第15話 水の国防衛戦 Ⅱ 万死一生
ガヌさんの右肘から下が無い。そして全身傷だらけだ。いつも軽々振り回している大剣も重そうに担いでいる。ビウスさんも傷だらけで頭から血を流し片目を瞑っている。右腕が力無く垂れさがっていて片膝を着いている。相手も血まみれのボロボロで、僅かに足が痙攣してるように見える。
三人とも肩で息をしていて、辺りには血が飛び散っている。
――これは。助けを求める訳にはいかない。だけど俺にはどうしようもない。この状況で、俺はどうすれば。
体力がすでに限界に近い。これ以上逃げ回る訳にもいかない、かと言って戦って勝てる気もしない。二人にあいつを倒してもらって、後ろの奴らを戦意喪失させるか、そのまま二人に倒してもらうしかないだろう。
――くっそ。
「らぁぁぁっ!!」 思いっきり空気を吸い込み大声を上げて己を鼓舞し、意を決して突っ込む。相手も二人も驚いていたが、気にしない。腰の剣を抜き、振りかぶる。その剣に雷魔法で帯電させる。
振りかぶったのは狙いを逸らすためだ、剣の動きに合わせて身を護るようにする、一発受けるだけで良い。剣の動きをよく見ろ。相手も弱ってる、強化されてるはずの視覚をフルで使え、必ず見えるはずだ、剣は折れない。受けるだけなら何とかなるはずだ。怖くない。出来る大丈夫。言い聞かせるように反芻する。
自分の数倍の太さもある腕から振り下ろされた剣は左肩に迫ってくる。やはりスピードは大分落ちている。俺でも対応できる速さだ。
剣と剣が交わると白い閃光は走る。
バチィッッ!!
と相手の剣は弾かれ跳ね上がるが腕からは離れなかった、俺は勢いを殺せず吹き飛ばされる。それでいいんだ、少しでいいんだ、隙が出来ればやってくれるはずだ――。
俺は地面や木に叩きつけられ、全身が悲鳴を上げる。何とか転がりながら少しでも衝撃を緩和しようとするが、受け身なんてやったことも無いから失敗して腕を巻き込み、変な方に曲がる。一人で関節を決められているみたいにあり、悶える。幸いそれ以外に大きな怪我はなく、切り傷や打撲で済んでいる。
よたよたと小鹿の如く足を震わせながら、木を支えにして何とか立ち上がる。息をすると肺が痛い。骨でも折れたか? いや、折れてればもっと痛いか、叩きつけられた衝撃で変なになってるだけ、気にする必要はなさそうだ。
出来るだけ急いで飛ばされた方向へ戻る。二人は、どうなったのか、相手は――。
戻ると三人とも倒れ込んでいた。血まみれで、生きてるのか死んでるのか判断が付かない。
「――ガヌ、さん。 ビウス、さん」
声を出すのが辛いだけど無理やり張り上げたけど大した大きさにはならなかったけど、ガヌさんが首だけ此方に向けて、ニカッと笑ってみせた。
「なん、とか。はぁ……倒し、た。腕は、しょうがねぇ。命あるだけマシだ」 傷も血も汗も凄い。腕も血は止まってるとは言え、早く国へ戻り手当てが必要だろう。だが俺じゃ抱えて運べ無い。どうする……。
「あ、そうだ、追っ手は!?」 後ろを振り返り辺りを目を凝らして確認する。人影らしき者はい当たらない。
「近くに、いた人は……。反対方向へ、逃げて行きましたよ。リーダーが、倒されたからでしょうか」 親指を天に向けてグッと無事なことを示すビウスさん。二人とも生きてはいるみたいで安心する。
……あまり見たくはないが、倒れているもう一人を見る。脇腹辺りをバッサリ切られて血も大量に流れ出ている。やっぱり死んでしまったのだろうか。ピクリとも動かない。居た堪れない気持ちに襲われる。
「お前が来なかったら俺たちは多分そいつの変わりに血を流していただろうな、助かった。ありがとう」
「……うん」
素直に喜んで良いものなのか、分からない。知らない人だから死んで良い。知ってる人だから生きていなきゃいけない。そんな事で片付けられない。人の死には、慣れたくない。だけど、俺は水の国のために戦うって決めたんだ。こうなることは重々承知だったはずだ。
近くの木陰で花を1本摘んで、死んでしまった人の胸元へ添え、静かに手を合わせた。
――これくらいしかできない。申し訳ない。
頭を振って気持ちを切り替えろ。立ち止まってる場合ではない。まずはこの二人を国まで連れて行かないといけない。だけど俺じゃとても……。
――あぁそうだ、回復魔法だ。
彼らも使えるだろうけどこんなに疲労してるのに使わせるほど鬼じゃない。教わったことを思い出しながら、といっても加減が全く分からない。でもやらないわけにはいかない。集中する。
確実に初めてやった時よりは弱く発動してる。だから大丈夫だろう。動くのに使いそうな足や胴を一先ず治す。ゆっくりとだが傷が治ってる。大きな傷は流石に俺じゃ難しいが止血や破傷風防止くらいにはなるだろう。そして、腕は――。多分、無理な気がしてる。肘から先も近くには落ちていない。この状況なら先に戻るのを優先するべきだろう。
魔法を使って数十秒、眩暈のような症状に襲われる。これは……。治りが遅い割に体力の消耗が激しい。すでに走り回って疲れてる状態だったからだろうか、自分自身も良い状態では無いようだ。最低限傷を治したらビウスさんを治してさっさと行こう。じゃないとここもすぐに見つかってしまう。
「はぁ……はぁ……。くっ」
ちょっと足りてないか? だけど体は見ての通り頑丈で、何とか歩けるみたいだったから先に国へ戻らせる。「すまないが先に行ってるぞ」 一言残してこの場を後にする。
次はビウスさん、大雑把でも治そう。回復魔法を強める。さっきより治りが格段に速いが、俺の体の負担が大きい。耳鳴りと頭痛が併発してる。まだ大丈夫――。
――ガサッ
後方から音がする。誰かが来てしまう……。いや待てよ、酷い耳鳴りがしてても聞こえてしまうということは、後ろの気配はかなり近いのでは――。
振り向くのと同時に剣を振り下ろされていた。動けばビウスさんに当たる。だけど動くに動けない。
――死んだなこれ。
「うらぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びと共に現れた人影は敵の顔に向けてドロップキックをお見舞いする。顎の辺りにクリーンヒットして、手足を投げ出しながら宙を舞い、数回跳ねるように転がると、その場で動かなくなる。
「おい、大丈夫か? ギンジ」
この状況に似合わない変に明るい声の主は予想通りと言うかなんというか。
「ギル……お前ってやつは、最高だ。俺が女なら惚れてたぜ」 拳と拳をぶつける。
「おう、もっと褒めろ。と言いたいが先に国へ帰ろう。こっちに大勢人が向かってるようだったから」 ビウスさんをおんぶして駆け出す。ギルは見たところ怪我もなさそうで良かった。本当に助かった。
「道はこっちなのか!? ガヌさんも先に歩いて行ったはずなんだ」
「怪我の具合は?」
「歩くのがやっと、右腕も肘から下が無くなってる。それと俺も大分ヤバい。気を抜くと倒れて動けなくなりそうだ」
「……それはやばい、間に合うか? あとギンジは倒れるな、頼むから頑張ってくれ。ここ真っ直ぐですぐ着くはずだから――」
ギルの言葉が止まる。動きも。
「――くっそ、追っ手だ、2.3人か、なら何とか。おい、ギンジ! ビウスさん連れて先に行け! ワイは大丈夫。少し時間を稼ぐ!」
「よし、分かった! 昨日言ってた分だな! 後は頼むぜ」
「おま、決断早いな! あぁそうだ! 任せとき!」
ギルを信じて無理やり走る。ビウスさんも自分で立って小走りは出来るようだから、肩を貸して、二人三脚みたいにして先を急ぐ。後ろから氷が弾ける音や木が倒れるような音がするけど、ギルなら大丈夫。あいつは悪運が強いタイプだろうから、そんなに軟じゃない。
「頑張ってビウスさん。もう少し急いで!」 自分にも言い聞かせるように言葉を吐く。こうでもしないと次は自分が倒れそうだ。もう限界は越えている。息をしてるんだかしてないんだがそれすらも頭で判断が出来ていない。
――門だ、門が見える。
あと僅かだ、急げ。足取りが軽くなったように感じる。いそげ、早く。早く!
「ギンジ!」
双子だ、どっちか判断が出来ないが、此方に気付いて駆けてくる。良かった。もう――。
安心して体中の力が抜け落ち、泥沼に沈むようにして体が倒れ込む。
「――! ―――!!」
遠のく意識の外で何かが聞こえたが聞き取れずにそのまま闇へと落ちていく。
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