第8話 エルフのお嬢ちゃん

十ヶ月の歳月が流れた。

 

 学校の入学までほんの僅かだ。あっという間である。

 

 入学することは義務であり特に試験はない。

 お金さえ積めばどこの学校にでも入ることは可能だ。

 

 特待生制度があり、それを受ける為の試験が一ヶ月前に行われる。希望者だけだが。

 そして基準値を越えることができた者は入学金を含め、これから十年間に要する費用の全てが免除される。食費など普段の生活での必要経費を除いて、授業料や寮費、教材費など全て無料なのだ。

 

 そして、試験ではないが入学時に軽く実力を測るらしい。

 これは、クラス分けをするためだそうだ。

 

 

 俺はこの十ヶ月間ひたすらドライ先生に体力作りをさせられた。

 魔法については先生の魔法をいくつか見せてもらう程度だった。

 その威力は、先生の名誉のためにも伏せておくことにする。

 

 先生には俺の魔法を見せてはいない。

 何となく、見せるとよくないような気がするからだ。

 それが先生に対する優しさからなのか、自衛とか防衛本能が働いているのか自分でもよく分からない。

 兎に角、最初の魔力操作と魔力量しかドライ先生は知らないのだ。

 

 

 体力作り以外の自由時間は自分で出来る限りの樹属性魔法の開発に努めた。

 行き詰まると気分転換に風属性魔法の練習もしていたら、そっちもそこそこ使えるようにはなった。

練習して分かったが、無詠唱よりも詠唱するほうが威力は高く、イメージが固まるため失敗もしなかった。

 ただ、先生みたいに長々と唱えるわけではなく、詠唱破棄という形に落ち着いた。

 魔法名だけを唱えるのだ。

  

 さて、今日の体力作り後の自由時間はちょっと冒険をしてみようと思う。

 

 家の敷地から出て、少し離れた所にある森を散策するのだ。

 森には未知なる植物もあるだろう。

 そこまで奥に踏み込まなければ魔物もいないだろう。と、父がそんな話を兄としているのを以前聞いた。

 この辺り魔物は父が討伐をしていたのだ。

 安全のためでもあるが、ちょっとした小遣い稼ぎだそうだ。

 魔物から指定の部位を剥ぎ取って、それを街に持っていくと金になるそうだ。

 

 というわけで、俺は安全な領域の森で創造力クリエイティビティ想像力イマジネーションを育む。

 

 俺はこっそりと屋敷を抜け出し、森へと移動するのだった。

 

 ┼┼┼

 

 そこは鬱蒼と生い茂る草花と、向こう側が見えないほどに密に並んだ木々が生えている。

 

 隙間を縫うように空からは木漏れ日が射し込み、そこには危険な闇は存在していない。

 

 特に物珍しい植物は無く、ズンズンと進んでいると少し拓けた場所を見つけた。

 

 真ん中にはどこから来たのか、巨大な岩が鎮座し少女がその上で鼻唄を歌っている。

 周りには白、青、黄色の花がところ狭しと咲き、岩を中心としてスポットライトのように日に照らされたこの空間は、何とも幻想的であった。

 

 ………

 

 ん?少女……?

 

 あ、人がいるやんけ。

 

 俺は景色に目を奪われ、その景色にマッチする何とも可愛らしい少女を危うくスルーところであった。

 

 少女は摘んだ花を弄り鼻唄を歌っているためか、こちらには気づいていない。

 

 肌は透き通るように真っ白で、銀髪の髪が日の光を受けてキラキラと輝いている。

 歳は俺くらいだろうか。

 幼い顔立ちをしているが、一目見てわかる通りの美人だ。

 年齢的に美人はおかしいか。

 将来は美人になるであろう容姿をしている。

 一枚の絵になるような光景である。

 

 俺は散策することを止め、時を忘れたように彼女に見とれていた。

 

 その時である。

 突如、気持ちの悪い耳障りな声が彼女を挟んだ向こう側の奥から聞こえてきたかと思うと、姿を現す魔物モンスター

 

 全身が黒ずんだの皮膚で覆われ、簡単な布を腰に巻き、手には木の棒を持つ魔物━━━ゴブリンである。

 しかも、六体。

 

 中には剣を構える奴と弓を持つやつもいる。

 

 そいつらは、彼女に気付くと醜悪な顔に醜悪な笑みを浮かべ、さらに大きな声で何かを話し合っている。

 実に不愉快である。

 

 しかし、この辺りは魔物なんていないはずなんだけどな……

 こっそり来てるから父に報告するわけにもいかないし……

 

 とりあえず彼女に知らせようとすると、さすがの彼女も馬鹿みたいな声をだすゴブリンに気づいていた。が、驚いて岩から転げ落ちた。


   ゴブリンは全員が雄で異種族間交配を行い、子供を成す。産まれてくるのは全て雄のゴブリンだ。

 恐らくだが、彼女を見つけその話をしていたのではないだろうか。

 「ゲギャギャ」と声を発しながら、涎を撒き散らしている。

 

 不愉快を通り越して殺意が湧いてきた。

 

 岩の上から姿を消した彼女を逃がすまいと、二手に別れ岩を囲むように広がっていく。

 

 彼女は落ちた拍子に足を痛めたのか、このままでは逃げることはできないだろう。

 

 さて。

 

 俺はモンスターとの遭遇は初めてであり、戦闘も前世で家族の模擬戦を見たことがあるだけだ。

 しかし、ここで逃げては男が廃る。

 

 

 日々練習をしてきたのは身を守るためである。

 何度も戦闘のイメージトレーニングもした。

 だから、自信だけはある。恐怖はない。

 

 ━━いける。

 

 俺は木陰から飛び出し、詠唱破棄で魔法を使う。

 

 「黒王樹ブラックキングウッド


 手の中に木の杖が生まれる。

 この世界には存在していない種類の樹で、前の世界でもお目にかかることはないであろう伝説級の樹木である。

 この世界に無いものでも意外と作ることができたのだ。

 そして、やはりというべきかこの世界の物を真似て作るよりも、創造している分魔力の消費は大きい。


  それでもこの杖を使うのは、いくつか試した中でも俺にとって触媒として最適であり、威力が段違いに跳ね上がったやつだからだ。

 

 闇より黒く、キングというだけあって頑丈。

 どんな道具を用いても加工することは難しいほどに、とにかく硬い。

  

 よしよし、練習通り上手くいった。

 まだまだ魔力の残量は大丈夫そうだね。

 

 魔力消費を少なく済ますなら、そこに存在している植物を操ることだ。創造はとにかく魔力消費が激しい。特に異界の物を創り出すことは消費が桁違いである。


 ここまで木陰から飛び出してから時間にして二秒。

  

  杖で足を指す。

 

 「エウロスレッグス」

 

 途端に足には青く輝く風が纏いつく。

 ドライ先生がやっていた風魔法だ。

 

 そして俺は駆け出す。

 瞬間。

 

 俺は彼女の横に立っていた。

 距離にして300メートル程。その差を一瞬にして埋めた。

 

 「やぁ!」

 

 俺は彼女が警戒しないように、なるべく気軽に話かけたのだが。

 

 「きゃあああーー」

 

 突如隣に出現した俺に驚きパニックに陥っている。

 

 「━━ご、ごめんなさい。 怪しい者じゃないです」

 

 「きゃあああーーー」

 

 俺はすぐさま謝るが、彼女は目をつぶり俺のことが見えていない。自分の叫び声で話かけても聞こえてすらいないようだ。

 

 まぁいいや。

 

 俺は叫び続ける彼女を無視して、ジリジリと俺達を取り囲むゴブリンへと意識を向けた。

 

 とりあえず━━

 

 「グラスバインド」

 

 俺は地面に生えている草に魔法をかける。

 俺の声と共にゴブリン達の足下の草が突如伸び、全身を絡めとりその場に拘束する。

 

 六体全てのゴブリンは身動きがとれなくなった。


 「ゲギャギャギャッ!!」

 

 ゴブリン達は体の草を何とか取り払おうと暴れているが、草には俺の魔力が通っているため、簡単には切れないほどに強力になっている。

 

 「ストラングル」

 

 俺はぐるッと半円を描くように、扇状に広がっているゴブリンへ杖を振るう。

 すると、縛り上げている草がギリギリと締まっていった。

 植物で絞め殺す魔法だ。どんどん食い込んでいく。

 

 「━━グ、グギャー」

 

 切断するには至らないが、窒息したのかそのまま絶命していくゴブリン達。

 

 「━━す、すごい」

 

 いつの間にか目を開き、戦いを傍観している彼女。

 俺の魔法に驚愕し、口が開きっぱなしだ。

 

 あ、よく見ると片側だけ髪が耳に掛けられていて、ツンッと少し尖った耳がお目見えしている。

 

 人種ではないのか………? 

 

 ヒュン。

 

 と、その時俺の顔スレスレを何かが通過した。

 振り向くと、少し離れた所に矢が落ちているではないか。

 

 すぐさまゴブリンを確認すると、二体が草から脱け出していた。

 剣を持つ奴が自分の草を何とか切り離したのか、そいつが弓の奴のも絞まりきる前に解放したようである。

 

 集中しないと。

 危うく死ぬとこだったな……。

 

 倒したの確認せずに余所見するな、と。これは教訓だ。

 

 「鉄木壁アイアンウッドウォール

 

 俺は彼女の周りに金属の硬さを誇る魔界の木を生やし壁を作る。

 鈍い銀色をした木が地面から何本も生えると、あっという間に彼女を隠してしまった。

 弓でやりたら元も子もないからな。

 彼女には悪いが終わるまではそこにいてもらおう。

 

 カーンカーン。

 

 弓ゴブリンが連続で撃った矢が続けざまに壁に当たる。俺が作ってすぐにだ。

 奴の腕がいいのかは分からないが、危ない危ない。

 

 俺は彼女から離れるように横に走る。

 岩を挟むようにして回り込んだ。

 ゴブリンから見えなくなったところで岩に登る。

 といっても、こんな巨大な岩に登るのは俺の力では無理だ。

 

 彼女はどうやって登ったのだろう……?

 

 そんなことは後だ。集中。集中。

 俺は岩と地面の接地してる部分に杖を指す。

 

 「クリエイトプラント」

 

 すると、地面からポコンっと小さな木が生える。

 森の至るところに生えている普通の針葉樹をイメージした。

 

 続けてその木に向かい唱える。

 

 「グロウアップ」

 

 すると、木が一気に成長していく。

 この組合せが植物を作る際に魔力の消費を抑える方法だ。

 御神木の時に、一度で大きいのを作ろうとしたら魔力欠乏で倒れてしまった。だから試行錯誤の上、このやり方を編み出したのだ。

 俺は背を伸ばす木に掴まると、高く引き上げられた。そして、下に見える岩へと飛び移る。

 

 さてさて、ゴブリンさんはと。

 おっと。バッチリ目が合う。こっちを見てるし。

 

そりゃそうだよね!いきなりこんな大きな木が現れたら見るよね……ハハハ……。

 

 さてと。

 

 二体のゴブリンは並んで立っている。

弓のゴブリンが弓を構え、やる気だ。

 

 「ゲギャギャギャ」

 

 とったぜ!みたいな感じかな?何か叫んでいる。

 

  俺はさっとゴブリンに杖を向ける。

 ゴブリンが弓を放つよりも早く魔法を唱えた。

 

 「グラスニードル」

 

ゴブリンの足下の草が尖った針形状に変化する。円錐状に地面360度から伸びた針は、二体のゴブリンをそれぞれ串刺しにし、その息の根を止めた。

 

このグラスニードルは威力はそこそこあるのだが、射程距離が短い。何度頑張ってみても、遠く離れた所には発生させることができなかったのだ。

 

 「ふぅ~。 終わった」

 

 終わってみれば大したことなかったな。

 戦術など必要なく、ただただ魔法を連発しただけのような。

 ゴブリンくらいだとこんなものなのか?


脅威レベルがわからん。

家にある本には魔物図鑑があって、一応隅から隅まで読んだのだけれど、特徴や弱点、性格などは書かれていても、危険レベルみたいのは無かったからな。

 

そういえば剥ぎ取り部位も書かれてたっけ。

 ………たしか、ゴブリンは腕?だったかな……

 

 しかし、これは無理だな。

 串刺しの奴なんて血だらけで気持ち悪いし。

 

よし!帰ろう。

 

 俺は帰ろうと、後ろに生やした木に飛び移ろうとする。

 が、その時岩の横に立て掛けられた梯子に気付いた。

 

 あぁ、これで彼女はここに登ったのね。

 あっ、彼女のこと忘れてた……

 

 俺はすぐさま梯子から降りる。

 折角あるなら使わなくちゃね。

 

 降りるとすぐに彼女に駆け寄り、壁に杖を向ける。

 

 「パージ」

 

 これは俺が作り出した植物を元に戻す、もしくは消去する魔法である。

 ついでに串刺しゴブリンにもパージし、杖ももういらないからパージした。

 

 「……ごめんなさい。 大丈夫ですか?」

 

 彼女は座り込んでいた。

 膝を抱えて顔を隠していた。

 

 「━━怖かった……。怖かったよー。ひっぐ……うぅ」

 

 彼女は泣いていた。

 突然現れた魔物。

 得体の知れない人。

 突然閉じ込められた状況。

 

 結局、それから二十分は泣き続けていた。

 

 泣き疲れたのか、漸く落ち着いた彼女は話をしてくれた。

 もちろん、俺が自己紹介を先にして、ただの若造であることを分かってもらえたからだ。

 

 彼女の名前はジルヴァラ。

 歳は俺と同じ5歳だ。そしてなんとエルフ族であった。

 

 エルフ族かわえーなぁー。

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