第3話 ブルノーブル家とは?

広大な土地を持ち、何不自由することもない男爵家であるブルノーブル家。

 

 父も母も兄も魔法のセンスがあり優秀だ。

 特に父のラールは戦闘に関しては超一流で魔物の討伐依頼があれば一手に引き受け、もちろん失敗することなど一度もなかった。

 母のフフは魔法もさることながら容姿も素晴らしかった。

 昔は多くの男性から結婚を申し込まれる程にモテモテだったらしい。そこを父が勝ち取ったから、それはそれはみんから恨めしい目を向けられたようである。

 今はもう畏れるものなど何もなく、順風満帆な暮らしを送っていた。

 もちろん次に生まれてくる次男も魔法の才能に溢れた子供であると誰もが想像していた。

 

 友人や知人は、生まれてくる前から婿にどうだと話を持ってくる程だった。

 しかし、蓋をあければなんということでしょう。

 ━━誰もが予想だにしなかった綺麗な緑を生やした子供が産まれました。

 

反応は祝福半分、落胆半分といった感じだった

親戚は蜘蛛の子散らすように家へ帰ってしまった。もちろん、婿の話など無かったことになっている。

 

 

 

 子供の名前はヴェルデと付けられた。

領地全てに響き渡るような産声をあげた。

 元気さえあればと両親は喜んだ。

 

 しかし、それ以降声をあげることがほとんどないヴェルデは病気ではないかと疑われたのである。

 目を開け、人を目で追いかけたりするのだが、体を動かさない。しかも、そのコラーゲンたっぷりの肌の眉根に、僅かなシワを作っているではないか。まるで、誰だコイツみたいな顔して親を見ていた。

 両親は思った。

 

 誰だコイツは、と。

 

 ミルクをあげればしっかり飲むものの、不満げな顔をしているし、メイドがオムツを替えれば少し恥ずかしそうにしている。

 赤ん坊用のおもちゃを与えても喜ばなかったのに、観葉植物を近くに置いたら何故か喜んでいた。

 

 歩けるようになると、早々にミルク離れをした。

 オムツも簡単にとれてしまった。

 兄で苦労した両親とメイドはそれはそれは大層喜んだそうな。

 夜泣きは一切なく、オムツもミルクも離れ、ぐずりもしない。

 なんて良い子なんだと、できた子なんだとかわいがられたのだった。

 

 頭の色など関係なしに家族には愛情を注がれスクスクと育っていく。

 そしてマオのおかげですぐに文字を覚え、話せるようになった。

 この子は神童ではないかとマオは期待し、ヴェルデの知りたいことは何でも教えてやろうと思った。

 世界のこと、魔法のこと、ブルノーブル家のこと、ヴェルデは目を輝かせながら話に食い付いていた。

 

その時の顔は子供の無邪気なそれではなく、大人のような知性に溢れた顔つきをしていた。と、マオは後に語っている。

 

 

 ある日、マオが廊下を掃除をしていると窓からヴェルデの姿が見えた。

まだ三才のヴェルデはキョロキョロと周りを確認し、家から見えない所へと移動していった。マオはヴェルデにはまだ外出の許可はおりてないはずだから叱ろうと思い、急いで階段を下りた。しかし、キョロキョロと挙動不審であるヴェルデの行動が気になりこっそりと後をつけることにした。

 見ていると、ヴェルデは農作物を手に取りニタニタとしている。はっきりいって気持ち悪い。それがマオの感想である。このくらいの年の子は虫なんかを喜ぶが、植物をみて喜んでいる子供は普通いない。マオは哀れんだ。この子は頭がおかしい、キチガイに違いないんだと。 

 

しかし次の瞬間、マオは目を見開く。

片手に持っている植物がもう片方の手に出現したのだ。コピー?いや、それにしてはサイズが二周りは小さいように見える。

 大きさは違うが紛れもなく同じ植物であった。しかも、それを宙に浮かべている…?僅かに手から浮いているではないか。

 どうやったのだろうか。恐らくは魔法なのだろうとマオは考えた。しかし、刻印も無ければ詠唱も聞こえてこなかったのだ。魔法というのは刻印するか、詠唱して発動するものである。相当な熟練者であればそれには当てはまらないが……。魔道具?無詠唱?詠唱破棄?それはまだ無理なはずである。しかし、よく分からなかったがヴェルデは三才にして樹属性魔法を使ったのである。それも、高等技術でだ。

 

  マオは思った。やっぱりこの子は普通ではない、と。

 ただ、その普通ではないというのは、頭がおかしいからではなく、天才、いや神童だからなんだと理解した。それは前々から感じてはいたがここにきて本当にそれを実感した。


一般的に魔法が使えるようになるのは、魔法学校に入学してからである。

学校入学前にできることは、せいぜい体に流れる魔力を感じる程度か、魔力を身体中に循環させたり集めたりする、所謂、魔力操作ができるくらいである。むしろ、それができるだけでも凄いのだ。

 貴族のほとんどは子供に英才教育を施し、入学までには魔力操作ができるようにしておくのが通例である。

ブルノーブル家も例に違わず教育を受けさせるのが方針だ。

 ヴェルデの兄であるアドムも、もちろん受けている。

  

アドムは教育を受け、魔力操作はすぐに修得した。

 そして、何と入学前から簡単な火属性魔法を使えるまでに至っている。それ故、天才ともてはやされ、いくつもの魔法学校から引く手あまただった。もちろん入学金、支度金など諸々が無料である。

 

 結果だけを見ればヴェルデは上をいっている。結果だけならば、だ。

 樹魔法は不遇とされている。それは広く根深く浸透しているのである。

 だから、その年齢で魔法を扱えることは凄いことではあるのだが、それが樹属性魔法であることで正当に評価されないのではとマオは考えた。

 それに、ヴェルデは魔法を使えたが基本的な魔力循環などができるのかも分からない。

 

 マオは誰にも知らせることなく、見守ることにした。

 自分にはできなかったが、ヴェルデがいつの日か樹魔法師を不遇職と呼ばせなくなることを夢見て。

 マオはそう思いつつ、頭をスッポリと覆っているメイドキャップを取り、両手で握り締めた。

 隠れていたマオの髪は勢いよくほどけ、ヴェルデよりも薄い若葉色の毛が爽やかな風にサラサラと揺れた。

 

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