第10話 卒業!そして出発!

試験当日の朝。

 俺は今、朝食を食べている。

 いつもより早く起きてしまった為に一人での食事だ。

 そんな俺よりもメイドのマオの朝はさらに早い。

 早起きをしてせっせとメイドの仕事をこなしてくれている。

 いつ家族が起きてもいいように朝食の準備は万端だ。

 そして、俺以外の家族はまだ起きてこないが為に暇をもて余しているようで、微笑ましくも俺の食事風景をじっと見ている。

 正直、食べづらい。

 

 「マオ、こっちで一緒にご飯食べない?」


 「坊っちゃまぁ、マオのことは気にせず食事を続けてください。 そしてこの後の試験頑張ってくださいですぅ」

 

 このメイド、やっぱり頭が弱そうだ。

 

 マオは、にこにことしながらグッとガッツポーズをとった。

 その拍子に肘で後ろの花瓶を倒してしまい水を派手にぶちまける。あわわわ言いながら雑巾で水を拭いているのだが、四つん這いのお尻からパンツが見えている。

 ん?何かお尻に書いてあるな。

 

 あれは………ゴブリンか?

こっちを見つめる醜悪なゴブリンの顔が描かれているわ。

  色気もへったくれないね……。

 

 さて、そんなマオを尻目に、いや、尻に目がいってるという意味ではないが……、食事をしながら図鑑を開いて物思いに耽る。

 

 俺はこの一人の時間が大好きだ。

 

 この世界の植物図鑑を毎日といっていいほど読んでいる。

 植物図鑑は最初この家にはなかった。

 一年前の誕生日にプレゼントは何が欲しいかと父に聞かれ、その時にお願いした代物だ。

 

 父の書斎室には置いていなかったからだ。

 あったとしてもきっと情報は古いだろう。

 父は書斎室を設けているが、本には興味が無く基本的にトレーニングルームとして使っていた。

 裸でビチョビチョになるまでトレーニングをしている。

 その湿気のせいなのか、吹き出る汗の塩のせいなのかは分からないが、本を購入した歴史はそこまで昔じゃないはずなのに、全ての本の見た目はどこからか発掘したかのように年期が入っていた。

 

 どうせなら魔法の本と魔物についての本も買ってもらえばよかったと、今更ながらに思う。

 特に魔物については俺の情報と現在の世の情報とで、既に齟齬があるから、情報の更新は必要に感じる。

 でも、魔物の名前にしても強さにしても前世とほぼ同じなんだよなぁ。そこは大丈夫だろうから、知っておいた方がいいのは討伐部位くらいな気がする。


  魔法についてだって、もしかしたら樹属性についてももう少しマシな内容に切り替わっているかもしれない。むしろ、あの父の書斎にある本がおかしいのかもしれないが。

 他に本がないから比べることもできやしないぜ。

 

 俺は植物図鑑を読んでイメージを膨らます。

 内容を頭に叩き込む。

 

  そして分かったことがある。

 前世で熟読した『魔界と異界の植物全書』にほぼ載っていたやつばかりだ。異界の植物の項目で同じものを見た記憶がある。

 

 この世界にも珍しい植物はあるが、それはあくまで普通の中での話だ。

 珍味とされるものや、過酷な気象条件のもとでしか育たないものなどで、それは伝説上に上がるものではなかった。

 

  針のついた植物はあるが、それはチクッとする程度。

 一応、致死性であったり、痺れ、幻覚作用のある毒性のものは存在したが種類は少ない。

 即効性の薬草は皆無だ。漢方薬に使われるような植物くらいしかない。

 

 要するに、戦闘用として使用できる種類はほとんど無いと言えた。

 《グラスニードル》のように魔法で形状を変化させて使用するしかないのだ。

 

その点、魔界の植物は優秀だ。戦闘用に使用できるものを含め、品種は豊富。性能的にも効力的にも比べ物にはならない。

 恐らく、ここで販売すれば一生困ることはないほどに財を築くこともできるだろう。だが、それはしない。外来種だ。生態系も乱れる。普及すれば世界の崩壊に繋がるかもしれない。

 

 俺はこの植物図鑑から今日で卒業だ。図鑑から卒業して、先生からも卒業するのだ。

 実際のところ、こうして終わってみれば実りは少なかったかな。

まぁ、魔界で見た植物全書に載っていた異界の植物の中で、どれがこの世界に該当するのか分かっただけでも良しとするか。


 結局のところ、蓋を開けてみれば該当したのは三割程であろうか。そう考えると、この世界以外にも存在する世界があるのかもしれない。というか、あの本の作者はどうやって別世界の情報を集めたのだろう。想像なのだろうか。

 植物以外のも出版してくれたら良かったのに……。異界の魔法とか異界の魔物とか……。

 

 あれ?でも待てよ、賢者様は異界の存在を知っていた……。ならば、他にも同じように知ってる人がいてもおかしくはないのか。

 この世界にもいるのだろうか。別の世界を知っている者が。

 あれ?それって俺か……。

 

 

 ……あぁ、そういうことか。

  もし、あの賢者様が別世界の転生者ならその存在を知っているわけだ。そして、転生の魔法を使えるならば色々な世界を渡れるのではないだろうか。

 自分で自分に魔法をかける。何度も。何度も。繰り返し転生を行う。

 同じことをあの本の作者がしているならば、その情報量はさぞかし豊富なのであろう。転生魔法の使い手か……。

 

 まぁ、俺には縁のない話だ。

 

 さて、そろそろ先生との約束の時間だ。

 集合場所は玄関前の広場。

 

 マオはまだ醜悪なゴブリンを従えている。

 

 俺はそんなマオに声をかけずに部屋を後にしたのだった。

 

 ┼┼┼

 

 日が燦々と降り注ぐ。

 光のプリズムが視界を一瞬奪うほどに眩しい。

 今日はいい天気だ。

 

 さて、先生は………いたっ。

 

 「おう! 来たな」

 

 何だが少し見ないうちに筋肉が増した?胸がパンパンだ。増し増しだ。

 「先生、今日はよろしくお願いします」

 

俺は全く緊張していない。周りから見れば、この年齢には見えない程に堂々としているのではないだろうか。

 

 「じゃあ早速だが、卒業試験を始める。お前が入学レベル以上の実力であるのは分かっている。

 だから、今から見るのはお前がどのくらいの魔法師になっているのか?だ」

 

 そう言うと、ドライ先生は以前『エアーカッター』で傷つけた木の所へと歩いていく。

 傷はよく見ればうっすらと残っていた。

 先生はそれを指でなぞると、少し満足気な顔をしている。


 少したつと、先生は俺の横まで移動してきた。

 「では、俺が今から本気のエアーカッターを放つ。それを基準にお前のエアーカッターを見よう。 エアーカッターは使えるな?」

 

 「はい、先生」

 

 「俺は一級魔法師であるが、鑑定士ではない。だから公式ではないから、お前に魔法師の位を与えることはできないが、見立てることはできるからな。 じゃあ、やるぞ。

『天地に渡りし蒼の風よ 兜率天の息吹よ 不可視の刃を以てのものを刻め』━━━エアーカッター」

 

 健康棒を取り出し呪文を唱えたかと思えば、以前よりは大きな青白い魔力が集束していった。

 そして棒の先端から目の前に立つ木へと、目には見えない風の刃が飛んでいく。

 

 ズバンッと音が鳴ったかと思えば、俺の腕くらいの太さがある木の枝が地面へと落ちた。

 

 「どうだ?」

 「はい。父と母が大事にしている御神木の枝がキレイに切り落とされました」

 「━━なっ! そ、それはまずいな。 どうするか……いっそのこと切ってしまうか……」

 

 先生は狙いを間違えたのか近くの御神木(二代目)の枝を切り落としてしまった。

 目に見えて狼狽えている。証拠隠滅を図ろうとしている。

 「せんせー、それを治しましょうか?」

 「はっ?」 

 「葉ではなくて、枝をですね……」

 「そうじゃなくて、何を言っている?」

 「だから、御神木を治しますか?」

 「そんなことできるのか?」 

 「はい」

 「できるものならやってみろ」

 「わかりました」

 

 まずは杖だ。

 

 「黒王樹ブラックキングウッド

 

 俺の手に杖が現れた。先生をチラッと見ると目が見開いていた。何かを言いたそうではあるが……

 

 俺は無視をして続ける。

 杖を御神木に向け、パージした。

 二代目御神木は俺の魔法で以前作ったものであるから、一瞬にして消滅する。

 そして、クリエイトプラントで小さな御神木を生み出しグロウアップで同じ大きさまで育てたのだった。

 先生は……あっ、顎がはずれそうなくらい口が開いてる。

 

 「お前…いや、ヴェル。 俺の見立てでは魔王級だ」

 「はい?」

 「魔王級だと言ったんだ。それにその杖はなんだ?!見たことも聞いたこともないぞ。 ちょ、ちょっと貸してくれ」

 

 ドライ先生に杖を渡すと、まじまじと食い入るように観察している。かと思えば、筋肉を隆起させて力いっぱい曲げようとするも、あえなく失敗していた。

 何度も叩きつけたり、折り曲げたりしようと試みて、無理だと諦めたのか、ハァハァと意気を切らして杖を返却してきた。

 一応、貸しただけであって人の物なのに何してんのよ、この人。目的変わってるからね。必死で壊そうとするのやめろや。

 まぁ、傷一つついていないのだが。とりあえず消しておいたパージ

 

 級は十級から始まり、上がるとその数を減らしていく。

 一級まで上がると、その上が特級、王級、魔王級、神級となる。

先生の見立てによると、不遇属性である俺が魔王級であるらしい。

 「……もしかしら神級かもな……」


 ポツリと呟くようにそんなことを漏らす先生。

  

 「先生? 大丈夫ですか?」

 「あ?ああ、よし。ではもう終わりだ! 言うことなしの卒業だ」

 「あ、ありがとうございました」

 「じゃあ、卒業証書というわけではないがこれをやろう」

 

 ドライ先生は懐からエンブレムを取り出した。何かの紋章か?

 

 「これはな、我がイースト家の家紋だ。 もし何か困ったことがあったらそれを出して構わないからな」

 「先生!ありがとうございます。大事にします!」

 

 先生のフルネームを今初めて知った。たしか名のある貴族というのは聞いてはいたんだけどね。先生は金に困ることはないくらいの金持ちらしいから、教え子をとっているのだって、ほぼ道楽だ。

 ドライ・イースト先生か。なんだか膨らみそうだね。筋肉はパンパンに膨らんでるけど。

 

 「それからな、今日の午後から入寮することになっているから、身仕度をしたらまたここに集合だ」

 「へっ?」

 「あのな、手続きは俺のほうで全てやっておいた。 で、今日から入寮できるわけなんだが、ゴリが俺を迎えにくるように手配したから一緒に向かうぞ。 

 それと、お前は特待生ではないが、俺が費用は既に全て払っておいたから、お金について何にも気にせず学んでこい。いいな?」

 「え?え?」

 「だー。とにかく、今日から学校に行くんだよ。仕度しろ。分かったな?」

 「は、はい」

 正直混乱しているが、もうすぐジルに会える!

 やばい、ワクワクがとまらねーぜ。

 

 俺は先生に礼を言うと、身仕度と家族に挨拶を兼ねて家に戻ることにした。

 

 ┼┼┼

 

 「━━━というわけなんで、今日から行ってきます」

 「話は聞いていたから大丈夫よ。 ヴェル、困ったことがあればすぐにでも戻ってくるのよ。……でも、ヴェルはしっかりしているから大丈夫よね。 心配してないわ。心配……心配いらないわよね、ねぇ…あなた」

 

 そんな母は言葉とは裏腹に、心配し過ぎて今にも泣きそうだ。

 母は俺の属性のことをいたく気にしていたからな。

 不遇だからいじめられないかと心配ななのかな。

 

 「大丈夫だろ! ヴェル、負けんなよ」

 

 父の言葉は力強い。たった一言だが心の奥に染み渡る。

 

 「はい。僕は大丈夫です。 誰にも負けません!」


  俺の向かいに父と母が座り、その後ろにマオと兄が並んで立っている。

  「ヴェル、待ってるからな」

 兄だ。にこっと爽やかな笑顔を見せる。

 ん?待ってる??あぁ、あれか、同じ高みに来るのを待ってる的な?

 

 「坊っちゃま、私たちの無念を!どうか!どうかぁ~」

 マオだ。

 無念?この人はほんと頭が弱いからよくわからん。

 とりあえず、まとめて返事だけしとこ。

 

 俺は、はいと返事をして仕度を済ませに席を立ったのだった。

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