第13話 焦り、空回り、そして上を向く。



 ――。


 なんだ?


 何かの物音で目が覚める。夜も遅い、一体何が……?


 音は台所からだ、何かを書いているのだろうか? 机に固い物が当たったり走ったりするような音がする。蝋燭の明かりが見えてきた。あの後ろ姿は――。


「ファルテ?」

「あ、ギン起こしちゃったかな」

 机に広げられ、重ねられた書類と地図、メモもびっしりと書いてある。

「いつも遅くまで?」

「まあ、一応リーダーだしね、やれることはやりたいんだ」

 話しながらも器用に書き続ける。朝も早い上に遅くまで毎日やってるのか、とてもじゃないが俺には無理なことだ。なんとなくファルテの横に座る。

「俺に何か手伝えることはない?」

「うん、ありがとう。大丈夫だよ。強いて言うならフィリアを全力で守ってもらえればそれでいいんだ」

「勿論、そのつもりだよ。なんたって王位を取るんだからな、守らなきゃだめだろう」

「……いや、そうじゃなくて、もしかしたらさ。僕はリーダーだし、命を落とすかもしれない。だからその時は僕の代わりにフィリアをよろしくってこと」


「――」


「ギンなら安心して任せられる。それに――」

「お前はっ、生きなきゃダメな人間だろう! 俺なんかよりもずっとずっと、この国の王になるんだろう? お前以外に適任なんて居ない。家族は自分の手で守るんだよ。それに――」 悲しみと悔しさと怒りだろうか、混ざり混ざって口から言わなくていい事まで流れ出てしまう。


「それに、大切な家族を守れもしないような奴に、自分の家族を任せないでくよ、救えた命も、俺のせいで、俺が弱かったから……。だけどお前は強いんだからきちんと守ってやれよ……。死ぬかもなんて言うなよ……」

 自分でも何を言っているのか半分以上分からなかった。なんでこんなことを言ったのかも。声も荒げてしまった。見っとも無い姿を晒してしまう。

 予想以上に心にキていたのかもしれない。平常心を保っていたつもりでも不安や悲しみは溜まっていたのか。人が死ぬ不安。守りたい人が死ぬ不安。少し立ち直っていたような気はしていたけど、だめだ。今は不安と恐怖で押しつぶされそうになっている。それに自分でも気付けないでいた。

「悪い、もう寝るわ。お休み」





 ――どうして、あんなことを言ってしまったのか、関係ないじゃないか。ファルテだって物凄く頑張っている、俺なんかが想像するよりも多くの苦労をしている。遅くまで起きて、早くに出て、作戦考えて。

 俺だって頑張って入るつもりだ。知らない場所。知らない文字、魔法なんて非現実な物だってあるし、訳分からないんだよ。深くは考えないようにしてたんだよ。考えれば考えても答えも出る訳もないのに考えて、ストレスで死にそうになるんだよ。だから、平常心を保って、そして深くも考えないようにしていたんだよ。

 無意識にシャットアウトしていた部分が開き始める。胃がムカムカする。認識した途端に苦い何かが一気にこみあげてくる。慌ててトイレに駆け込んで胃の中身をすべて吐き出す。

「――はぁ――はっ――」


 こんなの、俺に向いてないんだよ。責任感なんて、ないんだよ。責任の重みなんて俺には無理なんだよ。恩を返すのも、責任じゃなくて自分の為であって、優しいって言われるのも親の真似をしてるだけで。悪いことだって考えるし底なしの優しさを持っているわけでもない。結局俺も、あのクソみたいな家の人間だってことなんだよ。

「はぁ、かっこわるいなぁ……」

 情けない。惨めだ。そう思うけど、不安で不安でしょうがない、不安を口に出来なかったんだ。人を自分の負の感情をぶつけたくない。人の事じゃなく、自分の惨めなところを見てもらいたくないから。ギルを蹴ろうかどうか悩んだ時だって、周りから見られたら自分が酷い奴だと思われるのが嫌だったからチョップにしただけだ。褒めたのも関心よりご機嫌取りの方が多かったんじゃないか? 人がいいのを見てそう言っておけば大丈夫だろうって、そう思ったんだろう。


 ――何が優しいだ、結局俺だってクズだよ。ゴミカスみたいな人間だよ。


 どうせ、適当に取り繕ったりしたんじゃないか? 気持ち悪い格好もしてたし、この国の人は俺と違って本当の優しさを持っているから――。



「はぁ……」

 何やってんだが。


 この家だと落ち着けない。外に出よう。


 

 ――月と星空。闇夜に輝いている。灯りが無くても十分なくらいな光がある。


 そういえば、夜に外を見たことなかったな、いつも疲れてたり神様と遊んでたり。


 夜風が気持ちいい。頭に上った血が良い感じに冷めて、冷静にしてくれる。


 行く当てもないから昼間に魔法を練習していたところへ行く。ここは、なんとなく初めて顔面に火魔法を喰らって寝ていたところに似ていた。近くに木もある。木に近寄り、軽く場を整えてから仰向けに寝転がる。


 本当に空が綺麗だ。一つ一つの星が大きく見える。ここに来てから上を見る余裕なんて無かった。頭に入れることばっかりで、手元足元ばかり見ていた。先へ進んでいるつもりでも、その場で足踏みをしていただけなのかもしれない。踏みとどまっている分、溜めこんで無理をして、今になって出てきたのか。そしてファルテに喚き散らして、意味不明な事叫んで、吐いて、家に居づらいからと言って外に出てきてる。子供だよ、本当に。そんな自分がますます嫌いになってくる。


 明日は、大事な日になるはずなのにこれだよ。


 だめだだめだ。

 切り替えろ、終わるまでは考えるな。後でファルテにも謝ってから、作戦の事も――。




「少しは、ギンの事教えてよ」

 近くから声が聞こえた。物思いに更けていて足音すら聞き落としていたみたいだ。この風鈴のように澄んだ声は――


「フィリア?」

 月灯りに青い髪が反射してキラキラして幻想的だ。暗いけど、フィリアの周りだけ明るく感じる。


「私もちょっと聞いちゃってたの、ごめんね。そのあと兄ちゃんに詳しく聞いて、今追いかけてきた」

「……そう、なんだ」

「言われて思い出したの、ギンって自分の事何も話さなかったじゃない? 記憶が無いって言ってたけど。そういう訳じゃないんでしょ? なら話してよ?」

 俺の横に並んで寝転ぶ。仰向けを横向きに変えればすぐ目の前の距離になる。

「星、綺麗ね。久しぶりに空なんて見上げたかもしれない」


「……俺もさっき同じような事を考えていたんだ。ここに来てから手元と足元しか見る余裕が無かったって。急に訳の分からない世界に来て、頭の中がごちゃごちゃだったんだよ。それでさっき爆発してあんなになっちゃって」

「この世界にに来たって、ギンはどこから来たの?」

「日本、と言うんだけど、分からないよね。東の国とか日の国とか言われたりしてるんだけど」

「日本……ってあのSAMURAI伝記の?」

「えっ」

「本当に日本? あの小説に出てくる架空の国じゃないの?」

 あの本の名前をここでも聞くとは思わなかった。結構有名なのか? まあ、それはいいとして

「本当だよ、俺は日本生まれ日本育ち、あの文字だってそうだよ。それに日本からするとこの国が架空の世界の話だったんだよ」

「嘘ではないんだろうけど信じがたい話ね、それこそ小説みたいな話」

「その小説みたいな話の世界に突然放り込まれたんだよ、魔法も騎士も神様も信じる者が少ない世界からね、それに文字もわからない、お金も違う、食べ物だって違う。戦争もない。だけど言葉だけは何故か通じて、助かったんだけどね」

「それ、全部誰にも言わないで溜め込んでたの?」

「……まあ。言っても信じられないだろうし、弱音を吐いても意味なかったし――」

「私は、信じるよ。それに言っても意味ないなんてことは無いよ。ギンの、いいやの気持ちが少しでも軽くなるじゃない」


「……」 今の言い直し――。僅かな違いだが、音のギンじゃなくて名前の銀で呼ばれたような気がした。


「だからね、もっと私を頼って欲しいかな。いつも守るって言ってくれるのは嬉しいけど、重みは一人で背負わなくてもいいんだから」



「――っ」

 なにかが頭の中で弾けた。重みを背負うこと。それは一人じゃなくてもいいんだ。個人の問題を人に頼ることを避けていた。あっちでもそうだったかも知れない。見た目こそ人と付き合っていたが、心からはそう思っていなかったんじゃないか? 頼る人を亡くし、溜めこむ癖がついていた。一人、孤独と戦っていたのかもしれない。


「――はっ」

「どうしたの?」

「いや、ありがとう。気が楽になったよ。人に話すのって大事だなって」

 昼間にギルに言ったばっかりだろう。人には偉そうに説教が増しく言ってるくせに自分じゃ気付かなかったなんて滑稽にもほどがある。

「そう? ならまた今度、他にも聞かせてよ。今日は流石に遅いし、家に帰ろう?」



 あの時、ギルは戦いが終わったら告白すると言っていた。なら俺は俺の事を話そう。聞いてもらいたい人達に――。


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