第17話 水の国防衛戦 Ⅳ 終結


 ドクターストップの掛かった俺は、シイナに肩を支えられながら救護室みたいな場所へ連れられる。


 周りは怪我人や血を流し過ぎた人が数十人、顔色が悪かったり、怪我が完全に治り切っていない者もいる。全員を100%治していたら体がもたないからしょうがないか、ある程度治して休ませるのが一番の方法か。にしても回復魔法が得意と言っていたが他の国に比べてってだけでみんながみんな上手く使える訳じゃないと見た。それほどコントロールが難しいのだろう。俺だって加減出来てたかもさっぱりだけど加減したつもりになって、結局身体に負担を掛けてる。

 ある一室へ通され、入り口傍のベッドへ寝かされる。


「無茶はだめ、といってもするんでしょうけど、今は休んで。その体じゃ足手まといになるだけよ」

「はい、分かりました」

「ふふ、素直でよろしい」


 微笑む姿に思わず見とれてしまう。フィリアに負けず劣らずすごく綺麗な顔立ちをしているのを思い出す。そんな考えが何もなかったから食事したり、ここまで話せるようになったと言うのもまた事実。そしてその無意識で敵を作るのもまた事実――。



「……貴様」

「ヒィッ……はっはい」

 首を扉側、つまり窓側が死角になっていた訳だがその死角から耳元にドスの効いた声で男性が呪いの様に囁く。背筋が凍る。変な緊張感に包まれて、恐ろしくて顔が見れない。


「我らが天使に何をした……」

「えっ? え?」

  天使? 何をした? 一体?


「とぼけやがって……シイナ嬢にだよ! 何だあの笑顔は! 見たことないぞ!! 独り占めしやがって!!!」

 色素の薄い色の眼には涙を浮かべながら、殴らんばかりの勢いで迫ってくる。20代後半の男性だ、スポーツ刈りの掘りの深い顔立ちをしている。頭には包帯をしていた。

「落ち着いて、ほらまた傷口から血が……」

 同じく20代後半くらいの男性が羽交い絞めにして押さえてくれる。糸目の好青年だ、眉くらいの長さの髪でクリーム色をしている。

「いやね、あの子らさ、人目を引くじゃない? それで、君が昨日ランチしてたり、今の向けられた笑顔とかで、頭に血が上っちゃってるみたいで……」

 その間もぎゃあぎゃあ騒いでいると



「煩いです。怪我人は静かに休んでいてください」

 シイナが一喝。

「は、はい、すいません、大人しくしてます……」

 まったくもう、とあきれた様子で部屋を後にする。


「怒られてしまったではないか」

「俺のせいではない。にしてもシイナは怪我人を相手にするときはしっかりしてるんだな、全然人が違くて驚いた」

「貴様、それは当て付けか?」

「ん?」

「はは……。君、分からなくてやっているのなら大物だよ」


 みんな何だかんだで元気じゃないか。怪我自体は見た目よりは悪くないのかもしれない。ある程度までは治してあるわけだし、死ぬことは無いという訳だ。かと言って、こんなに騒いでも良いものなのだろうかと疑問に思うけど、一応静かにはした方が良いのだろう。病院では静かに。


 戦況は今どうなっているのだろか、時折爆発音が遠くから響いてくるが、みんなは無事だろうか、途中で消息の絶ったガヌさんだって無事なのか、前線で風の国や土の国と戦ってるみんなも、俺を助けてくれたギルだって、風と正面から戦ってるファルテだって、大将で支えてくれたフィリアだって――。








 



 ――ん。



 あれ、寝てしまっていたのか。

 外はまだ明るい、あまり時間は経ってないみたいだ。そういえば辺りが騒がしい気がする。確認しに行ってみるか。体を起こして気付く。全身が気怠い。高熱を出したときの感覚に近い。血が足りてないせいだろうか、歩けなくはない。覗くだけ覗きに行ってみる。

 なんだ、何の騒ぎだ? 声はするけど慌ててると言うよりは、必死に呼びかけてる? 誰に?


「――!」

「-―さん!」


「ガヌさん!!」

 

 その名前を聞いた瞬間に背筋が凍った。今、ガヌさんが其処に来ている。恐らく傍で必死になって声をかけているのはシイナだ。だけど反応が無い。あの気の良さそうな人が無視をするわけがない。反応出来ないような状態になってる。


 あるいは――。


 足取りは重いが早くなる。鼓動も、呼吸も。


 喉が渇く、手が痙攣している。見るのが怖い、行くのが怖い。だけど足が勝手に動く。


 救護室のある建物の前、人が集まっている。ふらふらとそちらへ向かって行く。と一人地面に横たわっている。ガヌさんだ。

 大きな体は傷だらけで、出血が酷い。力なく投げ出された両腕は熊手のように開いて固まっている。顔色は、血の気のない色をしていて、今までの健康的でパワフルな印象が全くと言っていいほど無い。回復魔法をかけているが、傷口が、治っていかない。


「――っ」 唇を噛み締めて、ガヌさんから顔を逸らし俯く。


 なんで、そんな顔をするんだよ、治してくれよ。血だらけの傷だらけじゃないか。青ざめた顔をしてるだろ、急いで治してくれよ――。


「……ガヌ、さん……起きてくれよ――」

「……出来る事は、したのですが、力及ばず……もう、ガヌさんは……」



 ――死んでる……?



 俺が、俺がちゃんと直さないで、ぱっと見ただけで大丈夫そうだと判断して、先に行かせたからか……? この傷、あのあとに敵に襲われたのか? そう遠くない距離だったはずだろ? あの間に襲われたのか?


「……ギンジさん、ガヌさんは僕が見つけたとき、まだ生きていたんです。そのときに言っていたんです。『辺りに敵が潜んでたからな囮になってた。気付いてるのが俺だけだったみたいだし、弱ってそうに見えれば敵さんも狙いやすいだろうしな。だから俺が好きにやった結果なんだよ、悔いはない。それに若い芽を摘ませる訳にはいかんからな。ギンジにもそう伝えてくれ』って、そう言った後に、その場で動かなくなって、息はあったけどかなり衰弱してたから急いでここまで運んできて見てもらったんです……そして……」


「……」

 悔しくてたまらない。いつものガヌさんだったら簡単には倒されないはず、むしろ蹴散らしてくれたはずなんだ。怪我をしてて、無理をしていたのに気づかなくって、そして――。


「ここで集まって、どうし――」

 ファルテが戻ってきて、この光景を目の当たりにする。柔和そうな顔も悲壮に、声も出ないという感じで、息を呑む。


「先ほど、ここで息を引き取りました……」

「……そう、か……。」

 奥歯を噛み締め、目を伏せる。


「……こちらは、終わったよ。風の大将首を取った。火の国も土の国も撤退していったから、作戦自体は成功だよ。ただ、犠牲者が大勢出てしまった――。行方知れずの人は、怪我とかが無い人で捜索している」



「みんなお疲れ様。僕の力不足でたくさんの死傷者を出してしまった。ここにいる知人、友人、恋人、家族の人には本当に申し訳ないと思っている。一先ずこの場にいる者だけにでも謝らせてくれ」

 深く深く腰を折る。





 ファルテのせい? いや、違うだろう俺だ。作戦を立てて乱戦に持ち込もうとしたのは俺だ。1対1よりやり易い? どこにそんな確証があった? ロクな経験も無い一般人が偉そうに何を作戦立てて、後の事も考えないで進めて、死傷者を出す。



 遺族にどう顔向けすればいいんだ。『気にしなくていい。お前のせいじゃない』なんて言いそうだけど、それじゃ俺の心が持たない。現に今、異様なほどの重圧い押しつぶされそうになっている。視界も歪み、胸やけも酷い。肺が痛い。心臓が。喉が渇く。奥歯がガチガチなっている。酷い寒気がする。凍えそうな程に手足が冷たく、感覚が無くなっていく。


 俺はいつの間にか膝を着いていた。立っている力が無くなったのか、腕にも足にも力を入れても動かない。呼吸が上手く出来なくなる。



「うああああああああああああああああああああ!!!!!」



 俺は、叫んでいるのか? 自分の声なのか?  凄く遠くから声が聞こえる気がする。汗が止まらない。涙も。



「あああああああああ!!!!!」



 人の口から発せられたものとは思えない程の咆哮は、空へと消えてゆく――。


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