとは思う。
とか、そんなこと考えている場合ではない。
怒り狂って刺されそうだ。
「二人ともストップ!ストップ!」
「ヴェルー!」
絡めている腕をほどき、抱きついてくる彼女。
たわわな胸が顔を押し潰し全く息ができない。
「他の女にやるくらいなら殺してやるっ!」
怒り頂点な彼女は刃物を振り上げた。
窒息で死ぬか、刺されて死ぬか。
ああ、どっちにしても死ぬ……。
死ぬ…。
┼┼┼
「死ぬー!」
と、俺はそこで目を覚ました。
知らない天井。
木製の天井で、古い傷跡がちょこちょこと見えるところから年期を感じる。
しかし頭がぼーっとするな。
それにいまだに胸がドキドキしている。
夢か……。
あまりにリアルで頭から全然映像が消えていかない。
あの二人は誰だっけ……。
「おや、やっと目を覚ましたかえ」
いきなり声をかけられた。
声のした方へ首を向けると、
「ひっ、鬼!」
が、そこにいたのだ。
「なんじゃ小僧。 わしらを知っておるのかえ?」
しらねぇーよ。
誰だよ、このしわくちゃの鬼は。
被り物にしてはリアルだな。
鬼のお陰というかなんというか、頭からは夢の映像がすっかり消え失せた。
というか、これはまた違う夢か?
「鬼婆の被り物とは珍しいですね」
「……小僧。 ここがどこか分かるかえ?」
俺は寝ていた体を起こす。
どうやら布団に寝かされていたらしく、上半身に掛かっていた布団がずり落ちた。
俺は頭が冴えてきて思わず立ち上がった。
夢じゃないな。
「きゃっ」
鬼婆の後ろから若い女性の声がする。
俺は上半身が裸で、それを見て声をあげたらしい。
と、思ったら全身素っ裸だった。
顔を手で覆い隠しているが、指と指の間が開いている。
婆はしっかりと目を開き、ひょっひょっひょと笑っている。
これ笑ってんのか?
しかし、何で裸…。
俺はすぐにずり落ちた布団で体をまた隠した。
マタも隠した。タマも隠した。
「 あの、ここは……家の中? あれ、俺はどうしたんだっけ」
すると、婆が後ろを振り向き女の子を手招きした。
頬を赤らめた女の子がてけてけとやってくる。
この子も鬼?みたいだ。
よくできた被り物だ。
褐色の肌に黒髪。それに小さな角が二本見えた。
けれど、とても美人だ。
目がくっきりのパッチリ二重。
八重歯が眩しい。
ちなみに鬼婆にのほうは白い髪に黒い肌。
頭頂部に一本の太い角が生えている。
「カーラや、説明しておやり」
鬼婆は少しさがり、カーラと交代する。
「は、はい、ばば様。……あの、あなたは
と、言いながら頬を赤く染めるカーラ。
「……助けていただいてありがとうございます。俺はどれくらい寝ていましたか?それからえっと……永氷の紫山??って? 」
「そうですね…今日で四日……三日目ですね。 私が見つけてからちょうど三日経ちました。それから、あっ、 紫山を知らないですか? 死ぬほど寒く……、いや死ぬんですけどね。あなたも死にかけてましたし。という、誰も近づかない有名な山ですけど……」
目をつぶり考えてみるも全然わからない。
聞いたこともないな。
あれ?死ぬほど寒く、いや死ぬ……聞いたことある気がする。
「聞いたことある気もするんですけど……」
「 あのー、失礼ですが奴隷の方ですよね…? 」
ど、奴隷だ…と…?
一瞬、手枷や足枷でもついているのかと確認してしまった。
「いえ、奴隷ではありません。 ここは、この地域には奴隷制度があるんですか?」
これだけ広い大陸なら奴隷制度がある場所もあるだろう。
しかし、俺の知る限りの場所では奴隷制度はなかった、はず。
俺はどこにいるんだ…?
どうしてこうなったんだっけ…。
「もちろんありますよ。 しかし、迷い人の方でしたか。あ、 迷い人というのはこの大陸に何かの手違いとかで迷いこんじゃう方のことです」
「はぁ……。えっと……この大陸……?というと?」
「もちろん、ブザンソンのことですけど」
俺はその名前を聞いて思わず立ち上がる。
「きゃっ」
そんな悲鳴も知ったこっちゃない。
「ブザンソン……。ここは氷の大陸……魔族の…え、えー……あなた方はもしかしてま…ぞく?」
もしかしてもしかすると…。
「もちろん、そうですけど?」
もしかしてもしかした……。
どうやら被り物ではないようだ。
「あの、ぼくは偶々ここに来ただけなんです。何も悪いことしてないです。ごめんなさい」
俺はとりあえず謝る。陳謝陳謝。
ちん○が丸見えでちんしゃ。
殺されたくないからすぐ陳謝。
「へ?」
「殺さないでください」
「しませんよ!」
カーラは手で顔を覆い隠しながらすぐに突っ込んでくる。
もちろん指の間を開け、俺の息子をしっかりとその瞳に刻み込みながら。
「ひょっひょっひょっひょ」
そしてババアの笑い声が家の中にいつまでもこだましていた。
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