第02話『固形物の飛び道具は当たらない』能力


 テンションが高いローブを纏った男に連れられるまま30分ほど山を越えたところに大きな街が見えてきた。綺麗な街並みが広がっている。

 さらに近付くと何となくだが街の様子が分かってくる。世界の旅番組で見たことがあるだけの知識なのだが、イタリアのヴェネチアを彷彿とさせる雰囲気がある。

 水が多い街だ。山から少し見えたが、海のような、湖の様な大きい水たまりに迫り出している街のようだった。真ん中辺りに川が流れていて船が行き来しているのが分かる。


「良い街だ、綺麗で」

「だろう? 自慢の街だぜ!」

「……そうだ、俺は何処へ連れていかれるんだ?言われるがまま着いて来ただけなんだが……」

「そりゃ、リーダーの所よ。イケメンで強くて頼りになる最高のリーダーだぜ、完璧でなんかムカつくけどムカつかせないのがリーダーの凄い所だ」


 ほう、そりゃ凄い、そんな完璧超人なんて存在したのか。漫画やアニメやゲームじゃ……。

「……」


 今、突拍子もないことを思いついてしまったが自分の頭がおかしいのかこの世界がおかしいのかはたまた――。



「――おーい、リーダー! 怪しいの捕まえてきたぜ! 多分いい奴だぜ!」

「相変わらず訳わからないなぁ。おかえり、遅かったじゃないか」

 爽やかな声と共に肩を竦め、優雅にほほ笑む。薄い青の瞳で、水色の髪を靡かせ光の粒子でも放っているかのようだ。どこかの王子様みたい。


「また変な厄介者連れてきたんじゃないでしょうね?」

 フードを被った女性だ、風鈴の様な綺麗な声をしている。

 不機嫌そうにしている女性をイケメンさんがまあまあと宥めてる。


 ……あれ、この爽やかイケメンさんはもしかして

「さっき筋肉おじさんと戦ってたイケメンさん?」




 一瞬の間の後に、 「ふっ……!」 とイケメンさんの横に居たフードを被った人が、吹き出して体をくの字に曲げてお腹を抱える。 「筋っ肉……おじさんだって……ふふっ、ふふふふ」

 綺麗で可愛らしい笑い声が響き渡る。


「そんなに笑いなさんな……。まあいいよ、それでこの人は誰なんだい?」

「そういや知らないや、名前も来てなかったっけ」

「ホント適当ね、はぁ。久しぶりにお腹痛くなるまで笑った気がする」


 名前、そうだ、名乗っても聞いても無かった。こういう時は自分から名前を言っておけば下手に警戒はされないだろう。


「えっと、俺は近藤銀二こんどうぎんじ、20歳です。宜しく」 地面に一応文字で書いて説明する。ふりがなも書いてみたが、読めなかったみたいだ。


「これは、文字……?」

「何かカクカクしてるね、何処の文字なのかな、興味深い……」


 試しに書いてみたが、やはり言葉は通じても文字は駄目みたいだ。こちらの世界の文字はどうなのだろうか、後で確認してみるかな。



「変わった文字に名前だな? ワイは、『ギル・バードン』21歳だけどギルって呼んでくれ」 メガネの彼は『ギル』。


「僕は『ファルテ・オラシオン』23歳、ファルテとかファルとか好きに呼んでくれて良いよ。一応マルトアレのリーダーだよ」 目尻が下がって柔和そうな顔だ、騎士の格好をしてる爽やかイケメンさんは『ファルテ』


「私は、『フィリア・オラシオン』リーダーの妹だよ。20歳です、フィリアって呼んで下さい」 フードは相変わらず被ったままで顔だけ少し見えるが兄に似て、すごく綺麗な顔立ちをしているのが分かる。前髪がちょっと見えているが兄同様に綺麗な水色をしている。ちゃんと顔を見てみたい。なんて初めてそんな感情を抱いた。 綺麗な妹さんは『フィリア』


 みんな外国の名前だ。やはり日本ではないんだ。



「さて、自己紹介も済んだことだ。本題と行こうじゃないか」 メガネが逆光を浴びて光り出す。

「ギンジ!お前は凄い奴だ、もしかしたらワイらの救世主かもしれないんだぜ!」


「はぁ」

「へぇ」

「そうなの」


 自分含め、みんな反応が薄い。当たり前だ、何を訳の分からん事を言っているんだ。


「ちょ、え? みんな反応薄くない? 救世主様かもしれないんだぞ? ワイらに勝利を齎してくれるかもしれないんだぞ?」

「そういっても、ぱっと見でもギルの方が強そうよ?」


「ぐっ」 ……何も言い返せないのが辛い。スポーツは遊び程度に楽しんでるくらいだし、筋トレとかは殆どしたことが無い。これでも一応バスケ部だったんだぞ、幽霊だったけど……。




 ギルが二人に耳打ちをしている。


「そんなことして大丈夫なの? 死ぬかもしれないよ?」

「多分、大丈夫、きっと大丈夫、ワイを信じとき!」

「ギルを信じてロクな目にあった事ないんだよなぁ……知り合ったばかりの人の血はあまり見たくはないなぁ」


 何かすごく物騒な事話してません? 死ぬとか血が出るとか。一体何をさせるつもりなのさ!?


「まあ、分かったよ。何かあったら全部ギルのせいだ。良いね?」

「うん、私は良いよ」

「ワイの許可じゃないの!?」

「よし、僕は横から逃げないように追い立てるから、フィリアは矢でお願い」

「分かった」

「無視しないで!」


フィリアは腰から弓矢を取り出す。きつく撓るくらい引っ張り、矢先を此方へ向ける。鋭い眼光だ、あの目からは逃げられる気がしない。

「そういうことだから精一杯逃げてね」


 言い終わると同時に矢を放つ。鋭く真っ直ぐに此方へ飛んでくる。

 突然の事で頭が追い付いていない上に近いし、速度が速すぎる。躱しきれない。


 ――刺さるっ!と思った瞬間、体が勝手に動き出した。自分の意思とは無関係に、体を捩じるように横へ回避する。



「っ!?」

 何!? なんだ今の!? 自分の体が自分の物じゃなくなるような感覚。



「やっぱり……! ワイの眼は正しかった!」


 一人喜んでいるギル、その間にも矢はいくつも飛んでくる。

 生きてたら後で一発ぶん殴ろう。


「ちょ、なんで当たらないの!?」

 フィリアはかなり慌てている。


 自分でも何が何だか分かっていない。自分では躱せないタイミングで矢が来ると勝手に動き出す。誰かに乗っ取られたように。しかも結構無理な体の動きをする。いつか腰痛めるぞこれ。



「よし、次は僕が行こう」

 弓矢の狙い打ちが一段落したところでファルテが代わりに出てくる。こちらに手をかざして集中しているようだ。彼の足元から風が渦巻き気温も下がり始める。 かまいたちの様な事が起こり頬が薄く切れる。


「なるべく数を多くにしたから、気合入れてね」


 ファルテの背に無数の棘が生まれる。あれはあの時の、氷の棘だろうか?にしても


「数が多すぎっ!!」


 あれ、躱しきれるの? 勝手に躱すとか言ったけど動いたらその先にまた棘の繰り返しだぞ流石に躱し続けるなんて物理的に無理無理無理――!


 ザッパッッ!!!!!


 棘が一斉に飛んできて、辺りを針筵にした、とっさに目を瞑り、痛みに備えるが、痛みはいつになってもこない。


 ――死んだ?


 いや、俺の体は、ある。それに自分の周りだけ棘が何もない。



「……へへ」


 笑うしかなかった。何だこれは。




「これは――」

「えっと」

「すごい、回避能力かな? でもさっき魔障壁みたいなので防いだし……」

「……何が……」


「回避は違うんじゃない? 頬を怪我してるよ」

 喋りながらも『ヒール』と回復してくれる。傷口は大したことは無かったが、直してくれた。すぐ塞がり、痛みもなくなる。


 これ、魔法……? そういえばさっき吐きそうになった時も何か言ってた気がする。頭の中でこの街に入ったときに呟いた言葉を反芻する。『漫画やアニメやゲームじゃ……』 まさにそのまんまじゃないか、魔法はいくつも見た。それにあのファルテとおじさんの剣戟、普通じゃない、格好だってゲームとかでよく見る騎士様だったじゃないか。この先は考えたくはないが思考が止まらない。

 つまり。たまに見かける異世界転生と言うやつなのか? いやでも死んでないから転生ではないか……? くしゃみで死んでたまるか。転移? 召喚? 転移の方がしっくりくるか?


「……はぁ」


 深い、深いため息が出る。異世界転移なんて、とか思ってたんだけど、まさかまじめに考えないといけないときが来るなんて……。




「色々試させてもらうよ」 ファルテの腰に携えていた細身の剣を抜きこちらに向かってくる。


 一瞬にして俺の前に立つ、動きが早すぎて見えない。顔の真横を突かれ、耳に風圧を感じて寒気がする。寒気のすぐあとに生暖かい物が溢れてくる。 


 ――血。


 耳が少し切られている。


「いってぇ!!」 耳なんて初めて切られた。妙な場所を切られると、痛みより不安の方が大きくなるみたいだ。 「ちょ、え、血! 血が!!」 頭がテンパってあたふたする。


「剣は、ダメなのか、じゃあ次は……」

 足元にあった小石を拾って指で弾く、弾いた石は額目掛けて飛んできている。もちろん体は動かなかった。自分の意思では。


 頭を叩かれたように重心が横へずれる。

 首がぁぁ……。


「石は大丈夫かな? じゃあ次は……」


 それから色々投げられたり切られたりで細かい傷で全身がいっぱいになってる。薄く切られてるのばかりだが、痛い。なんせ数が多い。フィリアに助けを求めたら、『終わったら治してあげるから頑張って』って言われた。頑張るよ俺、頑張ってみ”る”。涙ぐんでしまった。味方は誰一人居ないのだ。辛い。苛めにでもあってる気分だよ……。



「なるほど、飛び道具を回避する。といったものかな?」



「……はぁ……はぁ……」 横向きに倒れながら肩で息をする。 小走りでフィリアが駆け寄ってきて「お疲れ様」と回復してくれた。もう構ってくれるだけで嬉しくて涙が出てくる。



「すげぇじゃん! 剣以外は大体無効化したようなものじゃないか!」

「……」 顔をぐいぐい寄せてくるが反論も一発殴る気力もない。



「魔法……そうだ、他の魔法も試してみようか」

「……」

 俺は、今日死んだかもしれない。訳の分からない世界へ来て、傷ついて、魔法で滅茶苦茶にされてしまうに違いない。短い人生だった。せめて結婚、いや彼女だけでも欲しかった……。



「そうそう、僕らの国は水魔法の国なんだ。だから水系の魔法は殆ど使うことができる。違う属性のは、威力は落ちるけど初歩の初歩魔法なら使うことができる」 指の先から火がライターの様に燃え上がる。 「ホントこれくらいしか出来ないんだけど、才能のあるフィリアならもう少し出来るんだよ。よろしく」


「はいはい、ちょっと熱いかもしれないけど治してあげるから、ごめんね」

 と指先に火が出たと思ったらは拳サイズの火の玉に変縮した。右に左に自由に動かせている。軽く引っ掛けるように此方へ投げるとそこまで早くはないが真っ直ぐ飛んでくる。

 もういいや、治してもらおうと気を抜いていると、顔面に火の玉が直撃して爆発した。


 気を抜いていた上に、音と振動で意識を持っていかれる。 



「――」



 異世界転移したらしい俺は、初日早々に死んだんじゃないかな……。



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