第9話 ハッピーライフの始まり……かもしれない
「で、何でこんなところにいたの?」
「あの…その…王都に用事が……今日は野営にするって。
あ、また泣き出した……。
ぐすんぐすんと泣く姿はどこの子供もかわらないなぁ。
俺は魔法で杖を出し、さらに魔法で花を作った。
この辺りには咲いていない色とりどりの花を何本も作ると束にする。
それを泣いているジルヴァラにそっと差し出した。
「……私に……?…くれるの…?」
「あげるよ。 こんなことしかできないけど」
「あ、ありがとう……」
ジルヴァラは花を受けとると、匂いを鼻からいっぱいに吸い込んだ。
「いい薫り」と言うと、その顔には既に泣き顔など無く、満面の笑顔でいっぱいにしていた。
花束にはやさしい薫りのする種類と鎮静効果のある種類を混ぜていた。
「で、何でこんなところにいたの?」
俺はもう一度トライしてみた。
「……安全だからって……森を探検して…それでここ見つけて、花がきれいだっし……あの…その……叫んでごめんなさい」
「そっか。 俺は全然いいんだけど。 ……しかし、俺も安全って聞いてたのに何でゴブリンがいたんだろ……」
この辺のことについて何にも知らない俺が考えても答えはでないんだが。
「……うん。 あと、助けてくれてありがとう。 あの……さっきのは魔法……?だよね…? えっと、ヴェルデくん…」
ジルヴァラは少し頬を染めて俺の名前を呼んだ。
「うん。 どういたしまして。 それから、俺のことはヴェルでいいからね」
俺はこれ以上ないくらいのウィンクを飛ばした。
バチコーンと擬音が聞こえてきそうなほどに力強いやつだ。
俺のマックスウィンクだ。くらえ!
「あ、う、うん。 私のこともジルって呼んでね」
ジルはさらに頬を染めながら下にうつむいた。
あれ?俺のマックスウィンクは効いた?いや、気持ち悪かったか!やべーやべー。違う意味で効いたかも……。
「うん、そうするね! ジルは魔法は使えるの?」
「……一つだけなら…」
「おっ、どんなの?」
「…んと、針で刺したくらいのキズなら治せるよ!」
ちょっと自信満々なジルに対し、俺はどんな反応したらいいのか分からなくて微妙な顔をしてしまった。
それがジルの気にさわったらしい。
「…その、同い歳の子達の中ではそこまでの魔法を使える者はいないだろうって、
たしかに、兄も入学前に簡単な魔法が使えただけであれだけもてはやされたんだっけ。
俺の感覚と世間の感覚にはだいぶズレがある。
反応には気を付けなければ。
「ごめんごめん、ジルは凄いと思うよ。 人族でも入学前に魔力操作できたら天才と言われるレベルだよ。簡単な魔法使えたら特待生扱いかな」
「……じゃあ、ヴェルはなんなの? エルフ族の大人でもあそこまでの魔法を使うのをみたことがない」
「……俺は……、ほら、樹魔法だから」
「……だから?」
「……樹魔法はあれくらい普通なん…じゃないかな。ほら、例があまりないから知られていないだけでさ。本にも載らないほど不人気だし」
俺は別に隠そうというわけではないが、特に自慢する気もないし、なによりこの可愛いエルフちゃんには嫌われたくはないなと思って濁した。
「……そうなんだ。でも、ゴブリンを倒しちゃうなんて凄すぎるよ。 あれ、一体遭遇したら大人の魔法師二人以上で相手しなきゃいけないんだよ。そう、本にも書いてあったし」
俺の読んだ本にはそんな情報なかったけど……。
魔法師二人って……。この世界の並の魔法師じゃ二人でもきついと思うな。
先生くらいなら一人でも大丈夫そうだけど。
最早、魔法師じゃないけどな。パンチ一発だからな。
その本の情報間違ってんじゃね?
魔法師二人じゃなくて、ゴリラ一匹だな。
「そ、そうなんだ……。知らなかったよ。ハハハッ……と、ところで、学校には入るの?」
「うん。 もちろん通うよ。 ヴェルもでしょ?」
「うんうん。 同じ学校なら良かったのに」
そしたら、もしかしたら俺のハッピーライフが始まったかもしれないのに。
「じゃあさ、学校は違うけど、エルフ族の学校の近くに建てられている人族の学校に通いなよ。 もしかしたら会えるかも」
ジルが良いこと言った。
もしかしたら俺のハッピーライフが始まるのかもしれない。
「そうだね! まだ決めてなかったし、そうする!」
「約束だよ」
「約束」
俺はジルと約束の指切りをした。
何としてもその学校に通うぞ。
やったるで。やったるでー。
二回言うたった。
いや、実際には口に出してないけどね。
「……じゃあ、そろそろ戻らないと。 あ、ヴェルは討伐部位とらないの?」
えっ?腕のこと?
「……腕もぎとるのはちょっと……」
「えっ……? 腕? ゴブリンは腰布だよ」
「え? あれ? そうなの?」
どうやら俺の記憶違いなのか、合っているならば読んだ本が悪いのか……。
本が古くて情報が昔のだったりするのかな。
そういえばものすごく年期がはいってたような気もするな。
「腰布なら楽だね。 でも、親にナイショでこっそり森に来てるからだめなんだ。 欲しかったらジルにあげるよ」
「うーん……ヴェルのことを言ってもいいの?」
なんでそうなるの?やめてよお嬢ちゃん。
「……それはちと困るかな……」
「うん、だったらいらないよ。 これ持って返ったらさ、私じゃ倒せないのはみんな知ってるからどこで誰が倒したのかとか細かい話をしなくちゃだし、ここでゴブリンが死んでるの見つけたから、勝手に取ってきたっていうのも何か怒られそうだしね……」
「あ……」
もう少しよく考えてから話をしろ!俺のバカ!
「そ、そうだね……ごめんね」
「ううん。 一応ゴブリンが出没してたから安全ではないってこと、見つけたから逃げたって話はするから
ええ子や。
「ありがとう。 送らなくて大丈夫? さすがにこの辺りにはもういないとは思うけど」
「うん! 大丈夫! それじゃあ、またね!約束ね!」
「約束!」
ジルヴァラは見た者全てを虜にするような笑顔を振り撒いて行ってしまった。
少なくとも俺は虜だった。
俺はその後ろ姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
あ、連絡先聞いておけばよかった……。
手紙の一つも送れたのに……。
そして俺も、既に散策の気分では無くなっていたので家路を急いだのだった。
┼┼┼
それから数週間。
あれから新たな魔物が現れたという話は聞かない。
あのゴブリンの死体については、結局、領民の狩人が森に入ったときに発見しちょっと大騒ぎになった。
安全だと思われていた領域に魔物が現れたでは、安心して狩の一つもできないと依頼を受けた父は、数日間魔物狩へと出掛けたのだった。
ちなみに発見されたゴブリン達には腰布が一切無かったとのことらしい。
ジルパパがやったのか? 盗ったよな? うん、盗ったな。
まぁそれはいいんだけどね。
そんなことよりも、そろそろ特待生の試験が始まるようだ。
世間にそんな試験が迫っているように、俺にも先生の卒業試験が迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます